黒揚羽
Target  --041

院内を小走りで通り抜け、紅は玄関を出たところで見慣れた金髪を発見する。
先の彼を思えば、見逃してしまうことなど有り得ないだろうと高を括っていた。
だが、彼は部下を連れる事もなく、一人でそこに居た。
予想外と言えば予想外の光景に、一瞬目を瞬かせる。

「ディーノ!」
「ん?あぁ、紅。早かったな」
「こんな所で…一人で待つなんて…!何かあったらどうするの!」

日本という国はかなり平和ボケした国だ。
街中を歩いていて行き成り刃物で刺される…事は無いとは言えないかもしれないが、あれば翌日の新聞の一面だ。
普通に暮らしていればそんな事はまず有り得ない。
分かっている筈なのに、こうして声を荒らげてしまうのは…マフィアの一員であると言う自覚故の事。
そう思っても間違いではないのだろう。

「ロマーリオみたいだな、紅」
「彼ほど煩くはないわよ。それに…一家の主がこんな人通りの多い所で一人だなんて…文句の一つも言いたくなるわ」

はぁ、と息を吐き出しながら前髪を掻き揚げる。
そうして、中学生とは程遠い雰囲気を醸し出した所で、彼女はディーノを見た。

「…で、どうしたの?家に帰るまでが待てないような急用なんでしょう?」
「多分な」
「多分?」

自分で行動を起こしたと言うのに、その『多分』と言う頼りなさは何だ。
そんな思いをこめて首を傾げれば、彼は上着の内ポケットから白い封筒を取り出した。
それを彼女へと差出し、彼はこう告げる。

「ボンゴレからの手紙だ」
「ボンゴレから?」

ボンゴレ、と言われて、一番にツナを想像してしまうのは、普段の付き合い上仕方の無い事だろう。
今はまだ頼りない彼だけれど、彼は10代目にふさわしい人物だと思っている。

「とりあえず、開けてみろよ」
「そうしたい所だけど…こんな所で読むのもね」

そう苦笑して、早々に帰ろうと歩き出す。
そんな彼女を追うようにしてディーノが続いた所で、タイミングを計ったかのように黒塗りの車が二人の前に停まった。

「迎えに来たぜ、ボス」

ウインドウを下ろし、ぐっと親指を立てるサングラスに黒いスーツの男。
こんなにもいいタイミングで迎えに来られる筈がない。
よく考えなくても、彼がどこかからディーノを見守っていた事は明らかで、二人は顔を見合わせて苦笑した。

「私が心配するまでもなかったのね」
「…らしいな」

先に帰れって言ったのによぉ、なんて苦笑する彼だが、やはり嬉しそうだと思う。
ファミリーから尊敬されると言うのは、やはり一家の主としては重要だ。
素でそれを攻略している彼を、流石は我らがボス、なんてからかってみる。

「馬鹿なこと言ってんなよ」

そう言って彼は笑い、紅の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。

















ディーノは車に乗り込んだ後、紅のマンションへと向かうよう指示を出す。
そして、隣で手紙の封を切り、内容を読んでいる彼女を見た。

「何だって?」
「んー…何か、研究に力を貸して欲しいって…」
「研究?」
「内容まで読めてないの。少し待って」

速読の得意な彼女にしては珍しく慎重に読み進めている。
横から覗き込むまでも無く見えたサインからすると、この手紙の主はボンゴレ9代目。
彼に恩のある彼女ならば、迷う事など無い筈なのに。

「珍しいな、紅がそこまで慎重になるなんて」

先ほどは見えなかったが、助手席には暁斗が座っていたらしい。
彼は首だけを振り向かせてそう言った。

「うん…。何か、引っかかるのよね…」
「9代目からなんだろう?」
「ええ、それに間違いはないと思うんだけれど」
「結局なんて書いてあったんだ?」
「何でも、研究チームが困っているらしくて、意見が欲しいんだって。急を要する事だから、できればすぐにでも」

他にも色々と専門的なことも書いてあるが、この場で説明しても無駄だろう。
説明してわかるのは、ここに書かれている研究チームの一員くらいだ。

「…また、えらく急な話だな。ボス、紅がもう一度学生をやるって事は話してあるんだろ?」
「あぁ。その筈なんだが…。もう一度言っておくか?」

横から顔を覗きこんでそう問いかけるディーノ。
その表情はどこか心配が含まれていて、紅は苦笑交じりに首を振る。

「別にいいわ。もう一度学生、だなんて世間で褒められることでも何でもないんだし」

留年したわけでもあるまいし、と肩を竦める。
忘れられているならば、それでも構わない。
幸い勉強を優先せねばならないほどに救いの無い学力ではなく、寧ろ第一線でも十二分に活躍できる。
マフィアの中でもこの道の権威、と称されている以上は、期待に応えなければならないのだろう。
実際にそれで稼いでいるのだから、文句は言えないところだ。

「それにしても…こんな要請は初めてね。文書で送られてくるなんて…」

今までにも、意見が欲しいと頼まれた事はある。
だが、大概軽い雑談の合間に出た話の中でそれを尋ねられ、答える程度の軽い遣り取りだった。
これほどに正式な要請は初めてで、いつもとは違う勝手に戸惑いを覚える。

「大丈夫なのか?こっちの生活の事もあるだろ。どのくらい掛かるかわからないなら…」
「大丈夫よ。何とかなるわ。それに、どちらかと言えばこっちの方が重要でしょう」

真剣な顔で手紙を見下ろしていたからか、ディーノはその要請があまりよくないものであると感じたらしい。
控えめに尋ねてきた彼に、紅は安心させるように微笑んでそう答えた。

「それに、同盟ファミリーの一員として、蹴るわけにはいかないでしょう」

自身の所属するキャバッローネを立てるためにも、拒否など出来る筈はないのだ。

「まぁ、ボンゴレは最優先だからな…」

悪い、と彼が申し訳なさそうに眉尻を下げる。
そんな彼に、紅は気にするなと首を振った。

「ディーノが悪いわけじゃないでしょ。ファミリーの一員である以上、マフィアの規律に従うのは当然だわ」

その覚悟はある、と彼女は告げる。
手紙を折り、封筒の中に戻して鞄へとしまう。
そうして、紅は窓の外で過ぎてゆく風景に目を向けた。

「また留学…って事で、話が纏まると思う?」
「…何とかなるだろ。何なら、ブルーノとエンリコを借りたらどうだ」

一応ディーノに向けた質問だったのだが、答えたのは暁斗だった。
彼の言葉に、ブルーノとエンリコの顔を思い出す。
そして、はぁ、と短く溜め息をついた。

「学校を脅せって言うの?」

因みに、先に挙がった二名は、キャバッローネの中でも一二を争うほどの強面の持ち主達だ。
スーツを着せて後ろに従えた日には、どんな人間だって道を譲るだろう。
そんな二人を連れて行くなど…脅し以外の何物でもない。

「大体、脅すくらいなら自分で何とかするわ」

それが出来ないような絵に書いたような優等生をしているわけではない。
風紀委員という立場にあるだけで教師は何も言えないのだから、頷かせる事くらい訳はない。
委員長である彼に告げる方が、よほど困難のように思える。
勘のいい彼だ、下手に話してしまえば、そこから芋づる式に全てを悟られてしまいかねない。
別に問題と言う問題はないが…隠しておきたい、隠しておいた方が良い事もある。

「眉間に皺。そんな顔してると戻らなくなるぞ」

ピンッと指で弾くと、ディーノはそう言って笑う。
泥沼に足を踏み入れた時のように、思考から抜け出せなくなっていたらしい。
ここが車の中であったことも今思い出した、とばかりに、彼女は目を瞬かせた。

「何か問題でもあるのか?」
「ええ、まぁ…。でも、大丈夫よ。自分で解決できるわ」

ありがとう、と笑い、彼女は早速とばかりに準備に掛かる。
取り出した携帯のカレンダーでスケジュールを組み、自身の中で整理していく。
そうして粗方の行動が出来上がった所で、出発予定日を決めた。
どんなに頑張っても、向こうに到着するのは来週になりそうだ。

「一体何の研究なんだか…」

自分の知識が少しでも参考になればいいけれど、と呟き、ウインドウを白く曇らせた。

07.02.27