黒揚羽
Target  --028

三日後に会える。

そんなメールが彼女の携帯を鳴らしたのは、今日から二日前。
つまり、メールに書かれていた『三日後』は明日訪れる。
期待に心を躍らせるほど子供ではない。
そう思っていたのだが…。

「上機嫌だね」

流石に、学校で死人を出すのはまずい。
くるくると止血帯を男子生徒の腕に巻きつけていた紅は、ブンとトンファーを振った雲雀にそう声を掛けられた。
ぎゅっとそれを縛り、後は救急隊員に任せることにして校門前に放置するよう指示。
気合の入ったリーゼントの風紀委員がその生徒をずるずると引きずっていった。
それを見送ると、紅はくるりと振り向いて雲雀に向き直る。
すでに彼の手からはトンファーは消えていて、先ほどまで鬼の如く殴り倒していた人とは思えない。

「そう見えますか?」
「いつもは止血なんてしないよね」
「…あれは、手首が切れていたからですよ」

問題ないならば放っておいた、と答える紅。
良くも悪くも人にあまり関心を寄せない彼女は、よほどの事がない限り校門に運ばせて救急車を呼ぶ程度。
その手を煩わせて治療するなど、よほど機嫌が良いか、相手が危険な状態でしかありえないことだ。

「まぁ…機嫌はいいですね。明日が楽しみなんですよ」
「休みだから?」
「明日って普通に平日ですよ。それに、そうじゃなくて…」

そこまで言って、紅はふと口を噤む。
説明しても良いのだが、するほどではないようにも思える。
少しだけ悩んだ後、彼女は「色々あるんです」と締めくくった。

「あ。雲雀さん、私明日自主休学します」
「…サボり?」
「そうとも言います。あー…もうこんな時間か」

ポケットから取り出した携帯の時計を確認した彼女は小さく呟くと、脇に置いてあった自分の荷物を持ち上げる。
その足で帰る気満々だったのか、鞄に携帯を押し込むと彼を振り向いた。

「じゃ、失礼しますね。また明後日」

引き止める間すら用意しない彼女だが、何度か繰り返されれば嫌でも慣れる。
すでに小さくなった背中を見ながら、相変わらず逃げ足は速いななどと考える雲雀だった。
















身体が小さくなった事で不便を感じる事はあまりない。
映画などの料金は明らかに安くなるし、二度目の学校生活もそれなりに充実している。
不満があるとすれば、大人の頃より筋力が衰えた事、そして移動手段となる『足』が使えない事だ。

「暁斗、急いで」
「法定速度を守れって言ったり急げって言ったり…どっちだよ」
「法定速度まで守らなくてもいいから、安全に急いで」

どちらにせよ、安全に運転すれば自然と速度は落ちるだろう。
思わずそう言ってやろうかと思う暁斗だが、そこは彼女を愛して止まない彼だ。
他の人間であったなら嫌味と共にそう吐き捨ててやるところだが、彼女に暴言を向けることなど出来ない。
しっかりとハンドルを握りなおし、彼はアクセルを踏み込んだ。
法定速度プラス19キロと言う微妙な速度まで上げて、彼は車を走らせる。








空港前に車をつけるや否や、紅はドアを開けてエントランスへと歩き出す。
そんな彼女の背中に、ウインドウを下ろした暁斗からの声が掛かった。

「駐車場に停めてくる。迷子になるなよ!」

それだけを言うと、彼は窓をそのままに車を発進させた。
返事すらさせてもらえなかった状況に、紅はそれを見送ってポツリと漏らす。

「いくつだと思ってるの?」

実年齢からすれば、彼とは5歳も離れていない。
その辺をちゃんと分かっているのだろうか…そんな事を考えた。
だが、思い出したように首を左右に振り、彼女は歩き出す。
ジーンズに合わせたブーツがエントランスの床に当たり、カツンと音を響かせた。

「イタリアからの便は…」

空港に発着する便を示す掲示板を見上げ、紅は目当てのそれを探そうとした。
しかし、前から近づいてくる集団に気付くと、視線を落として微笑む。
傍から見れば黒い塊が動いているようにも見えるが、彼女とっては違う。

「ディーノ!」

澄んだ声がそう呼べば、塊はそれに反応するようにぱっかりと左右に口を開いた。
その中心から歩き出てくるのは、金髪の彼。
すでに駆け寄ってきていた彼女は、勢いを殺さないままに彼に抱きついた。
躊躇う事無くその一回りも二回りも小さな身体を抱きとめる彼、跳ね馬のディーノ。

「元気そうだな、紅」
「ええ、久しぶり」

久しぶり、と言っても時間にすれば何年と言う単位ではなく三ヶ月程度。
しかし、今までそれだけ長い間キャバッローネの屋敷を離れる事のなかった紅にとっては長い。
普段の生活が忙しくなければ、きっとホームシックになっていただろうなと思う。
久方ぶりの抱擁を交わした二人は、やがてどちらともなく離れた。
そして、紅はディーノを見上げて微笑む。

「空の旅に何か不都合はなかった?」
「あぁ、快適だったぜ」
「そう、良かった」
「航空機をチャーターさせて悪かったな。金はどうした?」
「ポケットマネー。でも大丈夫よ。この間の新薬が当たりだったみたい」

にっこりと笑って、指でVの字を作ってみせる。
得意げな彼女に、彼もつられるようにして笑い、そして彼女の頭を撫でた。

「おめでとう」
「ありがと。ホテルも手配しておいたから、今から荷物だけでも置きに行く?」

ここだと目立つし…と小さく最後につけたし、周囲を見回した。
ディーノの後ろには黒い壁があって、真昼間の空港では目立つことこの上ない。
一人二人ならば思わないだろうが、これだけの人数の黒いスーツの集団と言えばあまりお近づきにはなりたくないものだ。
明らかに集団を避けるように歩き、すれ違いざまに集団とは異なる紅とディーノに不躾な視線を向けていく。
そんな視線を先ほどから何度も受けていた事に、いい加減嫌気が差してきていたのだ。

「そうだな」
「ディーノはどうするの?ツナ…10代目のところでお世話に?」

歩き出した紅は、隣のディーノに向けて問いかける。
彼は少し悩むような素振りを見せた後、一度頷いた。

「恐らくそうなるだろうな。リボーンに呼ばれてるんだ」
「そっか。まぁ、何かあったら私の部屋に来ても良いよ。部屋は余ってるし」
「ああ。お前らは荷物置きにホテルに向かえ。俺は紅についていくからな」
「2時には10代目の家に向かうからよろしくね」

流石にゾロゾロと集団を引き連れて歩くつもりはなかったらしい。
ホテルへ向かうべく歩き出す一団を見送り、二人は一息ついた。

「暁斗に車を回してもらったわ」

パカンと携帯を閉じながら紅がそう言った。
暁斗の方は丁度、駐車場に入る直前だったらしい。
無駄に料金を払わずに済む、と言う返事と共にその場で待つようにとの指示があった。

「あ、忘れるところだったな。ボンゴレの研究局からこの間の新薬の話をさせて欲しいって要望があったぞ」
「ボンゴレからかー…無視は出来ないね。どうしようか…」

交流のあるマフィアからの要請を無碍に断る事は出来ないし、何より紅自身もしたくはない。
互いに高めあえるようにとの各ボスの計らいもあり、研究局には顔見知りも多かった。
最近はろくに連絡もしていなかったな…と今更ながら思い出す。

「無理すんなよ。研究局の奴らは事情は分かってるんだろ?」
「ええ。冬休みならいけるかもしれない」
「なら、そう返事しておけよ」

ディーノの言葉に頷くと、紅は早速携帯の予定に記憶させておく。
こうすれば忘れる事はないだろう。
連絡は、帰ってからゆっくりとすればいい。



その後は、暁斗が合流するまで他愛ない雑談に花を咲かせた。
暁斗と雲雀に一悶着あったこと、その時の彼の様子など、話が尽きる事はない。
私服に身を包めば外見年齢が3歳は上がる彼女。
ディーノと言葉を交わしながら時間を潰すその姿は、近くを行く人たちには恋人同士の語らいのひと時と見られていた。

06.11.13