黒揚羽
Target --052
獄寺、山本そしてツナ。
この三人と雲雀の勝負と言うこともあり、紅は一歩下がってその様子を見ていた。
三対一になるのだから、雲雀の方に加勢しても問題はないように思う。
しかし、彼女はあえて参戦したりはしない。
理由はいたって簡単で、彼がそれを望まないからだ。
一番手の獄寺は、新技を使うも難なく突破され、雲雀の攻撃を避ける為に膝を着いてしまう。
この勝負は膝を着いた時点で負けだ。
「獄寺は膝を着いた。ストップだ」
そう声を掛けるリボーンだが、雲雀がそれで止まるはずもない。
「やだよ」と一言返し、更に攻撃を加えるべくトンファーを引いた。
冷静すぎるほどに落ち着いた様子でそれを見ていた紅の視界の端で山本が動く。
彼は獄寺と雲雀の間に入り込み、手にした得物でそのトンファーを止めた。
握られていたのはバットだった筈なのだが、いつの間にか刀に変わっている。
「…技術開発局の成功品、か」
前にどこかで設計図を見たような…と心中でその構造について考える。
紅が担当するのは薬学的な部分が多いのだが、時折工学的な研究にも携わっている。
それ故に、特殊な武器などを見ると内部構造を気にしてしまうのだ。
最早、これは職業病と言っても差し障りはないだろう。
運動能力の高さを生かし、彼は雲雀の攻撃を受け流している。
マフィアでも何でもない野球少年であるはずの彼に対し、紅は感心したような表情を向けていた。
「これならやりあえそーだな」
「どーかな?」
ニッと口角を持ち上げてそう言った山本に、雲雀自身も僅かに口角を上げて答える。
同時に、山本の繰り出した攻撃をトンファーで受け止める。
「僕の武器にはまだ秘密があってね」
彼の言葉に疑問符を浮かべる山本を他所に、トンファーから鉤が飛び出す。
それを見て、紅が「あ」と声を上げた。
「この間取り付けた仕込み鉤。内緒にしてたのに、気付いてたんですか」
鉤で受けていた刀を挟み込み、その勢いで山本の身体を地面に転がす。
それから、雲雀はチラリと紅の方へと視線を向けた。
「偶にトンファーを弄ってるのは知ってたよ。使い勝手が悪くなる事はないから放っておいたけどね」
「紅が雲雀さんの武器を弄ってるの!?」
驚くツナに、紅はにこりと笑った。
そして肯定の返事を返す。
「だって、案を思いついたらすぐに作ってみたくなるの。雲雀さんのなら、一番効果が分かり易いし」
毎日と言っても過言ではない頻度で使われているのだから、試験使用としては確かに適している。
何と迷惑な事を…と思っている間に、リボーンから「ツナの番だ」と声が掛かる。
その声に彼はヒィ、と肩を竦みあがらせた。
ただでさえ強い雲雀なのに、紅が色々と仕込んである武器だと思えば恐怖は倍増だ。
嫌だと首を振るツナだが、リボーンが聞き入れてくれる筈もない。
打ち込まれた死ぬ気弾により、彼は強制的に死ぬ気モードへと変貌した。
レオンが変身したはたきにより、雲雀と互角にやりあう彼。
そんな二人の攻防を見ていた紅はポツリと一言零した。
「前はトイレのスリッパで今度ははたき…雲雀さんには合成写真の如く似合わない物を武器にするわね…」
どこかずれた言葉だが、彼女がそう言いたくなるのも決して無理のある話ではない。
そうしている間に、死ぬ気弾の効果が切れてしまったようだ。
普段の頼りない表情に戻ってしまうツナだが、だからと言って止まるような雲雀でもなく。
獄寺同様に最後の一撃を加えようとする彼に、ツナは目を閉じた。
だが、覚悟した痛みが来ない事に気付き、そっと目を開く。
そこには、自分が攻撃したわけではないのに膝を着いている雲雀の姿があった。
「雲雀さん…?」
ツナは驚いたように目を見開いて彼へと近づいてくる紅を見て、漸く我に返る。
自分がやったのか?と混乱する彼の言葉を否定し、リボーンがその原因を指差した。
「シャマルは殴られた瞬間にトライデント・モスキートを雲雀に発動したんだ」
いつの間にか復活していたシャマルが自慢げに病気について説明する。
雲雀が発病したそれは、桜クラ病と呼ばれ、桜に囲まれていると立っていられないと言う病気らしい。
周囲には桜が満開。
膝を着けばいいだけのこの勝負には打って付けの病気と言えるだろう。
雲雀はふらりと立ち上がると、彼らに向けて口を開く。
「約束は約束だ。精々桜を楽しむがいいさ」
そう言ってから、彼は頼りない足取りでその場を去っていった。
それを見送ってしまってから、紅はハッと我に返る。
「シャマル!」
「紅!俺に惚れ直したか?」
「元々惚れてない!雲雀さんになんて事をしてくれたのよ!」
腕を広げたシャマルに平手打ちを食らわせる紅。
物凄く痛そうな音がその場に響き、自分がやられたわけでもないのに頬を押さえるツナ、山本に獄寺の三人。
そんな彼らを他所に、紅は怒り冷めやらぬ様子で続けた。
「こんな事なら…桜が見たいなんて、言わなければよかったわ。彼には悪い事をしてしまったわね」
「…まさか、紅が花見を言い出したの?」
「独り言だけどね。よく考えれば、同じ部屋に居て聞こえないわけがない」
三日ほど前に、応接室に舞い込んだ桜の花びらを見て、つい呟いてしまったのだ。
彼が始めからそれを考えていたのかどうかは分からないけれど、自分の呟きがきっかけの一つである事もまた事実だろう。
はぁ、と溜め息を吐いてから、彼女はそれ以上何も言わずに踵を返した。
そうして、雲雀が去っていった方へと足早に立ち去る。
彼らからは完全に姿が見えなくなったであろう位置。
そこまでやってきた紅は、向こうに見えるベンチの所に倒れこんでいる雲雀の姿を見つけた。
「雲雀さん!」
彼の名を呼びながら駆け寄っていく。
どうやら、かなり辛いらしい。
「雲雀さん、大丈夫ですか?」
そう言って彼の顔を覗きこむと、それはもう不機嫌極まりない表情で睨み返された。
とてもご立腹のようだ。
その理由が、食らってしまった自分への不甲斐無さなのか、そもそもの原因である紅なのかは分からないが。
「あぁ、あった」
雲雀の様子を窺いながらも、ゴソゴソと鞄を漁っていた紅。
そう呟いてから、ペットボトルのお茶と共にそれを彼の手に握らせた。
コロリと掌に転がったのは、白と赤のカプセル。
「万能薬ではないので効果があるかどうかは微妙ですけれど…全くゼロと言う事はないでしょう」
恐らく、飲んだ方が楽になります。
そういった彼女に、雲雀はだるい身体を起こしてベンチに座る。
動きにくい筈なのに自分の手を借りようとしない彼に、らしいなぁ、と心中で苦笑した。
ごくり、と彼の喉が動き、それを飲み込んだ事がわかる。
「病名は桜クラ病。桜に囲まれると立っていられない病気だそうです」
「…そんな病気は聞いた事もないんだけど」
「ええ、私も。まぁ、彼のトライデント・モスキートは特殊な病気ばかり持っていますし…」
あの男に常識と言う言葉は通用しない。
はっきりとそう断言した紅は、色々と思うところがあるのだろう。
若いとは言え、すでに薬学関連の研究の権威である彼女は、彼の持つ病気の種類には頭を悩ませている。
教えてくれと頼む事は出来るけれど、それだけは何が何でも避けたかった。
見返りに要求される事が分かっているから、余計に二の足も三の足も踏んでしまうのだろう。
そんな風に会話をしているうちに、雲雀の症状も徐々に和らいできたらしい。
淀みなく会話が出来るようになった所で、紅が「もう大丈夫そうですね」と声を掛ける。
「副作用は眠くなるくらいですから、薬が必要な時は声を掛けてください」
「暫くは桜に近づく事もないよ」
「そうですね。尤も…今年の桜は、今日を境に右下がりでしょうから…丁度いいと言えばそれまでですけれど」
そう言って、紅は風に乗ってきた桜の花びらを掌に乗せる。
その花びらもまた、一時的に彼女の掌で羽を休めた後、またふわりと風に乗って舞う。
紅は今見える光景を脳裏に焼き付けるように目を細め、それから歩き出していた雲雀を追った。
先ほどまでの今にも倒れそうな足取りではない事を横目に確認する。
そうして、帰ったらこの薬を作らないと…などと、これからの予定を脳内で組み立てて行った。
07.08.06