黒揚羽
Target  --044

「あのね…大名行列じゃないんだから…」

ずらりと両脇に並んだ黒いスーツ姿の彼らの列を見ながら、紅は呆れたようにそう言った。
自分を見送る、と言うのは2割程度で、恐らくボスを送り出すという気持ちがメイン。
別にそれが不満だというつもりは無いが、その見送りに自分まで巻き込まないで貰いたいものだ。
もっと静かに出発したかったのに…そんな思いを込めて、隣のディーノを見上げる。

「…ま、慣れだな」
「そうよね、ディーノは慣れてるわよね」

病院でもアレなんだから、と心中で呟く。
ツナの見舞いの時には、彼の相部屋の少年達には随分と怖い思いをさせてしまった。
彼らは、その後平和な病院生活を送れているのだろうか。
そんな場違いな思いすらも浮かんできてしまう。

「向こうに着いたら連絡しろよ」
「ええ。屋敷に着いて、一休憩してからね」

ケロリとそう言ってのけた彼女。
そんな彼女に肩を竦めると、ディーノは暁斗を振り向いて口を開いた。

「………飛行機が着いたら連絡しろ、暁斗」
「了解、ボス」

ククッと喉で笑いながら、暁斗は軽く片手を挙げる。
相変わらず我らがボスは彼女が心配でならないらしい。
本当ならば、ディーノも彼女と共にイタリアへ一時帰国する予定だった。
日本での仕事が重ならなければ。
ほんの2日前まではその予定だったのだから、今の心境と言えば悔しさ以外にはないのだろう。
恨めしそうな視線に気付いていた暁斗だが、その辺りは知らなかった事にしておく。

「じゃあ、行くわね。しっかり仕事をこなすように」
「あぁ、わかってる。…気をつけろよ」

そう言ってディーノは彼女の頬を撫でた後、その腕を引いてギュッと抱きしめた。
躊躇う事無く背中に回された腕の感触を感じつつ、名残惜しげにそれを解く。
意味ありげに見下ろされる視線に、彼女は薄く微笑んだ。
そして、何も言わずに彼の腕から離れ、歩き出す。
暁斗もまた、彼女がチャーターした飛行機の搭乗口へと向かうのを追って歩き出した。

「俺と二人なんだ、普通に帰っても良かったんじゃないのか?」

途中、追いついた暁斗がそう問いかける。
彼の質問には、態々大枚を叩いて飛行機をチャーターする必要は無かったのでは、と言う疑問が篭っている。

「あら、二人じゃないわよ」

何を言っているんだ、とばかりにきょとんと答える紅。
その答えがよくわからず、彼は頭の上に疑問符を浮かべる。
だが、彼女はその疑問を拭い去ってくれるつもりはないようだ。
そのまま下ろされていた階段を上っていく彼女に続き、軽く肩を竦める。
そうして、機内へと一歩踏み込んだ所で、彼はその意味を知った。

「…どこのファミリーだ?」
「日本に滞在していたイタリアに本拠を置くファミリーの方々」

簡潔にそう答えると、紅は慣れた様子で後ろの方へと歩いていく。
後ろの区画は丸々空席となっていたが、それより前はほぼ満席。
その中を歩く彼女に、シートに座っていた男達は軽くだけれど頭を下げる。
悪くは無い材質のシートに座っている人々と言えば、贔屓目に見ても一般人とは言いがたい顔ばかり。
暁斗は慣れているが、一般客が居れば機内に一歩踏み込んだ時点でクルリと踵を返したくなるだろう。
何と言うか、その場の空気すら違うように感じる。

「思い切った行動に出たな…。他のファミリーと手を組んだのか?」
「無駄になる席を格安で譲っただけよ。二人のためにイタリアまで飛ばしてもらうなんて、経費が勿体無いわ」

空席となっている区画のど真ん中に腰を下ろすと、紅は目線で「座らないのか?」と問いかける。
彼女の視線に頷くと、彼はその隣に座った。
この区画が空席になっているのは、自分が窮屈な思いをしたくないからだろう。
彼女がチャーターした航空機の席を格安で譲ってもらっているのだ。
それに対する不満の声が上がる筈もない。

「しかし…一週間足らずの間に、よくこれだけの人数に連絡をまわしたな…」

感心する彼に、紅はまた何を言っているんだと怪訝な表情を見せる。
だが、その後すぐにニッと口角を持ち上げて見せた。

「あら、連絡をまわしたのはこれの3倍の人数よ?今は便利なネットって言うものがあるから」

連絡を取るくらい訳はない。
そう言って彼女は得意げに微笑んだ。
学校の手続きやら、風紀委員の引継ぎやら、イタリアに残っているとの連絡やら。
忙しく動き回っていたと言うのに、いつの間にこの手配まで済ませていたのか…。
彼女の一日だけは、24時間ではなく48時間だったのでは、と言う疑問すら浮かんでしまう。
それだけ仕事が出来る彼女だからこそ、未だに他のファミリーからの勧誘が後を絶たないのだろう。
二人が最後の乗客だったのか、扉が閉じられる。
すでに彼女の興味は機内には向けられておらず、いつの間にか開いたパソコンの画面を見つめている。
文字の羅列が並ぶのが横からでも見えたが、残念ながらそれの示す意味などはわからなかった。

「仕事か?」
「ええ。新薬を開発中だから、意見が欲しいそうよ」
「ほぉー…あいつらもちゃんと仕事してたんだなぁ」

感心感心、と頷く暁斗に、紅は少し失礼だろうと笑う。
あいつら、と言うのは、キャッバローネの薬品開発研究部の連中を指す。
一見するとマフィアには見えない連中で、俗に言うもやしっ子だ。
光が当たれば結果が変わってしまったりする薬品を触るのだから、それも無理は無いのかもしれない。
そんな連中と同じような仕事をしている筈なのに、紅はいたって健康体だ。
集中してしまえば研究室に篭りっきりになってしまうこともあるが…それは、暁斗やディーノが止めるので問題はない。
彼女の健康は、ファミリーの気遣いによって守られていると言っても過言ではないだろう。

「…向こうに着いたら、少し時間を貰っているの。一人にして」
「…わかった。鞭と銃は持っていけよ」
「ええ」

ありがとう、と声には出さずに礼を言う。
そして、彼女はパソコンのキーを叩き始めた。
こうして集中し出した彼女は、いくら声を掛けようとも答える事は無い。
短くは無い付き合いの中でそれを理解している暁斗は、紅とは反対の方を向いて窓の外に意識をやった。
すでにあの独特の浮遊感やら圧迫感はなく、機体は安定している。
そう言えばさっきまでアナウンスが流れていたなぁと、どこか人事のように考えた。

「後ろで寝てくる」

邪魔にならないように小さくそう声を掛ける。
聞かなければならない事まで遮断する脳ではないらしく、紅は視線を向けずにわかった、と答えた。
シートベルトを外した彼が後ろの列に移動したのを気配で感じながら、カタカタと文字を打ち込んでいく。









一人にして。

そう頼む事は、あまりない。
基本的に放任主義なので、必要以上に付きっ切りというわけではないからだ。
だが、彼女があえてそう頼む事がある。
それは、彼女が失ったファミリーの弔いに行く時だ。
今のファミリーは大好きだし、入った事を悔やんだ事は一度も無い。
けれど、やはり元のファミリーだって大事で大好きだった。
だから、彼らを弔う時には必ずそう言って独りで向かうようになった。
キャッバローネ内で、それは暗黙の了解となっている。
ふぅ、と溜め息を吐き出し、紅はディスプレイから顔を上げた。
すでに保存されたファイルを一瞥して、ノートパソコンをパタンと閉じる。
それから、瞼を伏せてシートに深くもたれかかった。

「―――…ア…」

呼ばれた名前はあまりにも小さすぎて、紅の耳にさえ全てが届く事はなかった。
懐かしげに、けれども辛くそして寂しそうに、紅は目を細める。
傷を癒すには、まだ足りない。

07.04.03