黒揚羽
Target  --017

ツナが床に転がった頃には、逆上した獄寺の手にダイナマイトが握られていた。
紅はそれを見るなり、即座に巻き込まれない位置まで移動する。
彼らのいざこざに巻き込まれて怪我をするのはごめんだ。
そこで、彼女はハッと何かに気付く。

「ひ、雲雀さん!応接室がめちゃくちゃになるからダイナマイトは使わせないで…!!」

なんと場違いな訴え。
頭の片隅ではそれを理解していながらも、紅にとっては切実な問題だ。
紅の切なる願いを聞き入れてくれたとは思えないが、雲雀と獄寺の対峙は一瞬で決着が付いた。
ダイナマイトの導火線に火が灯る間さえないほど。
トンファーが彼の顔に直撃した時には、自分のことではないのに思わず眉を顰めてしまう。
何だか凄く痛そうな音がした、と本当に小さく呟く彼女。
その発言に対して何かを言える人間は、この場には居なかった。
思わず『ダイナマイトを使わせないで』と言ったのは自分だが、あそこまでする必要はあったのだろうか。
そんな事を考えたが、いつもの雲雀を思えば、更に怪我を重ねる事無く次なる標的に視線を移しているのだからまだマシだ。

「…程ほどに」

今度の声はさほど小さいものではなかった。
それ故に、その場で立っていた山本、そして雲雀の両名に届く。
その声に答えたわけではないのだろうが、雲雀は紅を一瞥した後左手にもトンファーを構えた。
両の手に光る彼の得物が室内灯を鈍く反射させる。

「ケガでもしたのかい?右手をかばってるな」

攻撃の合間に、彼がそう声を上げた。
図星だったのか、それまで攻撃を避けていた山本に一瞬の隙が出来る。
無論それを見逃すほど彼は甘くは無かった。

「当たり」

今までトンファーを使っていたのに、ここに来て足が出た。
その攻撃は読めなかったのか、山本は腹部を強かに打ち込まれ窓の方の壁まで吹き飛ぶ。
彼の身体が飛んでいくのにあわせ、紅は冷静に視線を移動させた。
彼女の手には、すでに先程中断していた書類がある。
ファミリーの間でも命の取り合いには発展しない程度の喧嘩はよくあるし、風紀に入ってからは日常茶飯事だ。
慣れというものは恐ろしい。
本人は気付いているが気にしていないらしいが。
















「あー、いつつつ…………」

そんな声と共に、一時意識を飛ばしていたツナが身体を起こす。
彼は揺れる視界が定まると同時に、友人二名が傍らに倒れているのを見た。

「起きないよ。2人にはそういう攻撃をしたからね」

慌てるツナに、雲雀の声が飛んだ。
彼の存在を思い出したツナの脳内は焦る。
彼は、どうすればこの危機を脱出できるかと彷徨わせた視界で、紅の姿を捉えた。

「紅!」
「うん?」

自分の淹れてきたコーヒーを飲みながら、彼女の視線がツナに向けられる。
正直なところ、こんな場面で普通に過ごしている彼女が、ツナには信じられなかった。
だが、彼女が頼みの綱である事は確か。
縋るような視線を向ければ、彼女はまるで分かっていない様子で首を傾げる。

「首を傾げてないで、この人を止めてよ!」
「…あぁ、そう言う事」

そう頷きながら、紅は「んー」と腕を伸ばす。
肩辺りがパキッと鳴って、その箇所をさすりながら頭を雲雀の方へと向けた。

「一応聞きますけど…止まってくれる気ありますか?」
「無いね」
「…って事だから」

にこっと笑うと、紅は再び首を元の向きに戻す。
ポンポンと交わされた会話に思わず口を挟むのを忘れていたツナが、我に返るまでに要したのは数秒。

「(止めてくれないの!?)」

結局のところ、関わるつもりはないと明言されただけに終わったような感じだ。
心の声を聞いたのか、紅が再び彼の方を振り向く。
だが、彼女の視線はツナを通り過ぎて窓の向こうへと向けられていた。

「?」

首を傾げる前に、彼はくるりと振り向く。
思い出してみれば、さっきからキリキリと言う音が聞こえていた。
窓の外には応接室からの風景、では無く、自分に向けて銃を構えるリボーン。
そう言えばこの部屋にやってきたのもリボーンの所為だ。
彼がそんな答えに行き着いたところで、睨みつけていた銃口が火を噴く。
寸分狂う事無く額のど真ん中を打ち抜いたそれに、ツナの身体が傾いた。












リボーンの放った死ぬ気弾により死ぬ気モードになったツナは、雲雀に一撃を食らわせた。
普段無傷で事を終える雲雀にとっては予想外だっただろう。
紅ですら、その光景を目の当たりにした際には目を丸くしたものだ。
その後、更にツナがトイレのスリッパで彼の頭を叩いた時には驚きに言葉も無かった。
自分がされたらと思うと…少なくとも、屈辱以外の何物でもないと思う。

「やっぱり…大物だわ」
「ねぇ…。殺していい?」

まるで呟いた言葉に対する返事のように、素晴らしいタイミングで雲雀がそう言った。
一瞬自分に言われたのかと思う紅だが、彼の視線がこちらを向いていないことを知ると密かに安堵する。
いくら最近右上がりの修行成果が出ているとは言え、本気になった彼との実力差は歴然だ。
雰囲気の変わった雲雀の目を見て、紅はゾクリと背筋が逆立つのを感じる。

「そこまでだ」

室内にリボーンの声が響く。

「やっぱつえーな、おまえ。流石は紅が認めるだけの事はある」
「君が何者かは知らないけど。僕、今イラついてるんだ。横になって待っててくれる」

言葉が終わるや否や、雲雀のトンファーが回転しながらリボーンへと向けられた。
鈍い金属音が部屋の中を震わせると、紅は片目を僅かに細める。
金属同士のぶつかる音は、いつ聞いても慣れない。
窓枠に腰掛けたままのリボーンは、片手に握った十手で彼のトンファーを止めていた。

「ワォ。すばらしいね、君」

心底楽しげな雲雀の声。
自分が一番初めに彼と出会った時にも似たような声を発していたな、と数ヶ月前を思い出す。
ふと記憶に思いを馳せるが、そんな余裕があったのは、リボーンが次なる行動を起こすまでだった。
彼が見覚えのある爆弾を取り出すのを見て、紅はソファーから立ち上がって雲雀の腕を掴む。
雲雀は彼女の行動に驚いたように視線を向けるが、それを気にする暇は無い。
半ば転がる形で、彼をソファーの陰に引っ張りこむのと、爆発音が響くのはほぼ同時のことだった。










半端ない音の所為で、未だ耳が何だか変だ。
それに眉を寄せつつも、彼女はひょこりとソファーの裏から顔を出した。
そして、爆発をもろに受けた室内の様子に深く長い溜め息を漏らす。

「実験通りの効果だけど…何もこんな所で使わなくても」

すでにこの場には居ないリボーンに向けて、恨み言の一つでも紡ぎたくなる悲惨な状況。
隠す必要も無いので公表しておこう、あれは彼女の試作品だ。
先日渡して、そのモニター感想を頼んでいたのだが、よもや自分がその被害に遭うとは思ってもみなかった。
彼女が好んで使う閃光弾の派生品で、主に目を焼くような光の効果を得られるもの。
爆弾と言う事だったので、ついでに爆発の効果もつけたわけだが…。

「つけなきゃよかった…」

硝煙の臭いの立ち込める中を歩き、窓と言う窓を全て開け放って一言。
後悔と言うのは後から来るものなんだなとつくづく感じた。

「アレ、君が作ったの?」
「その通りですよ。まさか応接室で使われるとは思いませんでしたけど…」

紅がソファーを離れて間もなく、雲雀もまた煤けた室内で立ち上がっていた。
窓を開けた後に戻ってきた彼からの質問に、紅は苦笑を浮かべて頷く。

「前に使われた閃光弾と似てたね」
「元は同じですよ。今回のには爆発の追加効果があっただけです」

そう言いながら、紅は携帯を取り出して何やら操作している。
ちらりと横から覗き込めば、ディスプレイに送信完了と言う文字が映っていた。

「とりあえず風紀委員の皆さんにメールしておきました。協力してもらいましょう」
「…君がやれば一瞬で終わるんじゃないの?」
「まぁ、確かにそうですけど………って!な、何で私が一瞬で片付けられるんですか!?」

何気ない雑談の一言のように紡がれた問いに、思わず本音を紡ぎそうになる紅。
いや、この場合は殆ど紡いでしまったと言っても過言ではないかもしれない。
これだけ焦ってしまえば、それを肯定しているようなものだ。

「ま、そう言う事にしておいてあげるよ。それより…さっきの赤ん坊、知り合い?」
「…それなりに」
「ふぅん…。また会いたいな」

比較的被害の少なかった窓枠に腰掛け、雲雀がそう言った。
被害は受けなかったけれども片付けの邪魔になる学ランを彼に手渡しながら、静かに呟く。

「会えますよ、きっと」

確信めいた彼女の言葉に、彼は僅かに笑みを深めた。

06.09.25