黒揚羽
Target  --083

「さて…そろそろ時間も遅いわ。皆、家に帰った方がいいわよ」

時計を見上げた紅がそう言うと、全員がその視線の先を追った。
随分前に日付が変わっていて、中学生が出歩いていていい時間ではない。
確かに、と同意するツナがきっかけの声を上げ、彼らは病院を後にした。
病室にはランボを案じたツナの母、奈々が残っている。
紅は彼女にランボを任せ、自分も岐路についた。

「…おい」

病院を出たところで声をかけられる。
振り向いた先には、その声で予想した通り、獄寺が難しい表情を浮かべて立っていた。
事情を察した紅が周囲に視線を向ける。
人通りはないけれど、話し込むのに適した場所ではない。

「近くに公園があるから、そこに行きましょうか」

彼は紅の提案に素直に従った。
そして、二人は彼女が示した公園へと辿り着く。
無言の彼を後ろに従え、自動販売機で無糖コーヒーを二つ買った。

「はい」
「…金」
「いいわよ。中学生から金を取ろうなんて考えてないんだから」

そう答えてから、彼女は公園入り口にある逆U字の車止めに腰を預けた。
彼女に倣うようにして獄寺ももう一つの車止めに同じ姿勢を取り、二人は公園の中を向く。

「…ずっと気になってた事がある」
「そう、何?」

先を促す彼女の言葉に獄寺が続きを躊躇う。
しかし、そうしている時間は無駄だと考えたのか、新しいタバコに火をつけてから口を開いた。

「昔…俺がガキの頃に、ボンゴレ主催のパーティーでテメェの顔を見た覚えがある」

もう10年近くも前の事だ、と彼が呟いた。

「姉貴でもいんのか?」
「兄弟は居たわ。でも姉は居ない」
「じゃあ、あれは他人の空似か?それとも―――」

恐らく、彼は紅の答えを何となく感じているだろう。
既にマフィアの世界に居る彼にならば、事実を話しても問題はない。
つまり、紅にその答えを誤魔化す必要はなかった。

「本人」
「…若返りの薬でも開発したのかよ?」
「まぁ、似たようなものね」

言動からして同年代だと信じていたわけではない。
けれど、こうもあっさりとそれを認められれば、逆に疑いたくなってしまう。

「いくつだよ、テメェ」
「女性に年齢を聞くのは紳士的じゃないわ。まぁ…成人した大人、とだけ答えておくわ」

道理でビアンキと仲が良いわけだ、と思った。
外見の年齢的に言えば京子やハルとそう大差ない。
二人と同じように妹のように可愛がられるならまだしも、紅はいつだってビアンキと対等だった。
言うならば親友のような二人の関係に疑問を抱いたのは一度や二度ではない。
漸くその謎が解けた。

「最後にもう一つ聞いておく。…黒アゲハ、テメェはボンゴレの関係者だろ」

聞いておくといいながらも、その語尾は疑問の形を取ってはいなかった。
彼の中で、それは確実なものと認識されているのだろう。
紅は手の中の缶コーヒーを見下ろしながら苦笑する。

「それは、同盟マフィアのキャバッローネの一員としての関係、という枠以上の話ね?」

紅の問いかけに答えはない。
それ即ち、肯定をあらわしていると思った。

「そうね。答えはSi。この戦いが終わる頃にははっきりすると思うわ」
「今じゃいけねぇのかよ?」
「ツナよりも先に聞くの?」
「ぐ…」

ツナの名前を出せば、獄寺が黙らざるを得ない事くらい百も承知だ。
卑怯かもしれないけれど、これ以上彼の時間を使わせるわけにはいかない。
そして何より、まだ口に出来る段階ではないのだ。
多少腑に落ちないながらも無理やり納得したのか、獄寺は空になった缶をゴミ箱に放り込んだ。

「何で素直に答えたんだ?」
「明日戦うあなたに不必要な憂いを残さないため。―――修行、頑張って」

紅がそう答えれば、獄寺はそれ以上何も言わず公園から立ち去った。
一人、暗い公園の中に残った彼女は、小さく溜め息を吐き出す。

「…帰ろうか」

誰に告げるわけでもなく、ポツリと零した独り言。
そして、彼女もマンションへの道を歩き出した。












マンションの入り口に人影があることに気付く。
こんな時間に、と思うと同時に身体が警戒した。
不審者である事も想定したのだが、近付くにつれてその姿が鮮明になると、紅は肩の力を抜いた。

「雲雀?」

バイクに凭れるようにして、空を見上げている雲雀。
届くか届かないかという音量で呟いた声を拾ったらしい彼が、紅の方を向いた。

「遅かったね」
「あなた、いつからここに…」
「さぁ…いつ頃だったかな」

本気で誤魔化すわけでもなく、自然に視線を外した彼を見て眉を顰める紅。
そして、彼女は彼との距離を詰め、その肩に触れる。
学ランがしっとりと濡れていた。

「雨の中を待っていたのね?まったく…」

帰るか、管理人を脅すなり何なりしてマンションの中に入ればいいものを。
呆れたように溜め息を吐き出した紅が、彼の腕を引いて玄関ホールへと向かう。
ロックを解除する頃には彼の腕を放していたけれど、声をかけなくても彼は彼女の背中に続いた。

「修行は終わったの?」
「明日、跳ね馬に認めさせれば終わるよ」
「…そう。順調で何よりね」

無言でエレベーターをおり、部屋へと向かう。
鍵を開けて中に入れば、音を聞きつけた暁斗が玄関にやってきた。
彼は紅の背後に居る雲雀に若干驚いた様子を見せる。
しかしあえて何も言わず、彼女へと視線を戻した。

「おかえり」
「…ええ、ただいま。彼に風呂を貸すわ。服を用意してあげて」
「あぁ、わかった」

頷く暁斗の脇を抜けて自室へと歩く彼女。
男二人はそれを見送り、そして視線を合わせた。

「随分、だろ?」
「そうだね」
「時に、雲雀。ディーノがお前の様子を見に向かったはずなんだが?」
「跳ね馬?知らないよ」
「…お前、紅特製の睡眠薬で眠ってたはずだよな?」
「あぁ…道理で。随分深く眠り込んだみたいだ」

あんな風に薬を盛られるなんて、雲雀としてはありえない事だ。
それも、紅が作ったものならば無理はない。
彼女にかかれば無味無臭の強力な睡眠薬を作るくらい、朝飯前だろうから。

「…まぁいい。ディーノには俺が連絡しとくから、風呂を使え。廊下を曲がって右の突き当たりだ」
「そうするよ」

牙を剥くわけでもなく大人しく従う雲雀。
不思議な感覚でそれを見送りながら、暁斗は肩を竦めた。

「紅の様子がおかしいなんて、ディーノは話したりしないだろうに…何で気付いたんだかな」

勘、としか言いようがないだろう。
けれど、確かに雲雀は紅の元へとやってきた。
修行で遠くの地に居たはずだというのに。
やれやれ、と溜め息を吐き出してから、暁斗は彼に貸す服を用意するために自室へと向かう。

10.05.01