黒揚羽
Target  --064

あの後、ボンゴレの医療チームに半ば無理やりに病院へと連れて行かれた紅。
その数十分後にはキャバッローネのメンバーが病室に押し寄せた。
マフィアの息の掛かった少し闇寄りの病院だからだろうか。
看護師はカルテを片手に苦笑しつつも、「お静かにお願いしますね」などと言って笑って病室を出て行った。

「紅!!無事だな!?」

バンッと勢いよくドアを開いて飛び込んできたのは、仕事の都合上遅れてきたディーノだ。
部下が居る手前、その勢いのまま床に突っ込むなどと言う事にはならなかった。
彼の登場に、紅は苦笑を浮かべてその名前を呼ぶ。

「ディーノ、大丈夫だから」

とりあえず、落ち着いて。
そう言った彼女には目立った外傷はなく、ベッドの上に座っているだけだ。
彼女の場合、怪我…もとい、傷が出来ているとすれば、それは内面的なもの。
それを知っているのだろう。
ディーノの表情はどこか複雑そうだ。
それを悟ったのか、紅は少しだけ口を噤み、一番近くに居た仲間を呼ぶ。

「お見舞いありがと。悪いけど、ディーノと二人にしてくれる?」
「おう。じゃあ、お大事にな!」

そう言って大きな手が紅の頭を撫でていく。
精神自体は成人している身として、この扱いはどうなんだろう。
そう思うこともあるけれど、本来の年齢であったとしても彼にとっては娘のような年齢だ。
妥当な所なのかもしれない、そう納得させて、一人、また一人と去っていく彼らに微笑みかける。
そうして、数分後には部屋の中はディーノと紅、そして暁斗だけになった。
紅はディーノを見てから暁斗へと目を向ける。

「暁斗」
「……………」
「ディーノと話したいの。わかって…くれるでしょ?」

逃げる事のない真っ直ぐな眼差し。
それを直視せず、暁斗は早々に視線を逸らした。
それから大きな溜め息を吐き出し、部屋を出て行く。
バタン、と扉を閉ざす音が少しだけ乱暴だった。

「急に連絡が途絶えて心配してたんだぞ」

暁斗も、と呟くディーノ。
紅は申し訳なさそうに頷いた。

「知ってる。心配かけてごめんなさい。連絡…出来たけど、しなかった」

一方的に彼らに連絡する手段なら、いくらでも持っていた。
過保護だろうと苦笑したくなるほどに優しいボスとその部下達。
新たなものを開発する度に「紅に」と差し出してくるのだ。
ディーノがボスになってすぐの誘拐事件の時に使ったピアスだって、今もポケットに入っている。

「何か、複雑でさ…。止めたかったけど、離れたくなかったの。子供みたいでしょう?」

紅はそう言って苦く笑う。
彼らを止めたかった。
けれど、ディーノへの連絡は即ち彼らとの別れ。
数年ぶりの彼らを己の手で拘束する事は、彼女には出来なかった。

「―――…ごめんなさい」

心配をかけてごめんなさい。
連絡しなくてごめんなさい。
彼らを優先してしまって、ごめんなさい。

様々な思いのこめられた謝罪の言葉。

「…幸い、紅が通信手段を持っていたことを知ってるのは俺達キャバッローネだけだ」
「…ごめん…」
「何て顔してんだよ。俺が怒る訳ないだろ?」

なんの問題もない!と重い空気を吹き飛ばすように笑う。
そんな彼に、紅は少し目を細めた。

「―――手紙の主には会えたか?」

窓の方へと視線を投げた彼女に、ディーノは静かに問いかける。
彼女は何も答えず、ただ一度だけ小さく首を動かした。

「ねぇ、ディーノ。記憶って、とても残酷ね」
「紅…」
「別れなくちゃいけないなら、忘れられたらいいのに。顔を見たら思い出が甦って…同時に、感情も」

頭を持ち上げてしまった感情を静める事は難しい。
まるで、もう一人の人格が出来てしまったかのように、自分の思考が言う事を聞かないのだ。
その様子が手に取るようにわかり、彼は彼女に分からぬよう息を吐き出した。
再会できた事は喜ばしいのだろう。
しかし、確かに残酷だったのかもしれない。
許す許さないの問題でもなく、また恨む恨まないの話も少し違う。
要するに、己の感情を消化できないのだ。

「…元気だったか?」
「え?」
「そいつら。元気だったのか?」

的外れな問いかけだ。
このシリアスな空気には似合わない質問に、紅はディーノを振り向いた。

「…ええ。そうね。骸は…大きくなっていたし、凄く素敵に成長していたわ。ランチアも…格好良くなってた」

その質問の真意を理解できないながらも、そう答える。
その時の彼女の表情は、優しく微笑んでいた。

「そっか。じゃあ、良かったな」

ニッと口角を持ち上げて笑うディーノ。
彼の様子に、紅は漸くその真意を悟った。

「死んだ奴らの事は忘れてやるな。だが、奴らも自分達に囚われる事を望んでないはずだ」
「…そう、ね」
「それくらいなら、生きている奴のことを考えろ。憎む必要もない。
だって、お前にとってはどっちも大事なファミリーなんだろ?」

もっと単純に考えていいのだと。
ディーノのそんな言葉に、紅は世界が色を取り戻したような感覚を受けた。

「もしあそこから出てこれたら、その時は笑顔で迎えてやれよ。過去の事は全部ここに置いていけ」

ディーノはそう言って少しだけ躊躇いがちに紅を抱き寄せた。
彼の胸に額を寄せ、紅は静かに目を閉じる。
瞼が熱くなって、雫が零れ落ちた。










濡れタオルで目元を冷やしつつ、紅が口を開く。

「今回の事…ボンゴレもそうだけど、一般人にも迷惑をかけてしまったわ」
「そりゃ確かにそうだが…お前の所為じゃないぞ」
「でも、私のファミリーのしでかした事に変わりはないもの」

無関係ではないでしょう?と言う彼女の言葉に、確かに、と納得しそうになる。
その声は沈んだものではなく、彼らを仲間だと認識しているが故のそれだ。
いい意味で、一般人への迷惑を自分にも責任があると言っているのだ。

「ボンゴレは気にしてないぞ?」
「それは…多分、その通りなんだけど」

ツナを思い出し、紅は頷く。
彼ならば「ごめん」と謝っても勢いよく首を振って、「そんなの必要ない」と言うのだろう。
優しい子だ。

「それなら、何の心配もないだろ?」
「…はっきり言うと、雲雀さんを巻き込んでしまったことが…」
「…あぁ、それか」

漸く伝わったようだ。
深く頷くディーノの顔を見ては居ないけれど、その声の調子からそれを悟る。

「それでね。少し考えたんだけど…」
「ん?」

紅はタオルから顔を上げた。
赤く腫れた目元が痛々しいけれど、その表情は穏やかだ。

「私―――」

08.01.21