黒揚羽
Target  --082

そろそろ潮時なのかもしれないとは思っていた。
信じたいし、出来れば信じてほしい。
そう思うけれど、まだ話せないことが沢山ある。
紅が心の中に隠している問題は、決して彼女だけのものではない。







そっと屋上へと辿り着いた紅は、予想していた光景に目を細めた。
殺しを生業としている者と、中学生では結果が見えている。
ましてや、今日リング争奪戦で戦ったのは、まだ5歳の幼いランボだ。
たとえ10年後の彼と入れ替わったとしても、勝つ事は難しいだろうと予想していた。
流石に、ルールを無視してツナが乱入するところまでは予想できなかったけれど。

「センセ」
「…遅かったな」

静かに声をかけると、リボーンは驚いた様子もなくそう答えた。
来ると言う確約もしていない彼女がここに来る事は、彼には予想の範疇だったと言うことだろうか。
紅は、大空のリングがXANXUSの元へと届けられるのを見ても、特に大きな反応を示す事はなかった。
ただ、無感情に事の成り行きを見守る彼女の瞳が揺れたのは、XANXUSの口から9代目の事が紡がれた時だけ。

「ガキ共に手を出したければ好きにしろ」

最後の最後で、紅を見たXANXUSがそう吐き捨てた。
ツナ側の一番後ろに居たのだが、相対する彼らの方からは彼女の姿が見えていたのだろう。
誰に向けられた言葉なのか―――その主を探した彼らの視線が、紅へと集中する。

「てめーが9代目から何を受け取っていようと、このリングが俺のものである限り意味はねぇ」
「“本当の意味で”あなたのものになれば、ね」

紅の言葉により、彼女とXANXUSの間の空気が張り詰める。
今にも銃を抜きそうな彼と、冷静すぎる鋭い視線を返す彼女。
やがて、フン、と鼻で鳴らしてコートを翻してその場を去るXANXUS。

「黒アゲハ、てめーは…」

獄寺が口を開いたけれど、紅は手を上げてそれを止めた。

「今はランボを病院に運ぶのが先よ。話は、病院についてからでも遅くはないでしょう」
「あ、そ、そうだよ!ランボ!!」

先ほどとは違う、いつもの空気を纏う彼女に、ツナの緊張が解ける。
慌てて倒れているランボの元へと駆け寄る彼を横目に、紅は校門のところで待っている暁斗に連絡を入れた。
これで、ランボを連れて行くまでに病院の準備が整うはずだ。














急だったが、ちゃんと設備は整えられていた。
とりあえずは命に別状はないという医師の話を聞き、ほっと胸を撫で下ろすツナ達。
心配事が一つ片付けば、頭に浮かんでくるのはやはり先ほどの出来事だ。
自然と意識が紅の方へと向かい、それに気付いた彼女と目が合った。

「…場所を変えましょうか」

ツナの言いたい事がわかったのだろう。
助け舟を出すように口を開いた紅は、率先して病室を後にした。
使われていない病院と言うだけの事はあり、頼りない電灯が不安を増徴する。
待合室へと場所を移動した彼女は、目線で彼らに座るようにと促した。
さて、この場で状況を正しく理解しているのが何人居るのか―――メンバーを一瞥する紅。
マフィア関連のところまで理解しているのは、ツナ自身と、そして獄寺は確実だ。
山本と了平は…とりあえず、今までの戦いを見て、危険な状況であると言うことだけはわかっているだろう。
リボーンは、XANXUSの思惑などはわからないようだが、それ以外の全てを知っていると言っても過言ではない。

「(―――全てを話すのは無理そうね…)」

自分の中でどこまで、と言う線を引き、一つ深呼吸をする。


「そろそろはっきりしようぜ。てめーが10代目の味方なのか、それとも敵なのか」

紅が話し始めるのを待つことが出来なかったのだろう。
獄寺がそう声を発すると、ツナが「獄寺くん!?」と彼を咎めるように声を上げた。

「まぁ、待てよ、ツナ。敵味方はちゃんと決めとかねーとな」
「敵味方って、野球じゃないんだよ!?」
「はは!それくらいちゃんとわかってるって」

どうにも少し軽い空気が見て取れる山本の言葉に、ツナだけが深刻に否定する。
終わりそうにないやり取りを止めるように、カツン、とブーツを鳴らす紅。

「初めに言っておくわ。私は、ツナの敵ではない。けれど…話せることと話せないことがある」
「な―――っ!そんなの、あんまり自分勝手じゃねーか!」

全てを明かす事はせず、けれども敵ではないと信じてほしい。
確かに、身勝手な要望なのかもしれない。
獄寺に視線を返した紅は、それを説明するように口を開いた。

「あなた達全員が完全に“こちらの世界”に足を踏み入れていない以上、関わらせることができないものもある」

そう言う事よ、と山本や了平を意識して説明する紅に、獄寺が言葉を詰まらせた。
もう既に遅いのかもしれないけれど、それでも彼らは完全にマフィアの世界に足を踏み入れていない。
その現実がある以上、獄寺にはそれ以上何も言えなかった。
彼が口を閉ざすのを見て、紅は自身の項に手を伸ばして鎖を外す。
そのまま鎖を引っ張れば、するりと服の中から姿を見せるそれ。
紅は長椅子に腰掛けたツナの元へと歩き、彼の手を取った。
仰向けに開かれた手の中に、鎖ごとそれを落とす。

「こ、れは…ボンゴレリング…?」
「ツナの持ってた奴とよく似てんな」

鎖に通されていたのは、精巧な作りのリング。
横から覗き込んだ山本の感想を聞いて、獄寺が紅を睨み付けた。

「これはどう言う事だ!?」
「そのリングはツナのものじゃない。
正真正銘私のものであると―――我ボスである跳ね馬のディーノに、誓うわ」

真っ直ぐにそう告げた彼女は、ツナの手の平から鎖ごとリングを拾い上げる。
そして、再び鎖を首につけ、リングを服の中に落とした。

「このリングの意味を明かすのはもう少し先の話になるわ。
とりあえず、私があなたたちとリングを巡って争う立場ではないと言う事はわかってもらえたかしら?」
「う、うん…大丈夫。俺は、紅を信じてるよ」
「…あまり人を信じすぎるのも考え物だけれどね」

戸惑いつつも、しっかりと頷くツナに苦笑する。
それが彼の良いところではあるけれど。

「それに、XANXUSは…どっちかって言うと、紅を憎んでいるように見えたから」
「………本当に、あなたって子は…侮れないわ」

降参とばかりに肩を竦める。

「それも間違いではないわよ。きっと彼は、ツナ以上に私を消し去りたいでしょうね」

そう言って微笑んだ彼女の表情には、いくらかの哀しみも含まれていた。









迎えに来た暁斗と共に紅が病院を去った。
入れ替わるようにやってきたディーノが、ツナ達の表情に苦笑を浮かべる。
そして、ツナの隣に腰を下ろし、静かに口を開いた。

「紅の立場は複雑でな。時が来るまでは言えない事も山ほどあるんだ。
立場上、XANXUSを放っておく事も出来ない」

憎まれていながら、何故放っておけないのか。
ツナの疑問の眼差しに、ディーノは首を振った。

「だが、紅は同盟ファミリーであるキャバッローネの一人だ。ボンゴレに…9代目に敵対はしない。
延いては、9代目が推薦していたツナに敵対するつもりもないんだ。そこだけは、信じてやってくれ」

ディーノがそう言うと、彼らは無言で顔を見合わせた。

「俺は元々雪耶を疑った覚えはないぞ。京子の友人だからな」
「ま、雪耶は何だかんだ言って、結構心配してくれてるしな!今更疑えって方が難しいぜ」
「俺は…俺も、信じてます。今までの紅を見てきたから」

了平、山本、そしてツナの三人が頷く。
そして、視線が獄寺へと向けられた。

「…10代目が信じるなら、もう何も言いません。俺も…悪い奴じゃねーのは、知ってるし」

彼とて、全てを疑っていたわけではない。
大切なツナが傷つく危険性を案じていただけだ。
今更素直に「よし、信じる」とは言えない獄寺は、軽く視線を逃がしながらそう呟く。
ありがとう、と言うツナの言葉に、いいえ、と返すだけで精一杯だった。

09.07.28