黒揚羽
Target --090
山本の勝利により、ツナたちは次へと繋ぐ事ができた。
決して楽な勝利ではなかったけれど、彼はスクアーロに勝った。
勝敗の鍵を握ったもの―――それは、確かに山本の持って生まれた素質もある。
しかし、スクアーロの油断も大きかった、と紅はそう分析した。
頭の片隅でそんな事を考えた自分の思考を振り切り、目の前に集中する。
今は、余計な事を考えている場合じゃない。
「…死なせない」
病院までの道中、紅はスクアーロの応急処置を続けていた。
ツナたちが知らない事実。
鮫に食われたスクアーロが、ディーノが用意していた部下たちによって救われていたと言う事。
しかし、病院に着いていない今はまだ、危険と隣り合わせの状況だ。
出血は多いし、傷も深い。
服が血に染まる事も厭わず、紅は彼の身体の止血を進めていく。
「いけそうか?」
「もたせるわ、何としても」
助手席のディーノが問いかけてくる。
ワンボックスカーの中はかなりの臭いだろうけれど、今更それを気にする人間はこの場にいない。
「病院はまだ…!?」
「あと5分で着く!」
5分―――生死を分ける瞬間に、その時間は長い。
ギリッと歯を噛み締め、頬に流れた汗を肩で拭い、作業を進めた。
スクアーロの容態が落ち着いたのは、翌日の昼過ぎだった。
一度家に帰って身体を洗い、服を着替えて連絡を待っていた紅は、ディーノの電話に肩の力を解く。
『応急処置が良かったって褒めてたぞ』
「そう。とにかく…良かったわ」
『あとは傷が開かないよう大人しくしていれば問題なさそうだ』
「ベッドに縛り付けておきなさい」
恐らく、あの男は目を覚ませばすぐにでも動こうとするだろう。
自分を助けたのがディーノや紅だと知れば、尚の事。
ベッドに縛り付けると言う策も、いやそれは、と否定できる状況ではない事を、ディーノも理解していた。
そうだな…と悩むような返事を聞いて、本当にやるかもしれないと思った紅。
しかし、動かない事が重要なので、紅はディーノをとめようとはしなかった。
『それはそうと、紅。もし手が空いてるかってロマーリオが』
「何かあった?」
『いや…山本の手当てがな。紅の方が上手くできるだろ?』
躊躇いがちにつむがれた言葉に、彼女は目を見開いた。
山本はあの怪我で病院に行っていないのか。
そう言えば獄寺も病院にいっていなかったと思い出し、納得する。
「すぐに行くわ」
『いや、そっちに向かわせてる。悪いが、マンションに上げてやってくれないか?』
紅がそう答えることはお見通しだったようだ。
ディーノの言葉に二つ返事で了承した彼女は、インターホンを聞いて電話を切った。
そして、玄関へと向かい、鍵を開ける。
「紅、悪いな」
「いいえ、構わないわ。お帰り」
玄関を開けて入ってきたのは暁斗だった。
彼に場所を譲れば、その後ろからひょこりと顔を出す山本。
興味深そうに玄関を見回した彼は、紅に気付くと、あれ?と声を上げた。
「雪耶?」
「いらっしゃい。思ったより…元気そうね」
スクアーロが死んだと思って落ち込んでいるかと思ったけれど…どうやら、平気らしい。
怪我の具合も悪いと言うわけではないらしく、多少乱雑な手当てが気になる以外は元気そうと表現できる。
「ここって…」
「私の家。入って」
「雪耶の!?」
何を驚く必要があるのか、そう思いながら、紅は先にリビングに戻った。
暁斗に「リビングに連れてきて」と告げてから、部屋の隅で救急セットを用意する。
怪我をした輩をここに運び込む事も少なくはないので、救急箱の中身は充実している。
必要なものをそろえて振り向けば、山本が勧められるままにソファーに腰掛けていた。
「悪いな」
「気にしないで。日常茶飯事よ。ロマーリオは応急処置の知識はあるけれど…豪快さが、ね」
苦笑しながら、玉になってしまっている結び目に指をかける。
指先でどうなるものではないと判断した紅は、鋏を取り出して包帯を切った。
そして、くるくると片手でそれを外しながら、もう片方で消毒などの準備をする。
平行して違う作業を進める彼女に、山本は感心しきっていた。
不器用ではないけれど、彼女ほど器用ではないと断言できる。
だからこそ、紅の手はまるで魔法みたいだと考えてしまった。
「痛むわよ」
一言添えてから傷に張り付いたガーゼに消毒をかけ、ゆっくりと剥がしていく。
濡らしたとは言えやはり痛むのか、山本の眉がピクリと動いた。
それでもうめき声一つ上げないのは、我慢強さのなせる業か、それとも男としてのプライドか。
ロマーリオの治療跡を全て取り払い、清潔を保ったそれで丁寧に手当てしていく。
「雪耶って不思議だよな」
「…何が?」
「こんな風に助けてくれんのに、獄寺の誤解は解こうとしねーし」
「………誤解、じゃないのよ。あの子はわかっていて、憎まれ役を買っているの」
紅は静かにそう答えた。
獄寺が紅を好いていない事は周知の事実。
しかし、それは決して不信感によるものではないのだ。
彼は彼なりに紅を理解している。
それでも疑っているように見せているのは、それだけツナが大切だからだ。
はっきりと味方だと答えていない紅を全員が受け入れる事の危険性を理解している。
『敵じゃない』と『味方』は必ずしも一致しないから。
「雪耶は獄寺の事…よくわかってんだな」
「そうでもないと思うわ。きっと、ツナもわかってる」
ボンゴレの血がそれを理解させているはずだ。
だからこそ、獄寺が紅に突っかかる様子を見ても戸惑うだけで怒ったりはしない。
「…目の怪我も問題はなさそうね。失明はしないわ」
「そーか?ロマーリオのおっさんにもそう聞いてたけど…雪耶に言われる方が安心するな」
屈託なく笑う山本に、紅はやれやれと肩を竦めた。
何と言うか…正直すぎて、素直すぎて…少し、眩しい。
「今日は霧の守護者だからあなたが無理をする必要はないと思うけど…安静にしておきなさいね」
「おう!っつー事は、紅は霧の守護者を知ってんだな」
馬鹿正直で素直すぎるのに、どうしてこうも勘が良いのか。
包帯のあまりを箱に戻しながら、紅は苦笑した。
「秘密、よ」
どちらにせよ、夜になれば明らかになる事。
今、紅がそれを教える必要はないだろう。
「仕方ねーか。手当て、ありがとうな!暁斗さんも連れてきてくれてありがとうございました!」
「おー、気にすんな。送ってってやるから、待ってろ」
「いや、一人で帰れますよ」
「片目じゃ距離感が掴めねぇだろ。乗ってけ」
問答無用の彼に、山本は少し悩んでからその好意を受けることにした。
車の鍵を手に取った暁斗が、紅を振り向く。
「送っていくから家で大人しくしててくれよ」
「はいはい。行ってらっしゃい」
安全運転でね、と彼らを送り出す。
「霧の守護者と…雲の守護者」
二人の戦いで、終わる。
霧の守護者であるクロームは負けない。
骸が、負けさせないと知っている。
ならば、次は雲の守護者である雲雀の出番だ。
この戦いがどう進展するのか―――手当ての片づけをしながら、これからの事を考えた。
10.06.26