黒揚羽
Target  --087

「またみんなで笑いたいのに、君が死んだら意味がないじゃないか!!!」

いつだって、獄寺から向けられる過度な尊敬に戸惑っていたツナ。
そんなツナが、彼に向かってそう声を荒らげた。
何気ない日常を送る中で、獄寺の存在もそこにあるのが当たり前になっている。
勝利のために命を犠牲にしようとした彼が、ツナには許せなかったのだろう。
声一つ上げる事無く試合の様子を見守っていた紅は、最後尾で静かに口元に笑みを浮かべる。
彼こそ9代目が選んだ後継者。
非凡なる何かを感じていたけれど、今ここではっきりと理解した。

「…ごめんね」

本当なら、マフィアなど関係のない世界に帰してあげたい。
けれど、彼と言う存在がボンゴレに必要不可欠であると気付いてしまった。
そして、校舎が爆発を始める―――獄寺を、巻き込んで。





喜ぶ彼らを尻目に、紅はそのまま踵を返して並中を立ち去ろうとする。
しかし、耳に届いた音により、彼女は再び振り向いた。

「雲雀…」

姿を見せた彼が何を考えているのか。
想像する必要もなく、彼は目的を口にした。

「校内への不法侵入及び校舎の破損。連帯責任でここにいる全員を咬み殺すから」

雲雀は雲のリングを持つ守護者だ。
一度は味方として来てくれたものと喜んだツナだが、雲雀は容赦なくそれを一蹴した。

「それから…立ち去ろうとしてる紅。君にも色々と話を聞く必要がありそうだね」
「…私の所為じゃないわよ」
「関係者である事に変わりはないよ」

何度も顔を合わせているにもかかわらず、並中で起こっている事を報告しなかった件だろう。
じろりと不機嫌な目で睨まれ、紅は肩を竦めた。
雲雀の注意が他所を向いているうちに逃げよう。
そう決めて、紅は機を待つべく彼らの会話に耳を傾ける。






「遠くない未来、六道骸とまた戦えるかもしんねーぞ」

そろそろか、と考えていたところで、リボーンがそう言った。
紅は足を動かすのを止め、彼を見る。
背中からではその真意をつかむ事は出来ない。
けれど、彼女は理解した。
リボーンが霧のリングの所有者を知っているのだと。
校舎の破損が直るのかを確認し、気が変わったと言って、雲雀がその場を後にする。
彼は一度も紅を意識せず、姿を消した。
それだけで、彼が骸に持っている屈辱の深さが窺える。
仲良くしてくれなんて無茶は言わない。
ただ、血を見る状況だけは避けて欲しいと思った。















「まぁ、こうなる事はわかっていたわ」

マンションへと帰ってきた紅は、鍵を開けるなりそう呟く。
男物の靴が2足。
一つは暁斗のもので、残りは―――

「遅いよ」
「暁斗!」

廊下を歩いてきたその姿を見て、リビングで寛いでいるであろう彼を呼ぶ。

「何で彼がここにいるの?」

姿を見せた暁斗は、彼女の問いかけに首を傾げた。

「お前が呼んだんだろ?」

呼んでいるわけがないが、要するにそう言うことらしい。
深く溜め息を吐き出した彼女は、追い払うように彼をリビングに戻した。

「雲雀」

こっちにきて、と彼を誘った先は紅の自室。
雲雀は思わず部屋の入り口で足を止めた。
リビングとは違い、そこは紅が生み出した生活感がそのまま残っている。
派手ではないモノトーンの家具はさほど多くはなく、必要最低限だ。
それが、彼女らしさを引き立たせている要因だろう。

「ほら」

デスクのところで引き出しを探っていた彼女が、雲雀を振り向いた。
まだ部屋に入ってきていなかった彼に気付き、きょとんとした表情を見せる。

「入らないの?」
「…入るよ」

色々と思うところがあったのは雲雀だけだったらしい。
変に構えてしまった自分が馬鹿みたいだと思いながら、彼女へと近付く。
その行動に疑問を抱きつつも、彼女は手に持っていたそれを彼に差し出した。

「何?」
「鍵よ。下手な嘘をついて入ってこないで」

そっちの方が不愉快だから。
そう言って、手の平に落とされた銀色の鍵。

「僕が持っていていいの?」
「必要ないなら持っていなくていいわ。でも、私がいない時には上がらないって約束してもらうけど」
「…貰っておくよ」

少し間をおいて、彼はその鍵をポケットに押し込んだ。
そう?と答えた彼女は、開けたままだった引き出しを閉じる。
そして、彼の横を通ってドアへと向かって歩き出した。

「どこに行くの?」
「どこって…リビングだけど。コーヒーでも飲むでしょ」

流石の紅も、自室にキッチンは取り付けていない。
質問の意図がわからず首を傾げるも、雲雀はそれ以上何も言わずに紅を追い越して部屋を出て行った。
彼は一体何を考えているのか…わけがわからない、と思う。












話は長くなりそうだ。
どの道、眠気なんてこないだろうけど、と思いながらコーヒーを入れる。
四人分のそれを用意したのは、もう間もなく帰ってくるディーノの分も含めていたから。
コーヒーを用意している間に、予想通りに彼が帰ってきた。
リビングを通り抜けたその足でキッチンの紅の元へとやってきたディーノ。

「恭弥の奴、来てたんだな」
「聞きたい事があるって。校舎破損、不法侵入をとめなかった理由から、今回のリングの事まで…。
根掘り葉掘り全部聞かれるでしょうね。彼とは話したの?」
「あぁ。一通りはな」
「…そう。眠れない夜になりそうね」

紅はそう答え、湯気立つそれを運ぼうと手を伸ばす。
その手が、背中からディーノに掴まれた。

「恭弥に全部話すのか?」
「………彼が雲の守護者なら、仕方ないわ。遅かれ早かれ知る事になる」
「…お前、昨日まではそんな事…」
「心のどこかで、ツナ達を平和な世界に戻してあげられると思っていたわ。でも、それが間違いだって気付いた」

それだけ、と答える。

「ディーノはどうする?」
「お前が全部話そうってのに、俺が逃げるとでも?」
「逃げるなんて言わないけど…でも、ありがとう」

そう言って微笑めば、彼も笑顔を返して、彼女の髪をくしゃりと撫でた。

「忘れるなよ。お前は、俺のファミリーなんだからな」
「…ええ」

わかってるわ、と呟き、黒い水面から見上げてくる自分を見つめる。

10.05.22