黒揚羽
Target  --029

昼食はまだだと言ったディーノにあわせ、紅と暁斗は普段より少し遅めの昼食をとることにする。
と言っても二人が朝食を食べたのが9時過ぎだったのだから、腹の空き具合としては丁度良いころだった。
ソファーに向かい合って座るディーノと暁斗は、キャバッローネの極秘機密を話している。
一方、紅はと言えば…その中から自分に必要な内容だけを覚えながら、キッチンに立っていた。
一人暮らしだとまず使う事のない大鍋の中で優雅に踊るパスタを眺めながら、彼らの話を脳内で整理する。
直接的に自分に関係する事ではないようだが、覚えておいて損はないだろう。
そんな事を考えている間に、セットしておいたタイマーがピピッと電子音を奏でた。
一時、思考を休めて鍋の中から一筋のパスタを拾い、硬さが丁度良い事を確認して湯から取り出す。
昼からあまり重いものを食べたくはないから、味付けは薄めに済ませよう。
慣れた手つきで三人分の食事を用意して、紅はトレー両手にリビングへと足を踏み入れた。

「もう少し様子を見てもいいんじゃない?」

紅の言葉に、話に集中していた二人はビクリと肩を揺らした。
振り向く彼らの視界に映るのは、そんな反応に「してやったり」とばかりに笑みを浮かべる彼女。
手に持ったトレーをテーブルの上に置きながら、彼女は先ほどの続きを述べ始めた。

「ゴスペラファミリーは、そう上手くは生き延びられない可能性も高い。
放っておいて自然消滅するなら、それが一番。これが私の意見ね」
「…だが、その場合は町の連中に被害が出るぞ」
「出そうなら、何とかすれば良いわ」

それぞれの前に皿を動かしつつ、暁斗の言葉に答える。
ディーノは口を挟まずに、彼女の意見を最後まで聞くつもりのようだ。
大人二人を前にしても物怖じする事無く、自分の意見を口に出す紅。
その凛とした姿は、とても中学生には見えない。
人間は内面から構成されるのだと言う事を肌で感じさせる何かがあった。

「今のところ、その後ろ盾も分からないみたいだし、変に手を出さない方がいいと思う」
「まぁ、同盟ファミリーが後ろに居るなら後々面倒だしな…」
「そう言う事。まぁ、もし同盟ファミリーが後ろに居るなら、うちのシマを荒らすような馬鹿はさせないと思うけど」

そこまで言うと、紅はどう思う?とばかりにディーノに視線を向けた。
彼は腕を組んで悩むように視線を落とし、やがて口を開く。

「暫く様子見…だな」
「なら、町の様子に目を向けるように指示しておいた方がいいわ。住民への被害は最低限に済むように」
「ああ」
「まぁ、短期戦を望むなら…私が向こうに忍び込んでこようか、ボス?」

クスリと、まるでディーノが頷かない事など分かりきっている、とでも言いたげな笑みを浮かべる。
女性であり、更に言えばそこらの女性よりも遥かに容姿がいい。
裏社会で生きていく上で、これを使わない手はない―――それが、紅の考えだ。
使える物ならば何でも使う。
当然の事ながら、その身体を使う事はファミリーから全力で止められていたが。
だが、情報を聞きだす際に相手に近づくと言う事はよくある事だった。
巧みな話術は相手を煽て、悦ばせ…ポロリと零してしまうどんな小さな言葉も聞き漏らさない。
自分の実験で身体を縮めてしまう前は、それが紅のアゲハとしての役割だった。

「アゲハはキャバッローネの最終兵器だろ?そう安売りするもんじゃねーよ」

彼女の言っている事が冗談だと分かっていたのか、ディーノはニッと笑みを浮かべる。
そうして、ポンポンとその明るい茶髪を撫でた。
鞭を巧みに操り、相手を翻弄するその手は大きくて…そして、温かい。
そっと目を細めた彼女に、面白くなさそうな顔をしたのは一人置いてけぼりを食らっていた暁斗。

「…紅って相変わらずボスっ子だよな…」
「何それ?」

クスクスと笑いながら、ディーノの手を頭に乗せたまま紅が暁斗を振り向く。
子供じゃない、とでも言いたいのだろうが、撫でられて喜ぶようではそれも仕方のないことかもしれない。

「俺の最大のライバルはボスか?」
「何言ってんだよ、暁斗。俺なわけねーだろ?」

ディーノの楽しげな視線に、暁斗は首を傾げる。
そんな彼の反応に更に笑みを深め、ディーノは指先で紅の髪を梳いた。
指に絡まる事のないストレートの髪は、スルリと重力にしたがって落ちる。

「俺はあくまでボスだからな。暁斗のライバルは他に居るんじゃねーの?」
「…?………………!」

ディーノの言葉の示すところは、車を待っていた間の紅の話に出てきた“彼”だろう。
あの時の彼女の表情を見れば、とてもではないが無関係やただの知人とは言えそうにない。
一度は首を傾げる暁斗だが、漸く言葉の意味を理解したらしい。
嫌な事を思い出した、とばかりに彼の眉間に皺が生まれる。
そんな二人の様子に、紅は苦笑にも似た笑みを浮かべながら昼食準備を再開した。

「とりあえず、食べない?」

冷めるし…と呟けば、了解の代わりに頷く二人。
不愉快を露にしたままの暁斗に、紅は今度こそ苦笑を浮かべる。
さて、どうやって彼の機嫌をなおそうか…そんな事を考えながら、フォークを持ち上げた。
















「紅ちゃん?」

黒塗りの車で行くよりも徒歩で行きたい。
そう言った紅は、それに付き合ってくれると言った暁斗と共に沢田家までの道のりを歩いていた。
そんな中、前から歩いてきた女性が彼女を呼ぶ。
顔を上げた紅は、声を聞いた時点でそれが誰なのかを理解していた。

「奈々さん、こんにちは。今からお邪魔しようと思ってたところなんですよ」
「あら、そうなの?悪いんだけど、今から隣町まで行かなきゃならなくて…」

申し訳なさそうにそう答える彼女に、構いませんよと笑いかける紅。

「綱吉くんを待たせてもらっても構いませんか?」
「ええ、もちろんよ。きっと、もうすぐ帰ってくると思うの。リボーンちゃんが居るから、上がって待っていて?」
「ありがとうございます。あ、紹介が遅れましたね。彼は私の父です」

チラリと暁斗に移った視線に気付いたのか、紅が彼を紹介する。
お互いにペコリと頭を下げあい、思うことは一つ。

――若い。

暁斗の方は、彼の本当の子供ではないのだからありえない話ではない。
だが、奈々の方はどう考えても若すぎる。
正直なところ、一児(しかも中学生)の母親には見えない。

「奈々さん?時間は大丈夫なんですか?」
「あぁ、いけない!じゃあ、またね紅ちゃん。今度ゆっくりお茶でもしにきてちょうだいね」
「はい、お邪魔します」

両者何やら考え込んだまま見つめあう。
そんな二人を見て、助け船を出すように紅が時間を指摘した。
どうやら予想外に時間を取っていたらしく、奈々は慌しく去っていく。
それを見送り、紅は再び沢田家へと足を動かし始めた。

「随分若いな」
「若いよねー…あれで中学生の子供がいるって言われても、信じられないよね」

人間の神秘、と呟く。
感じ方は人それぞれかもしれないが、少なくともこの二人はそう感じた。
そんな風にしていくらか進んだ頃、紅が自身のポケットの中の携帯が震えている事に気づく。
焦る様子もなくそれを取り出し、着信である事を確認してから耳元に添える。

「はい」
『紅か?何してるんだ?もうディーノたちは着いてるぞ』
「あ、もう着いてるんですか。あと…100メートルって所ですね。すぐに行きます」

予想以上に早い到着に驚きつつも、紅は少しばかり足を速めながら携帯を切った。
内容を暁斗に説明している間に、ここ数ヶ月で何度も訪れた沢田家を視界に捉える。
と同時に、呆れるような光景も目に入ってきた。

「…非常識と言うか、何と言うか…」

明らかに一般人ではないだろう、と言う黒服に強面の男らが路地を占拠しているではないか。
見覚えのある彼らに、紅は軽く溜め息を吐いた。
まだ、隣の暁斗の姿はマシな方だなと思う。
着崩している所為で普通のサラリーマンには見えないが、間違えても精々ホスト程度だ。
そう間違われるのもあまり嬉しいものではないが…少なくとも、一緒に歩くならそちらの方が何倍もマシと言うもの。
声を掛けてくる一人ひとりに答えながら、紅は沢田家の門をくぐった。
彼女が家の中に入ってから30分後、ツナがこの光景に驚く事になる。

06.11.20