黒揚羽
Target  --021

リレーと言えば体育祭の花形だと思っていた。
しかし、どうやら並盛中の体育祭ではリレーがメインではないらしい。
今日初めて全種目を知った紅。
無論、一番後にある棒倒しの総大将にツナが選ばれている事を知ったのも、今が初めてだ。

「それは大変ね」

頑張って、とあまり心の篭っていない声援一つ。
ツナは渡された風邪薬を飲みながらがっくりと肩を落とした。
ここでドクターストップならぬ紅ストップが掛かったなら、棒倒しを辞退できたかもしれないのに。
どの道、BやCが殺気立っている今となっては『辞退』の『じ』の字すら口に出せそうに無い。
聞くところによると、BとCの総大将が共倒れになっているそうだ。
片方は獄寺と京子の兄である了平によって伸され、もう片方はトイレで襲われたと言う。
後者は、目撃者がA組みの仕業だと断言した事から、その怒りの矛先がAに向けられているのだ。
逃げたが最後、怒りのやり場を失った彼らに闇討ちでもされそうな雰囲気だ。

「そう言えば、結構速いんだな」

思い出したように山本がツナの隣で言う。
すでに昼食を終えて、一段落という時。
一度応接室に戻った後薬を届けにきていた紅は、山本の言葉に笑顔を見せる。

「ありがと。山本が言うとお世辞じゃなくて本音に聞こえるから嬉しいね」
「そーか?」

少し照れたように笑う彼を見て、紅ではなく周囲の女子生徒が黄色い声を上げた。
それが聞こえていないという事はないだろうが、本人はいたって普通。
彼に心を奪われた子は苦労するなぁ、と紅は心の中で苦笑した。

『おまたせしました。棒倒しの審議の結果が出ました』

グラウンドにアナウンスの声が響く。
紅自身は今まで忘れていた事だが、昼の休憩を使って棒倒しの審議が行われていたのだ。
棒倒しは、各組の総大将が棒のてっぺんに登り、他の総大将を地面に落とした方が勝ちと言うもの。
総大将を失ったBとCのメンバーは、固唾を呑んでアナウンスの続きを待っている。

『各代表の話し合いにより、今年の棒倒しはA組対B・C合同チームとします!』

無論、それを聞いた生徒の反応は二つに分かれた。














体育祭も残すところ棒倒し一種目。
こうなってしまえば、紅の役目は終わったも同然だ。
何か余計な事を頼まれる前にさっさと着替えてしまおう、と紅は校舎の方へと歩き出す。
体操着に身を包んだ生徒が溢れる中、紅は前方にこの場には似合わぬ黒い着衣を纏う背中を見つけた。

「あれ…雲雀さん?」

思わずそう呟き、その背中の方へと歩き出す。
白い上着に下はジャージと言う出で立ちの生徒が溢れる中、一人学ランの生徒。
目立つ事この上ない容姿の彼の周囲3メートルは、まるで結界でもあるかのように無人だ。

「雲雀さん、どうしたんですか?」

彼女の声に、彼が振り向いた。
紅が声を掛けた事により、二人の周囲は更に2メートル…つまり5メートルは無尽の空間と化した。
近づくと危ないぞ!と言う声がかなり小さな音量で紅の耳に届く。
誰かは識別できなかったが、その声のした方を向き、そして安心させるよう微笑む。
紅の笑顔は周囲の男子生徒の頬を緩ませた。

「…紅、A組だったんだ?」
「え?何か凄く今更ですよ、それ」

すでに着替える気満々だった紅はビブスを外して腕に提げている。
雲雀はその表面に書かれた文字を見たのだろう。
朝このビブスを取ってくれたのも彼のはずなのだから、今更と言えば今更だ。
だが、そんな事を気にするような彼ではないのでこの話はここで終わりにしておく。

「それより、雲雀さんはどうしてここ…」

ここに、と言う言葉は最後まで紡がれない。
よくよく考えてみれば、彼がこの場に居る理由など一つのように思えた。

「え…もしかして、棒倒しはAの負け決定ですか」
「それは向こうの総大将次第だね」

彼はそう言って笑うと、B組とC組の集まる集団の中へと歩き出した。
背後から近づいている所為なのだろうか、棒の周りに集っている面々は彼の接近に気付かない。

「あ、気付いた」

雲雀の声に、周囲の生徒が面白いほどに飛び上がる。
棒倒しの総大将を誰にするかと悩む連中に、自分がやると宣言すると、彼は返事を聞く事無く棒に登りだす。
踏まれていく生徒が不憫でならないが、ここは自分の身の可愛さをとって口を閉ざす事にしよう。
そんな事を考えている間にも彼は棒のてっぺんまで登りきっていた。
棒だけを見ていればそう長いように思わなかったが、その上に人が乗って初めて気付く。

「…結構高いんだ…」

グラウンドの中央で菓子に群がる蟻のような群集二つ。
それを、グラウンドの端っこで見ていた紅は、静かに踵を返した。
この調子なら、同じ地面からの高さで見るよりも高い位置からの方がよく見えるだろう。
早くこの体操着を脱ぎたかった紅にとっては、階上にある応接室に向かう理由がもう一つ出来たわけだ。
人影の見えない校舎内に、彼女の足音だけが響いた。











総大将が地面につきさえしなければ負けにはならない。
その盲点を突くかのように、ツナは山本・獄寺・了平の三名による騎馬に乗る。
棒倒しという種目であるにも拘らず、棒を一切使わずに騎馬で相手チームを薙ぎ倒していく彼ら。
紅はその様子を応接室の窓から楽しげに眺めていた。
すでに服装は制服に変わっている。
そろそろ半袖では心許ないなぁと思う気候になってきた。

「…雲雀さんも楽しそうね」

彼女は手に持った双眼鏡でその表情を知る。
何故学校に双眼鏡を持っているかという謎は、彼女だからと言う事で片付けておこう。
決着は実に呆気ないものだった。
タコヘッドこと獄寺と、芝生メットこと了平の争いによって騎馬が崩れ、結果ツナが地面に落ちる。
そんな誰も予想しない…ある意味、彼らを知る者が恐れていた展開だ。
勝敗に拘らない紅はと言えば、ただその展開を楽しむだけ。
もちろん、その呆気ない幕引きにB、Cの面々が納得するはずも無い。
棒倒しは体育祭など関係ない、拳同士のぶつかり合う乱闘騒ぎへと発展した。

怪我人が続出して多少治療知識を持っていると認識されている紅も救護として借り出される結果となる。

06.10.09