黒揚羽
Target  --061

「…ごめん。足を止めさせて…」

いくらか経った頃、紅は漸く涙を止めた。
少しばかり赤くなった目元を指先で拭い、溜まった涙を落とす。
そして、落ち着かせるようにと二度ほど深呼吸をした。

「―――ツナ、ポケットから何か落ちそうよ?」

紅が何かに気づき、ツナのポケットを指差してそう言った。
彼女の持ち前である広い視野が戻りつつあると言うことなのだろう。

「え、あ…本当だ」
そう言って、彼ははみ出た部分に指先をかけた。
そこで、それが何であったのかを思い出す。

「紅!これ…!」
「―――…雲雀さんの…」

見せられたそれが何なのか、誰のものなのか。
彼女は、すぐにそれを悟った。
それから、今から一行が進もうとしていた階段を見る。
その横顔に映った葛藤に、目の前のツナが誰よりも早く気づいた。

「あのさ、気になるなら、行ったほうが良いよ。雲雀さんが携帯を落とすなんて、よっぽどだと思うし…」
「ツナ…」
「骸は俺に任せて、なんて大きなこと言えないけど、紅が来るまでの間くらいは、何とかするから」

少し不安げに、けれど安心させるように強く頷くツナ。
彼にここまで言わせて、自分が悩んでいるわけにはいかないだろう。
紅は少し困ったように笑った。
そして、ありがとう、と告げてから踵を返す。
すぐ後ろに居たビアンキと視線が絡んだ。

「行って来なさい、紅」
「うん。行って来ます」

励ましてくれる彼女に、今度こそちゃんと笑顔を浮かべられた。
紅は、そのまま瓦礫だらけの床を蹴って走り出す。
陸上用のトラックを走るのと同じくらいに滑らかに走っていく彼女に、ツナが感心したように息をついた。
自分は小石に足を取られないようにと必死に歩いていると言うのに。
そんなことを思う反面、彼女が元気を取り戻して良かったと思う。

「ツナ、行くぞ。骸はすぐそこだ」
「う、うん!」

紅にああ言った以上、頑張らなければ。
今一度、なけなしの勇気を振り絞った。














カンカンカン、と鉄製の階段を下りていく。
どこに向かっているのかは、自分でもわからない。
けれど、先ほどから聞こえる爆発音を頼りに、紅は進んでいた。
何故か…説明できない何かが、彼女をそこへと導いていたのだ。
雲雀が獄寺と共に居るとは考えにくいのに、足がそこへと向かう。
足の裏に伝わる振動が大きくなってきていて、そこが近いことを教えてくれていた。

「ん?」

バサ、と小さな羽音がした。
視線を上げた彼女は、その音の原因を探るように目を動かす。
そして、見つけた。
肩にも乗ることが出来そうな小鳥がこちらに向かって飛んでくる。
頭が大きく、ずんぐりとした丸い身体が可愛らしい。
そんな場違いなことを考えている彼女を他所に、鳥はどんどん近づいてきた。
そして、彼女の肩にとまる。

「…人懐こい子ね」

クスリと笑い、その小さな頭を指の腹で撫でた。
それに礼でも言うかのように、小鳥が嘴を開く。

「緑たなびく並盛の―――」

小さな囀りでも聞かせてくれるのかと思いきや、そこから聞こえた『歌』に紅は驚かされる。
目を見開いて小鳥を見るも、小鳥は得意げにその続きを歌うだけ。
鳥の舌って歌えるんだ…ふと浮かんだ場違いな考えは、とりあえず置いておくことにする。
誰がこれを教えたのかは、考えるまでもないような気がした。

「君の新しいご主人様の所に連れて行ってくれる?」

ご機嫌に歌い終えた小鳥の頬を撫でてそう頼んでみた。
どうやら、人の言葉を理解しているらしい。
小鳥はバサッと飛び上がると、そのまま紅の上で2度ほど大きく旋回してから前方へと飛んでいく。
付いて来い、そう言っているような気がした。
見失わないように走り出す。
その先に彼が居ることを、疑っていなかった。













身体中がズキズキと痛む。
最早、全身が悲鳴すら上げているようだった。
けれど、そんな状況をおくびにも出さず、雲雀は立っている。
若干ふらつくことはあれど、そこまで身体がぼろぼろだとは感じられない動きだ。
犬を外へと放り出し、そのあと千種を床に沈めた。
軽く息が上がる状態の彼は、そこで漸く壁に背をつける。
すでに動くこともままならない獄寺が雲雀の方を向いた。

「テメーに助けられることになるとはな」
「…助けたつもりはないよ。目の前に居たから咬み殺しただけ」
「…そうかよ」

互いに、すぐには動けるようになりそうもない。
特に、獄寺に至っては、例の病気が完成するまでの副作用が大きく影響しているようだ。
回復の兆しが見えない状況に、彼は小さく舌を打つ。
そこで、近づいてくる足音に気づいた。
二人の間に、見えない緊張が走る。
新手が来たならば、ありがたくない状況だ。
内心焦る獄寺を横目に、雲雀は冷静だった。
急いでいるのに、何故か落ち着いていると感じる足音。
彼は、この音の主を知っている。
怪我に響かせないようにゆっくりと首を動かし、そちらを向く。
丁度その時、角からその人物が姿を見せ―――る前に、覚えのある小鳥が曲がってきた。
それに続くようにして、漸く姿を見せたのは、鳥に導かれてここまで辿り着いた紅だ。

「雲雀さん…!」

一番に入り込んだ彼の姿を見て、紅が悲壮な声を上げる。
足音の主が彼女だった事を理解すると、獄寺は安堵の息を零した。
満身創痍と言っても差し障りない二人の様子に、彼女は表情を歪めながら近づいてくる。

「酷い怪我を…」

二人を交互に見ながら、彼女がそう呟く。
雲雀はすぐ傍らにやってきた紅を見た。
壁から背中を離したところで、その身体がぐらりと傾く。
慌てたように手を差し出し、彼を支える紅。
彼女の耳元に、小さい声が聞こえた。

「…怪我は?」

何を言われるのかと思えば。
他人の心配をしている場合じゃないだろう、と思うのだけれど、その言葉は出てこない。
答える代わりに、彼を支える手でYシャツを強く握る。

「巻き込んで…骸の所為で、ごめんなさい」

弟のように可愛がっていた彼の所業だからこそ、より一層胸が痛む。
そんな彼女の心境を悟ったのだろう。
一度だけ、雲雀の手が紅の背中をポンと叩いた。
それから、やんわりと彼女の手を解き、ふらつく足取りのまま獄寺の方へと向かう。

「ついでだから、連れて行ってあげるよ」
「…へ…っ。明日は槍でも、降るんじゃねぇの…?」

肩を貸し、肩を借りつつ歩き出す二人。
紅は手を貸そうと伸ばしたそれを、途中で引っ込める。
そして、二人から離れてしまわないようにと先を急いだ。

07.12.24