黒揚羽
Target  --073

「紅」

未だ戦い続けているディーノと雲雀を残し、紅は帰路へとついた。
帰宅にはあまり賛成ではなかったのだが、彼女とて忙しい身だ。
何もせずに彼らに付き合っている余裕はない。
そんな、マンションまでの帰り道。
紅は背後から名前を呼ばれ、足を止めた。

「…家光…」
「時間はあるか?聞きたいことと、話したいことがある」

路地から姿を見せた家光に、紅は悩む素振りを見せた。
しかし、彼がこんな風に自分を呼び止めたのだから、その話の重要性は高いのだろう。

「いいわ。マンションでいい?」
「悪いな」

彼が頷くと、彼女も足の動きを再開させた。
二人で並んで歩いていくうちに、ふと足元に並んだ影が目に付く。
自分の容姿年齢が大体同じツナが彼の息子だ。
と言うことは、自分の父親が同じくらいの年齢だと予想されてもおかしくはない。
並んだ二人は、周囲からどう見えるのだろうか?

「(援助交際…みたいに見えたら嫌ね…)」

ボンゴレである彼とのファミリー間の繋がりを知る者ならば、まずそんな風には思わないだろう。
しかし、何も知らない一般人から見ると、実はそんな風に見えているかもしれない状況だ。
あまり嬉しいものではないな、と眉を顰める紅。

「どうした?機嫌が悪そうだな」
「あなたと歩いていて、周囲からどう見えるのかと考えていたのよ」
「…あぁ、そう言うことか。親子…程度が妥当だろうな」

彼の危機感のない返答に、まさか、と心中で溜め息を吐く。
年齢の差としては親子でも十分だ。
しかし、紅くらいの年代の女子は、思春期と言うこともあり、あまり父親と並んで歩いたりはしない。
中にはいつまでも仲睦まじい親子もいるだろうけれど…多少なり、照れや恥ずかしさが含まれてくるものだ。
尤も、では援助交際をする男女がこんな風に歩くのかと問われれば、答えに迷う。
そんな関係の男女とは出会ったことがないのだから、こればかりは仕方がないだろう。
紅は肩を竦めてから、少し向こうに確認できたマンションの方を見る。












「突然だから何もないけれど…」
「いや、構わん。それより、話を始めたいんだが…」

コトン、と湯飲みをテーブルに置き、紅は家光の向かいに腰を下ろした。
視線で始めてくれ、と促せば、彼は軽く腕を組んでから口を開く。

「9代目から何か連絡を受けているか?」
「え?何を突然…」
「答えてくれ」

まずは質問の答えを望む彼の真剣な眼差しに折れ、紅はここ数ヶ月のことを思い出す。
少なくとも三ヶ月は連絡を取っていないはずだ。
元々、9代目と言えばボンゴレのボス。
ディーノならばまだしも、ボスでも何でもない紅が、度々連絡を取り合う間柄でもない。

「なら、質問を変える。ボスから何か受け取っているものはあるか?ここ最近じゃなくても構わない」
「――――――…その質問に答えるには、まずそれを問う理由を教えてもらう必要があるわね」

両者の間に沈黙が下りる。
どちらも視線を逸らさず、一種の睨み合いのような状態が数秒間続いた。
やがて、家光が目を伏せ、ふぅ、と溜め息を吐き出したことにより、その膠着が終わる。

「ヴァリアーに関連して、俺は9代目に異議申し立ての質問状を送った。だが、未だに回答がない」
「…どうして、それを私に問うのかがわからないわ」
「お前が無関係ではないからだ。……………気付いて…いや、知ってるんだろう?」

彼の的を射ない問いかけに、紅は口を噤んだ。
それを答えるつもりはない、という姿勢は、そのまま彼の質問の答えとなる。

「…9代目から受け取っているものは、確かにあるわ。
でも、それをあなたに見せてもいいのかは、私の独断では判断できない」

そこまでが、紅に答えられるギリギリのラインだ。
家光もそれを理解したのか、悩むように口を閉ざす。
顎に手をやるその姿を暫く見つめていたが、飽きた様に自分用の湯飲みに手を伸ばした。
話をしている間に冷めてしまったらしい茶を喉へと滑らせる。

「あなたも…知っているのね」

両手で湯飲みを包むようにして、紅はそれを見下ろす。
水面に映った自分自身が見上げてきた。

「ツナだけが巻き込まれることを、どうして拒まないの?
あの子はとても優しい子よ。本来ならば、マフィアなんかに関わらせるべきじゃないのに」

父親である家光は、ツナの未来のためにも、それを拒むべきだったのでは、と思う。
あんなにも優しい子をマフィアの世界に巻き込むのは、とても苦しかった。
しかし、純粋なまま何も知らずに成長してほしかったと思う傍らで、彼に可能性を見出しているのもまた事実。

「ボンゴレにはツナが必要だからな」
「そう思うのは、大人のエゴではないの?あんな少年をこの世界に巻き込む理由にはならないと思う」

そう言った紅に、家光は何も答えなかった。
答えられないのか、答えるつもりがないのか。
どちらとも取れるその表情に、紅の方が先に諦めた。

「ごめんなさい。私が言えた事じゃないわね」

実の父親である彼の行動を諌めるべきは、自分ではない。
それを思い出した紅は、静かに謝罪した。

「いや…。ツナのことを考えてくれて、ありがとうな」

家光はそう言って、ここに来て初めて笑った。
その表情に父親を感じ、それ以上は何も言うまいと誓う紅。
彼自身にも何か考えがあり、ツナをこの世界に引き込んでいるのだろう。









家光を見送るべく、玄関ポーチに立つ紅。
彼は彼女を振り向き、ふと真剣な表情を見せた。

「9代目からの回答にも寄るが…現状を見ると、覚悟をしておいた方がいいかもしれん」
「…ええ、そうね」
「何かわかったことや思い出したことがあったら、教えてくれ」

そう言って、彼はマンションを去っていった。
その背中を見送った紅の脳裏に、唐突に数ヶ月前のことが浮かんだ。
ボンゴレの研究施設に軟禁され、研究に付き合わされた日々のこと。
紅が携わったのはその動力となる部分の改良だけで、その研究の全貌を知らない。
関わりがあると断言は出来ない。
しかし、無関係だと決定付ける要素もまた、存在していなかった。

「死ぬ気の…炎…」

自分の手の平を見つめ、紅はそう呟く。
複雑に絡まりあった運命がどこへと繋がっているのかは、誰にもわからなかった。

08.06.21