黒揚羽
Target --068
「―――…ロマーリオ。そこ右折」
「は?」
「いいから、右折!」
やや荒い紅の声に、ハンドルを握っていたロマーリオは半ば反射的に右へと車線を変更した。
乱暴に割り込む形になった所為で、後続の車がクラクションを鳴らす。
「紅、どうした?」
「あっちで何かあるわ」
そう言って彼女が指差した方を見ると、ディーノも表情を険しくする。
普通の平和な日常ではありえない光景が見えている。
「…おーい…さっき言った事は忘れてないだろうな?」
助手席から呆れた風な声が聞こえ、紅は窓から視線を外す。
そして、不敵な笑みを浮かべて見せた。
「巻き込まれちゃ仕方ないでしょ?」
交通渋滞によりそれ以上進めなくなった車。
速度が落ちるのと同時に、紅はロックを解除して車から飛び出した。
バンッと勢いよく車のドアを開き、それを閉める暇すら惜しむように駆け出す紅。
「さっきの答えが全然活かされてねぇじゃねぇか!!!」
彼女に続くようにして助手席から飛び出した暁斗は、そう言って悪態をついた。
そんな二人に続き、ディーノも開け放たれたままのドアから身を滑らせる。
彼の後ろにロマーリオが並んだ。
「街中で酷く暴れてくれるもんだなぁ…」
処理が大変じゃねぇか、と呟くディーノ。
そんな彼に、ロマーリオは同感だとばかりに頷いた。
「ドンパチやってんのは恐らくヴァリアーだな。どうする、ボス?」
「そりゃ…うちの部下が走っていったんだ。ボスが高みの見物をしてるわけにはいかないだろ」
ポケットの中にその存在があることを確認し、彼は歩き出した。
煙を吸い込んでしまわないように気を使いつつも、速度を落とすことはない。
見通しの悪さの中、聴覚を頼りに音源へと急ぐ。
そして、漸く煙の向こうに見知った姿を見つけることが出来た。
「やめなさい!スクアーロ!!」
今しもツナの身を切り裂かんと振り上げられた剣を見て、紅はそう声を上げた。
届くかどうかは微妙なところだったが、動きが鈍ったのを見るとどうやら聞こえたようだ。
驚いたような視線が彼女へと向けられる。
「黒アゲハ…テメェも来てやがったのか…」
「ついさっきね。その子に手を出すなら、私も黙ってはいられないわ」
そう言いながら、太もものホルダーに挿していた小型の銃を取り出す。
その銃口をスクアーロと呼んだ男の方へと向けた。
間にツナを挟むような形になっているけれど、彼に当てない自信はある。
彼が予想外の動きを見せなければ、だが。
「あなたは…紅さん!よかった、日本に戻っていたんですね」
別のところから声が上がった。
紅は横目でその声の主を見る。
そこに居たのは、まだ若い一人の青年だ。
彼女にとっては馴染みの存在でもある。
「バジル…あなたが狙われていたのね。親方様はどうしたの?」
「親方様は別行動です」
彼の言葉に、そう、と短く答え、スクアーロに視線を戻す。
「大の大人がこんな馬鹿騒ぎに中学生を巻き込んで…ヴァリアーも地に落ちたわね」
「同じようなガキの成りしたテメェに言われたくねぇぞぉ!」
「煩いわね。こっちにも色々と事情があるのよ」
そう言って肩を竦め、一度は下げた銃口を彼へと戻した。
睨みつける銃口から発射される弾を避ける程度、この男には朝飯前だろう。
方法はいくらでもあるのだが…場所が悪い。
顔には出さずに心中で舌を打つ紅。
だが、視界の端に映り込んだ人物に気付くと、大人しく腕を下ろした。
「何のつもりだぁ?」
「あんたのお相手が登場したみたいだからね。この場は譲る事にするわ」
「あいかわらずだな、S・スクアーロ」
紅の声が終わるのと同時に、別の声がそう続いた。
聞き覚えのある声にツナの表情に安堵のそれが浮かぶ。
スッと身を引いて自分よりも一歩後ろへと下がる彼女に、ディーノは握った拳をコン、とその額に当てる。
「暁斗の所に居ろ」
「…了解、ボス」
有無を言わせぬ強さを持った言葉に、紅は軽く頭を垂れて暁斗の元へと歩く。
やや口をへの字にした彼は、彼女が近づいてくるとこれ見よがしに長い溜め息を吐き出した。
そんな彼に対して口を開こうと息を吸い込んだのと同時に、グイッと力強く腕を引っ張られる。
そのまま暁斗の背後へと庇われるのと同時に、爆音が鼓膜を揺らした。
それが収まる頃には距離を置いた所に移動していたスクアーロ。
彼の手にあった、掌よりも少し大きめで立派な装飾を施された箱。
「こいつはいただいていくぜぇ!」
彼の言葉に焦るバジルの様子を見れば、それがいかに大切なものなのかがわかる。
理由を知らないツナは、ただ一人疑問符ばかりを積み重ねた。
スクアーロが消えると、紅は持ったままだった銃をホルダーに戻す。
そして、座り込んだままのツナの横を通ってバジルの元へと膝をついた。
「…どうだ?」
「とりあえず、ここから運ぶことが先よ。止血は車の中で…駄目ね。時間がかかりすぎるわ」
紅はそう言うと、自分の着ていたジャケットを脱いだ。
それに血が付着することも厭わず、胸元の傷を抑えるように止血を始める。
ツナは目の前で着々と進んでいく作業に、ぽかんと口を開いていた。
「紅って…看護婦か何か…?」
「違うぞ。だが、人体のことは詳しい。いつも紅に手当てをしてもらってるからな」
マフィアの男たちに繊細な作業を求めるほうが間違っているのだろう。
殆どは男らしく豪快な手当てしか出来ず、紅がそれを任されるようになったのは自然なことだった。
「そっか…紅もマフィアなんだったね…」
どこか疲れたような様子でそう呟くツナ。
何だか、とんでもない事に巻き込まれたような気がする。
彼女は自分達にとても近い位置で接してくれる。
だからこそ、彼女がマフィアなのだと言う事をつい忘れてしまうのだ。
リボーンと一緒に生活していてそうなってしまうのは不思議だけれど…彼女の雰囲気が優しいからだろう。
ツナにとっては、彼女は姉にも似た存在だった。
バジルを抱えて歩き出すロマーリオ、そしてディーノ。
それに続いた紅の背中を見つめながら、ツナはその違和感のなさに驚いた。
そして同時に、彼女の場所がそこにあるのだと否応無しに理解する。
「…紅って他人じゃない気がするんだよな…」
変なの、と呟いた声は本当に小さい。
それから、彼はハッと我に返り、彼らの後を追うように走り出す。
それを見ていたリボーンが物言いたげな視線で彼を追っていた事は、本人以外は誰も知らない。
08.03.07