黒揚羽
Target --067
数日間の帰郷を済ませた紅は、ディーノと共にイタリアを発った。
黒々とした人の波に囲まれるようにして飛行機へと乗り込んだディーノたち。
だが、そこには一人、キャバッローネとは無関係な人物が交じっている。
「しっかし…随分とまぁ縮んだもんだな」
そう言って、大きな手が頭の上に降って来る。
やや力加減が足りなかったのか、少しばかり首筋が痛んだ。
紅は軽く首を押さえつつ、冷めた目でその原因である男を見上げる。
「子供扱いはやめて。中身まで子供に成り下がったつもりはないわよ」
「まぁ、そう言うなって!この年代を見ると、息子を思い出しちまってなぁ」
「家光!」
ガシガシと髪を掻き混ぜられ、紅は逃げるようにして彼の隣から移動した。
そして、被害を受けないであろうディーノの元へと避難する。
「おいおい。あんまりうちの紅を苛めてくれるなよ」
苦笑交じりにそう言うと、ディーノは紅の髪を整えるように手を伸ばした。
その手から逃げることもなく、甘んじて受け入れる紅。
避難場所を確保してくれる彼を拒むのは難しいようだ。
「まったく…ツナと私は似ても似つかないでしょうが…」
失礼するわ、とやや口を尖らせる彼女に、ディーノは苦笑いを返す。
どうやら彼の方はそれ以上ちょっかいを出すつもりはないのか、大人しくシートに座っている。
紅はディーノの3つ向こうに見える彼を横目で見て、ふぅ、と息を吐き出した。
男の名前は家光。
フルネームで言うならば、沢田家光―――ツナこと沢田綱吉の父親だ。
マフィアとも関係のある彼は、今回ディーノたちと共に日本への飛行機に乗っている。
その辺りの詳しい話は、ディーノならば知っているだろう。
しかし、生憎紅は一部しか知らず、ただボンゴレが動き出しそうだと言う事のみ理解している。
一難去って、また一難。
ツナも苦労が耐えないものだな、と少しばかり可哀想になってくる。
「…嵐の予感…かな」
服装に合わせて渡されていたサングラスをクイッと持ち上げつつ、そう呟いた。
空港から並盛まで車で数時間。
この移動時間は不便と言えば不便だが、住んでいる町のすぐ傍に空港があるのも微妙な気分だ。
それを考えると、この距離は丁度いいのかもしれない。
クッションの良い車の後部座席で揺られながら、紅はそんな事を考えていた。
空港に着くなり、家光は「じゃあな」と言って後腐れもなく立ち去った。
彼がどこに行ったのかは知らないけれど、きっと大まかな行き先は同じなのだろう。
「ねぇ、ディーノ」
「うん?」
「何を運んでるの?」
直球な質問を投げる。
ギクリと肩を強張らせたのを見逃すはずもなく、じっと彼を見つめる紅。
ディーノは数秒間耐えたが、やがて深い息を吐き出した。
「…どうせ知る事になると思うから言うけどな」
「ええ」
「―――指輪だ」
ディーノの言葉に、紅はきょとんと目を瞬かせる。
その真偽を確認するように、助手席に座る暁斗を見た。
彼は鏡越しにコクリと頷く。
「ディーノ…おめでとう。誰に渡すのか知らないけれど、ドジをしないようにね」
「はぁ!?だ、誰に渡すって言うんだ!!ボンゴレリングだ!!」
「冗談よ」
慌てる彼を他所に、紅はケロッとした様子でそう答えると、ボンゴレリング、と復唱した。
聞いた事はあるし、実の所を言うと、実際に目にしたこともある。
2つのパーツからなるリングを組み合わせる事により、1つのリングが出来上がるものだ。
正式名称は…ハーフボンゴレリングだったか。
「紅…そりゃないぜ…」
「私を相手に誤魔化そうとした方が悪い」
悪びれた様子もなくそう答える彼女に、彼は深々と溜め息を吐き出した。
彼の名誉の為に言っておくならば、別に誤魔化そうとしたわけではない。
ただ、必要最低限以外のことを話そうとしなかっただけだ。
「でも、早すぎると思うけれど…どうなってるの?」
「ちょっと訳ありでな」
「ふぅん…」
何かを考えるように口を噤む彼女。
そんな彼女に、ディーノと暁斗の視線が向けられる。
「首を突っ込むなよ」
そう言ったのは暁斗だった。
彼の言葉に、紅はそちらを向く。
「確約は出来ないわね。骸の一件だって、首を突っ込んだ覚えはないもの」
いつの間にか竜巻の中に巻き込まれていたのだ。
確かに、少しばかり好奇心にも似た想いを抱いた事は否めない事実だけれど。
あの後は大変だった。
待っていたのは心配性の暁斗の説教。
何故連絡しなかった、と言うところから始まり、果ては注意力が散漫だとまで言われてしまった。
確かにそうかもしれないと思うところもあって、大人しく彼の説教を聴いていた紅。
流石に、数十分に及ぶあれは中々辛いものだった。
「…今回だけは大人しくしておいてくれよ」
頼むから、と言われ、紅は形だけの返事を返す。
はーい、と言う間延びしたそれを聞けば、誰も本気だとは思えなかった。
けれど、あえて彼女の返事を咎める者は居ない。
ふと、紅は窓の外に目を向ける。
ビルの合間から不自然な煙が立ち上っているのが見えた。
何かが爆発し、それが原因で起こっているようなそれ。
「―――…ロマーリオ。そこ右折」
「は?」
「いいから、右折!」
やや荒い紅の声に、ハンドルを握っていたロマーリオは半ば反射的に右へと車線を変更した。
乱暴に割り込む形になった所為で、後続の車がクラクションを鳴らす。
「紅、どうした?」
「あっちで何かあるわ」
そう言って彼女が指差した方を見ると、ディーノも表情を険しくする。
普通の平和な日常ではありえない光景が見えている。
「…おーい…さっき言った事は忘れてないだろうな?」
助手席から呆れた風な声が聞こえ、紅は窓から視線を外す。
そして、不敵な笑みを浮かべて見せた。
「巻き込まれちゃ仕方ないでしょ?」
交通渋滞によりそれ以上進めなくなった車。
速度が落ちるのと同時に、紅はロックを解除して車から飛び出した。
彼女は渋滞しているそれらの合間を縫うようにして走っていく。
呆れつつもやや急いで彼女に続く他のメンバー。
結局の所、目と鼻の先で騒ぎが起きれば見て見ぬフリなど出来ないようだ。
暁斗の深い溜め息は、再度聞こえた爆発音に掻き消された。
08.02.20