黒揚羽
Target  --078

暁斗にこってり絞られること、3時間。
挙句の果てには「首輪をつけてしまいたい」と言う恐ろしい言葉まで貰ってしまった。
これ以上逆らえば、本当に実行されかねない状況だ。
軽く冷や汗を流しつつ、連絡を絶たない、と言う暁斗との約束に頷いた。





その日の夜。
紅は暁斗と共に並盛中学に居た。
一人マンションを抜け出そうとした事に気付かれ、問答無用で彼の同行を余儀なくされたのだ。

「紅様、お待ちしておりました」

トン、と校門の所に下り立つ人影。
紅に向かって恭しく頭を垂れるその人に、彼女は心中で疑問符を浮かべる。

「誰?」
「チェルベッロ機関の者です。紅様のお迎えに上がりました」
「…必要ないけれど、あなた達の案内を受けないと、あの人達が煩くしてくるのかしら?」

そう言って紅が視線を横へと動かす。
気配を消してこちらの様子を伺っているようだが、紅には無駄なことだ。
その人物と紅の間に立っている暁斗もまた、見張られていることに気付いている。

「いいえ、紅様に危害を加えることはありません。
ですが、争奪戦を見学なさるのであれば、我々と同行していただきます」

迷いなく、また迷わせることなく、彼女はそう告げる。
見学するならば、彼女らに同行せねばならない。
彼女のまとう空気は、それを拒むことを許さないものだった。

「…いいわ。見学するから案内して」
「はい。どうぞこちらへ。本日の対戦は、校舎横にて執り行われます」

歩き出す彼女の背中を見送りそうになり、少し足早にその背を追う。
隣を歩く暁斗はいつになく険しい表情だ。

「…何か気になることでも?」
「ないと言えば嘘になる」
「…そう」

思案している様子の彼に、これ以上話しかけても大した答えは返ってこないだろう。
考えがまとまれば、いずれは話してくれるはず。
そうわかっているから、紅はそれ以上細かく話を聞き出そうとはしなかった。
薄暗い足元に気をつけながら、校内を歩いていく。
慣れているはずの道が、まるで違う世界のように見えた。














ザッと足音がして、ツナ達はその音のした方を振り向く。
そこには、リングに関係していないはずの紅の姿があった。
チェルベッロに連れられてやってきた彼女は、こちらに気付くと哀しげに目を細める。

「ツナ…」
「紅、何で?」
「…無関係じゃないから、かな」

紅は獄寺や山本、笹川を一瞥してから、ツナの元へと歩く。
そして、ツナの頭にぽんと手を載せる。
髪越しに伝わる彼女の体温が、僅かながら彼の緊張を解した。

「…ごめんね、ツナ」
「…紅?」

何故、彼女が謝るのか。
理由を問う暇なく、チェルベッロの彼女が紅に声をかける。

「紅様、こちらへ」

促されるままについていく彼女の背中が遠い。
まるで、知らない人のように見えた。

「リボーンさん。アイツ、どうしたんスか?」

彼女の様子がおかしいことには気付いたらしい。
獄寺の問いかけに、リボーンはすぐに答えを出さなかった。

「…紅には色々と事情があるんだ」

漸く口を開いた彼が告げたのは、ただそれだけ。

「あの男は?」
「紅の護衛だな」
「護衛?ディーノさんじゃないのに?そう言えば、さっき紅様って…。紅って一体…何者?」

戸惑うツナに対し、リボーンは口を噤んだ。
そう遠くない将来、彼女の真実に触れることになるだろう。
今自分の口から話す必要はない。
沈黙するリボーンに、ツナは仕方なく自分の頭の中で情報を整理する。
一緒だった暁斗は紅の護衛で、紅はチェルベッロに「紅様」と呼ばれるような存在で。
彼女は、キャバッローネの中でもそれなりに高い地位にいるということは知っている。
若い割にファミリーの人望も厚く、稼ぎも良い。
ロマーリオが得意げにそう話していた。
けれど、それだけでは、紅を説明するには何かが足りないような気がする。

「そう言えば、あの時の男の人とも知り合いみたいだった」

スクアーロ襲撃事件の際、彼女は明らかに顔なじみと言う反応を見せていた。
会話からも、それが一方的でなかったことは明らかだろう。

「知り合いでも不思議じゃありませんよ、10代目。アイツは俺達より長いんですから」

獄寺自身はさほど気にしていないようだ。
あっさりとそう言う彼に、それもそうか、と思う。
見た目に誤魔化されてはいけないことは、すでに経験済みだ。

「雪耶は謎が多いな。雲雀とも上手くやってんだろ?」
「あー…うん。そうみたい」
「不思議な奴だよなー」
「沢田は雪耶と仲がいいのか?」

どこか感心したような声を上げる山本の隣で、笹川がツナに問いかける。
はい、と頷くツナに、そうか、と答える彼。

「京子がよく話している。偶に遊びにも行っているそうだな」
「あ、多分間違いないと思います。京子ちゃんとは…友達、みたいですから」

友達、と言う単語を出すのに、少しだけ躊躇ってしまった。
恐らく紅は自分と同じく、マフィアのことを周囲に隠している。
よく行動を共にしている雲雀がそれを知っているのかはわからないけれど、少なくとも京子は知らない。
だからこそ、本質を隠した付き合いを「友達」と呼べるのかと悩んだ。
そんな不自然な間に気付かなかったのか、笹川は嬉しそうに笑う。

「うむ!雪耶は中々良い目をした奴だ。京子の話も理解できる」

妹の友好関係を垣間見たからだろう。
彼は納得した様子で何度も頷いていた。
紅が笹川との関わりがないとは言わないが、ツナほどではない。
しかし、京子の話ではツナの次に彼女の名前がよく出てくるのだ。
どんな人物だろう、と思っていたところに、今日の出来事。
紅には、彼女ならば安心だと思わせる何かがあった。

「よくお集まりいただきました」

話が一段落したところで、別のチェルベッロの彼女がそう声を上げた。

「それでは、只今より後継者の座を賭け、リング争奪戦を開始します」

静かで冷静な声が始まりの音を告げる。

08.11.14