黒揚羽
Target  --089

夜が来た。
雨の守護者による戦い。
正直、どれほど技術をつけたとしても、山本がスクアーロに勝つのは難しいだろうと思っていた。
ツナたちが大きな可能性を秘めている事は否定しない。
けれど、大きな可能性を秘めていようと、彼らはまだまだ発展途上だ。
少なくとも、相当の場数を踏んできたスクアーロとは違う。
それでも。

「諦められない」

彼らが切り開く未来を、来る筈がないと否定できないのだ。






「紅、山本の事は心配するな」

マンションを出ようとした紅を引き止めたディーノがそう言った。
首を傾げた彼女の、彼は事情を説明する。

「そう…勝敗に関係なく、とりあえず命の保障はされると言う事ね」
「ああ。こんな状況とは言え、死なせるわけにはいかねぇからな」
「悪くないと思うわ。でも、どこでその情報を?」
「放課後に下見に行って来た。校舎の状況からの想像に留まるが…まぁ、大きく外れる事はねぇよ」

そこに関しては自信を持っているらしい。
ボスらしい表情のディーノに、紅は小さく微笑む。
それから、その笑顔を消して表情を引き締めた。

「もしそれがスクアーロだったとしても…あなたは助けるのよね?」
「…あぁ」
「そう…」
「おかしいと思うか?」

そう問いかけてくる彼に、紅は少しの間沈黙する。
やがて、ゆっくりと頭を振った。

「思わないわ。あなたらしいと思う。それに…たとえ敵でも、死ねばあの子達は心を痛めるでしょうから」

安心したわ、と呟いた彼女は、ブーツに足を通す。
きゅっと紐を結んだところで、再びディーノを振り向いた。
そんな彼女に向かって伸びてくる手に、思わずピタリと動きを止める。
手が頬に触れ、指先が目元を撫でた。

「寝てないのか?」

多少は化粧で誤魔化しているけれど、彼には通用しなかったらしい。
苦笑を浮かべ、紅は否定せずに頷いた。

「あんな話の後だもの。そうそう眠れないわ」
「…それだけじゃねぇよな」

もはや疑問ですらない問いかけ。
盗み聞きしていたわけではないだろうけれど、彼は気付いたらしい。

「人の感情は難しいわ」
「…まったくだな」
「こんな話、あなたにするべきじゃないってわかってるんだけど」

そう言った彼女は、ディーノの気持ちを知っている。
彼がそれを告げるつもりがない事も、自分がその気持ちを受け入れられない事も理解していた。
ディーノは彼女の言葉に苦笑いを零す。

「お前の気が晴れるならいくらでも聞いてやるよ」
「…ありがとう。でも、こればかりは自分の問題だから…考えるわ」

答えが出るかはわからないけれど。
そう呟いて、彼女は立ち上がった。

「じゃあ、先に行くわね」
「あ、紅」

玄関のドアを開いたところで、再び引き止められる。
首だけを振り向かせる彼女に、ディーノはいつもの笑顔を見せた。

「あんまり悩むなよ」
「…そうね」

ありがとう、と言い残し、彼女は部屋を後にした。
















「紅さん」

並盛中学校までの道を歩いていると、背後から声をかけられた。
振り向いた先にいたのはクローム。
いつもと変わらず、どこか不安そうな様子でその場に立つ彼女に、紅は穏やかに微笑む。

「こんばんは、クローム。あなたも並中に向かうの?」

そう問いかけると、彼女はこくりと頷いた。
一緒に行きましょうと声をかけ、歩幅を緩めて彼女の隣に並ぶ。

「マンションの使い心地はどう?」
「えっと…すごく良い。犬や千種も喜んでるみたいで…」
「そう。良かったわ。ところで、彼らはどこに?」

一緒ではなかったのか、と言う思いを込めて問いかける。
すると、彼女の表情に翳りが見えた。
どうやら、また置き去りにされてしまったらしい。
骸に傾倒する彼らには、骸にとって必要で、けれど骸ではないクロームの存在を受け入れにくいのだろう。
しかし、彼女は行動を共にしたいと思っているし、一人は不安。
どちらの思いもわかるからこそ、苦笑せずにはいられない。

「すぐには無理でも、いつかちゃんと分かり合えるわ」

大丈夫よ、と彼女の髪を撫でる。
一度、頷いた彼女が物言いたげに紅を見上げた。
促すように首を傾げれば、彼女は視線をさ迷わせてから、意を決したように紅を見た。

「…紅さん、大丈夫?」
「え?」
「む、骸様が心配していて…!もちろん、私も…」

何かを取り繕うように必死に言葉を紡ぐ彼女。
驚いた様子の紅に、間違っていたと思ったのかもしれない。
そんな彼女を見て、紅は嬉しそうに笑顔を見せた。

「私は…幸せね。色々な人に心配してもらえて」
「紅さん…」
「私は大丈夫よ。クローム、骸。いずれ…時が解決してくれるから」

心配しないで、と彼女が撫でた頬は、誰のものだったのだろうか。


こんなにも彼女を悩ませる原因。
何となく、その人物が想像できてしまって不愉快になった。
こちらは手を伸ばす事もままならなくて、もどかしい思いをしていると言うのに…。

「いっそ、消してしまいたい…」
「え?クローム、何か言った?」
「…いいえ、何も」

クロームはそう言って誤魔化した。
一瞬だけ表に出てきた骸の感情。
普段はこんな事ありえないのに、と思いつつも、それだけ彼の感情が強かったと言う事なのだろうと納得する。

「骸様…私、頑張ります」

言葉を交わした事もない雲雀恭弥と言う人物に向かって、対抗心ばかりを募らせるクローム。
決意したように呟く彼女に、骸が小さく微笑んだ。

―――期待していますよ、クローム。

途中から割り込んできた輩に奪われるなんて、許せるはずがない。
声に出さない二人の結託など知る由もなく、紅はこれからの戦いに思いを馳せていた。

10.06.20