黒揚羽
Target --072
雲雀とディーノの攻防を見ていると、心が疼き出して来る。
根っからの戦闘好きというわけではないけれど、ディーノとの修行の日々を思い出しているのだ。
彼から一本取ることができた日の満足感は、今でも忘れられない。
そして何より、普段はどこか抜けているディーノが、凄く格好良く見える。
そんな時間が、紅のお気に入りだった。
「楽しそうだな」
ふと、隣に居たロマーリオがそう言った。
紅は一旦彼らから視線を外し、ロマーリオの方を見る。
「それは、彼らが?それとも、私が?」
「あえて言うならお前が、だな。相変わらず、ボスが戦うところを見るのが好きだな、お前」
図星を告げられた紅は、そっと視線を逸らす。
これは逃げではない、と思いつつも、心のどこかではそれを認めていた。
「ディーノの戦い方は、派手じゃない。流れるように綺麗なの」
そこが好きなのよ。
紅はそう言って、二人の方へと視線を戻した。
ディーノの手にかかれば、鞭はまるで意思を持っている生き物のようだ。
彼の手の動きがそれを可能にさせている。
雲雀のように大きなモーションから繰り出される攻撃ではない。
いわば、針の穴をつくような…そんな、小さな動きから繰り出される攻撃。
鞭故の接近戦の弱さは、彼には無縁のものだ。
顎下を狙うように迫ったトンファーが、いともあっさりとディーノの鞭に阻まれる。
「ほぉー…あのガキ、中々やるな」
「強いわよ。この辺りの不良を制しているだけの実力があるもの」
「お前となら、どっちが上だ?」
僅かに口角を持ち上げ、挑発染みたことを質問してくる。
紅は少しだけ口を閉ざし、やがて肩を竦めた。
「それは、喧嘩として?それとも…命の取り合いの状況で?」
「そりゃあ、もちろん」
言うまでもないだろう。
言葉に出さずに、あえて空白を読ませるロマーリオ。
「…私と彼では、生きてきた世界が違う」
こんなところで暢気に中学生をやっているけれど、本来の姿はマフィアだ。
しかも、キャバッローネの中でも、それなりに名前が知れている。
黒アゲハの紅。
指先ひとつで巧みに薬剤を扱い、その身ひとつで敵陣に突撃できるだけの実力を兼ね備えた女マフィア。
謎とされている部分も多いが、知名度だけならば跳ね馬に次ぐ。
他のファミリーの研究機関からも引く手数多だが、紅はそれら全てを蹴っていた。
ボンゴレの研究機関ですら、協力と言う形でしか接することはないのだ。
「…最近はどうだ?」
「色々と浮かんではいるんだけど、実験をしている暇がないのよ」
話題を変えるようにたずねてきたロマーリオの配慮に乗る形で、紅がそう答える。
軽く髪を掻き揚げ、面倒だと言った表情だ。
「リングが動き出した以上、暫くは何も出来ないでしょうね」
「何なら、また帰ってきたらどうだ。ゆっくり研究に没頭する時間があってもいいんじゃないか?」
「この間帰ったばかりじゃないの。それに…きっと、無理よ。私は…無関係ではいられないから」
切なく目を細める彼女を横目に、ロマーリオは口を噤んだ。
彼女が何を思っているのかがわからない。
全てを知っているのか、気付きかけているだけなのか。
その真意がわからないからこそ、迂闊な事を言えないのだ。
彼女自身には、安易に口に出せない秘密がある。
「腕の調子はどうだ?」
また話が変わったな、と思いつつ、腕の怪我を意識する。
特に痛みもなければ、動きに問題もない。
「大丈夫そうね。この分だと、もう一度湿布を変える程度でよさそうね」
「そうか。湿布なら持ってるが、使うか?」
「…腰でも痛めてるの?」
「先見の明って奴だ。ボスとガキの話し合いは派手になると思ったからな」
そう言いつつ、革張りの鞄から湿布を取り出す彼。
ほらよ、と手渡され、紅は軽く肩を竦めた。
「ま、ありがたく使わせてもらうわ」
パリッと専用の袋の封を開き、一枚を取り出す。
手首のボタンを外し、軽く腕まくりをする形で腕を露にした。
湿布を押さえるために巻かれている包帯を解き、古い湿布も剥がしてしまう。
独特の感覚になっている肌を風に撫でられ、少し寒さを感じてしまう。
「…かなり派手にやったな」
ロマーリオが覗き込むようにそこを見る。
打撲の跡はかなり酷く残っている。
痛みはない、と言う言葉に偽りはないだろう。
しかし、肌の変色はまだ暫く治りそうにない様子だ。
「…もう少し色が薄くなっていると思ったんだけど…予想外にしぶといわね」
「ちょっと見せてみろ」
そう言われ、紅は迷いなく彼に腕を差し出した。
手首を彼の手が握ったところで、彼女がハッと顔を上げる。
そして、咄嗟に取り出した鞭で「それ」を弾き飛ばした。
カラカラ、と音を立てて屋上のコンクリートを滑るそれは、彼女が見慣れたものだ。
「雲雀!投げるならちゃんと飛ばす方向を確認して!」
転がったトンファーを拾いに行く彼を見て、紅は思わずそう声を上げる。
しかし、彼は何も答えずにさっさと踵を返してしまう。
そんな彼の行動に、もう、と溜め息を吐き出す紅。
「危ない事をしてくれるわ、まったく…」
そう呟く彼女に、ロマーリオは苦笑を浮かべた。
彼女は決して鈍いわけではないのだが、今回のことには気付かなかったようだ。
若いなぁ、と思いつつ、二人の方を見る。
ふとディーノと目が合い、とりあえずお互いの表情に苦笑いを深めてみた。
どうやら、ディーノの方も気付いているようだ。
彼が雲雀との戦いに意識を向けなおすのを見届け、紅へと視線を戻す。
すでに湿布を張り終えてブラウスの袖を整えている彼女。
これ以上煽るようなことはしないでおこうと、ごく自然な距離を開けて、二人の戦いへと視線を戻した。
「心配するなよ。ロマーリオは紅の同僚だ」
「誰もそんな事は聞いてないよ」
「あいつは紅を妹か娘みたいに可愛がってるからな。怪我を心配してるんだろう。
しかし、お前も若いな。手を握った程度で―――っ!!…今のは本気だな」
「…集中しないなら、本気で咬み殺すよ」
08.06.09