黒揚羽
Target  --059

「あんな紅の様子…初めて見た」

ツナの知る紅は、いつだって大人だった。
冷静に全てを見通していて、袋小路に迷い込んだらちゃんと助けてくれる。
そんな彼女が、今にも涙を流しそうなほどに震えていた。
毒に侵されたランチアの元に跪き、何度もその名を呼んだ彼女は、自分の知る彼女ではなかった。

「ランチアと紅は元々恋仲らしいからな」

リボーンがそう告げた。
ツナは、一度はへぇ、と短く答える。

「―――――恋仲!?って恋人だったって事?」
「紅とランチアは同じファミリー出身だぞ。キャッバローネに引き取られたのは、あの事件の後だ」

彼の説明に、ツナはすぐには信じられなかったようだ。
しかし、そこでハッと気付く。

「でも、ランチアさんは骸に操られてファミリーを惨殺したんだろ?って事は…」
「結果として、紅のファミリーを殺したのと同じだな」
「そんな…!」

恋人が家族とも言えるような人たちを殺す。
悪夢のような現実に、ツナは青褪めた。

「紅はその時ボンゴレに居たからな。その後の様子は…ディーノが一番よく知ってる」

遠い目を見せるリボーンに、ツナはそれ以上何もいえなかった。
















徐々に呼吸が整ってきた。
手遅れになる前に毒を中和できたようだ。
ほっと安堵する紅を見上げ、ランチアが口を動かす。

「悪かった…。謝って…すむ問題じゃ…ないが…」
「…ランチアの所為だとは思ってないわ」

素っ気無い言葉になってしまうのは、それ以外に何と答えればいいのかわからないからだ。
あの時の絶望を思えば、謝るなとは言えない。
けれど、誰かに謝ってもらって解決する問題でもない。

「殺した奴らの中に、お前が居なくて…馬鹿みたいだが、安心した…」

その目に偽りはない。
自分が殺した彼らの中に彼女を見つけなかった時の、安心感。
きっと、一生忘れられないだろう。
ランチアの言葉を聞き、紅の頬を涙が伝う。

「…私、あなたの苦悩も何も知らないで…ずっと、自分だけ安全な所に居た…ごめんなさい…」
「…何で、お前が謝る、んだ…」

馬鹿だな、と震える手がその涙を拭う。
今にも落ちてしまいそうなそれを支えるようにして、紅は自身のそれを重ねた。

「もう喋らないで。傷に障るわ…」
「………今話しとかねぇと、話せないだろ…」

自分の意思であろうがなかろうが、仲間を…ファミリーを惨殺してしまったと言う事に変わりはない。
恐らく、ランチアは再び牢獄へと連れられるのだろう。
彼の言葉がそれを指していると理解し、紅は哀しげに目を伏せた。

「会えて、よかった」
「私だって…。あんなに中途半端に別れるだなんて、思ってなかったわ」

あの事件から一ヶ月後。
短くはない毎日を過ごしていた紅の元に届いた、差出人不明の手紙。
その中には、ただ一言こう書かれていた。

イタリア語で―――さようなら。

名前もなく、たった一言だけ書かれた手紙。
けれど、それがランチアからのものであると。
何故だかわからないが、そう確信が持った。

「自分で、死のうと思った。その前に…お前に送ったんだが……まさか、名前だけで届くとは、な…」
「…ボスが探してくれたの」

紅の心を少しでも軽くすることが出来ないかと、先代のボスがあの近辺に部下を派遣した。
そうして掴んできたのが、差出人不明の紅の名前だけが書かれた手紙。
彼女の手元に届いた事は、奇跡と言えるかもしれない。

「はは…大事に…されてる、みたいで…安心したぜ」

そう笑った彼の表情は、まるであの日に戻ったようだった。
あの時から完全に止まってしまっていた紅の一部が、漸く時を刻み始める。





「私、ずっとあなたを探してた。気になっている子も居るけれど…どこか、あなたを重ねていたの。
少し乱暴な所だとか、根は優しい所だとか。全然似ていないのに、必死にあなたを重ねていた」

忘れたくなくて、過去の想いにしたくなくて―――必死に、ランチアの面影を探した。
自覚してはいけない、彼はランチアではないのだから―――
雲雀と言う一回りも年下の彼に惹かれていると実感する時、紅は幾度となくそう思った。
終止符すらなく、二人の関係は曖昧なまま途切れてしまった。
だからこそ、彼が苦しみの最中にあるからこそ、自分は彼を忘れてはならない。
いつか再会できる日を夢見て、そう思い込もうと必死だった。

「紅。俺達は、終わったんだ…いや…もしかすると、始まってすら…なかったのかもしれない」
「…そうね。そうかもしれない」

隣に居るのが当たり前で、そう錯覚していたのかもしれない。
紅は、瞼を伏せた。
彼はあえてそれを口に出すことで、彼女の背中を押そうとしている。
今彼女の中にある感情を消してしまわないようにと。
沈黙する彼女に、彼は薄く笑った。

「………もう、行けよ」
「ランチア…」
「骸を…止めたいんだろ?」

手遅れになる前に、と彼は紅が支える手を振りほどく。
その手に力はない。
しかし、紅はそれに逆らう事無く、その手を下ろした。

「紅、今度こそ…」
「…別れの言葉は聞かない」

彼の言葉を遮り、紅ははっきりとそう言った。
黙って見上げてくる彼に、涙を拭いながら笑う。

「これが最後だなんて許さないわ。私…まだまだ沢山、話したいことがあるの」
「紅…」
「あなたに聞いてもらいたい事、沢山あるのよ。だから…また、ね」

別れではなく再会を約束する言葉を残したい。
赤く、涙に濡れた目元ながらも、紅はそう言って微笑んだ。
彼の記憶に残るのと同じ笑顔で。

「骸を止めるわ。これ以上、あの子に罪を重ねさせるわけには行かないから」
「…頼む」

ランチアは、世話役を任された彼なりに、骸を大切にしようとしていた。
全てが裏目に出てしまったわけではない筈だ。
彼の言葉に紅は確かに頷いた。
骸を止めるのは、残された二人の役目。






限界だったランチアは、すぐに意識を失った。
怪我の程度を見れば、命に別状はないことが分かる。
静かに安堵した紅は、最後に残った涙を拭った。

「またね、ランチア」

そう呟き、彼の額に唇を落とす。

それから、紅は建物への道を急いだ。

07.11.29