黒揚羽
Target  --016

風紀委員に入ってからと言うもの、何故か授業への参加が強制されなくなった。
と言うのは少し語弊があるだろう。
参加できなくとも咎められる事がなくなった、と言うのが正しい。
生徒である委員会よりは強い発言を許されている立場であるはずの教員だが、彼らには頭が上がらない。
寧ろ逆らわないようにしているようにも見える。
やはり、恐怖は人を支配する力を持っているのだと、紅は改めて感じていた。

見回りと称して学校を出て行く風紀委員に続いたのは、彼らと一緒だと知らなかった道を知ることが出来るという利点から。
風紀委員の恩恵により、ありがたく午後の授業をサボらせてもらった紅が戻ったのは放課後だった。

「雲雀さ…じゃなくて、委員長はどこ?」
「委員長なら、今は会議だ。会議室だろう」
「…会議室って3階よね」

校舎を見上げつつ、紅は隣に立つ風紀委員の一人に声を掛けた。
肯定の返事が返ってくると軽く肩を竦めた後、庇を作るように手を額の辺りにやる。
そして、3階のとある窓を見た。

「会議中…ねぇ?」

窓を開いている所為か、室内のカーテンが外に揺らめいている。
その傍らに、窓枠に腰を下ろす形で座る人影を見た。
紅は、会議中にも関わらず、席に着かないような非常識な人間は一人しか知らない。
シルエットとその人物は、いとも簡単に結びついた。

「雲雀さーん」

庇を作っていた手を口元に沿え、声の拡張を少しばかり補助する。
さほど大きな声ではなかったが、どうやら無事彼の元に届いたらしい。
一応は中を向いていたその背中が振り向いた。

「見回り戻りました」
「うん。丁度いいから、2人くらいこっちに寄越して」
「私を含めてですか?」
「君は来なくていいよ」

彼の言葉の後、紅は傍らで自分達の遣り取りを見ていた風紀2人の方を向く。
彼らも紅の言いたい事を理解したのか、すぐに頷いて校舎の入り口へと歩いて行った。

「出来るだけ穏便にね」

その背中に声を掛けておくが、そうは問屋が卸さないだろう。
彼らが校舎の中に消えると、紅はもう一度会議室を見上げた。

「部屋って変わりました?」
「そのまま」
「じゃあ、先に戻ってます」

必要以上の返事があるとは思っていない紅の行動は実に早かった。
言い終わるや否や、その場から歩き出す。
暫くは上からの視線を感じていたが、それも校舎の中に入る頃には分からなくなった。
















その日、紅は昼休みになるといつも通りに応接室にやってきていた。
そこにはすでに雲雀の姿があり、授業はどうしているのだろうかと言う疑問が脳裏を過ぎる。
彼が黒板に向き合って授業を受ける姿など想像も出来ず、結論を諦めた。
忙しい朝や速やかなエネルギー補給に!と言う売り文句のついた某ゼリーを片手にソファーに腰掛ける紅。
この三日で溜まっていた書類を仕分ける動きは実に手馴れたものだ。
同じ部屋の中に居ながらも、二人は必要以上に干渉したりはしない。
基本的に静寂が室内を包み込んでいて、会話は10分に一度あるか無いか。
この微妙な距離が、紅の気に入っているところでもあった。

「雲雀さん、期限が切れてます」
「廃棄」

視線すら合わせない会話はこれで終了。
そんな風に昼休みの前半を過ごした紅は、ふと手元から視線を持ち上げた。

「コーヒー淹れますけど、雲雀さんも飲みますか?」

インスタントですけどね、そう言いながら彼女はソファーから立ち上がった。
隣部屋に給湯室があるのは、一応この部屋は応接室となっているからだろうか。
すでに応接室として機能していないのは言うまでも無い事だ。

「任せるよ」
「じゃ、淹れますね」

そう答えると、紅は頬に掛かった髪を払いながら隣の給湯室へと移動した。
学校の給湯室と言えば、イタリアの屋敷の修行部屋のような立派なものではない。
ステンレスは年季が入っていて少しくすんでいるし、コンロすら取り付けられていなかった。
明らかに後から運び込んだと思しき小さな冷蔵庫だけが場違いに新しい。
紅は台の上に置かれたポットから湯を注ぎつつ、まるで人の顔のような壁のシミを眺めていた。

「ん?草壁さんでも帰ってきたかな?」

インスタントのコーヒーの蓋を閉めていた紅は、隣の部屋の話し声に気付いた。
壁一枚と言うのは中々声を通さないものらしい。
雲雀と別の誰かが話している…と言う事が分かる程度だった。

「コーヒー2人分しか淹れてないんだけどな…」

二つの揺らめく黒い水面を見下ろしていた紅。
もう一つ淹れようかと悩んだが、結局その二つをお盆に載せて隣の部屋へと向かった。














まず、一番に目に入ったのはトンファーを持つ雲雀。
次いで視界に飛び込んできた人物に、紅は珍しくも目を丸くした。
頭が考える間に身体が動く。

「紅!?」

鈍く光るトンファーは、ツナの頬1センチのところで止まっていた。
先程目を丸くしたのは、思いも寄らない来訪者が彼らだったからだ。

「…何やってるんですか?」

咄嗟の動きにしてはよく出来た方だろう。
お盆を片腕に移すと、足のホルダーから鞭を取り出す。
そして、寸分狂う事無く雲雀のトンファーの先をそれで捕らえた。
その間、3秒と掛かっていない。

「邪魔するの?」
「や、邪魔って言うよりも…何がどうなってこう言う状況なのかがさっぱりですね」

彼の力が抜けたことを悟ると、紅は鞭を解く。
そして自分の手元へと手繰り寄せると、お盆をソファーの前のテーブルに置く。
コーヒーは1滴も零れていなかった。

「それにしても…三人とも、どうしたの?応接室なんかに来るなんて」
「いや、俺達はリボーンに…っていうか、何で紅がここにいるの!?」
「何でって…」

そこで言葉を止め、紅は近くに立つ雲雀を見た。
無論、彼が先を促してくれたり、代わりに説明してくれたりする…なんて事は無い。
とりあえず、紅が話してくれている間待ってくれているだけでも十分だ。

「風紀委員だから」


「…雪耶、風紀委員だったのか」
「委員会入ってたの!?」
「何で風紀委員が関係するんだよ?」

風紀委員だと気付いていなかった者と、委員会に入っていた事すら気付いていない者。
そして、風紀委員である事は知っていたが興味が無かった者。
三種三様の反応に、紅は自分の腕にある腕章を見下ろした。
しっかりと風紀と綴られているのだが…これを見落としていた前の二人には、最早言葉も無い。
何度もこの腕章をつけて会ったし、話もしたはずなのだが…と紅は苦笑した。
今は落ち着いたが一時期は人の口を独占するくらいに噂になったというのに。

「もういい?」
「あ、はい」

雲雀の声に咄嗟にそう答えてしまってから、ハッと我に返る。
だが、流石の紅も出遅れてしまっては反応できなかった。
前にあったはずのツナが、一瞬にして視界から消える。
一気に臨戦態勢である場の空気。
自分の存在すらも一瞬のうちにどこかへ消され、紅は前髪を掻き揚げた。

「気が短いなぁ、もう」

ここは敢えて、どちらが、とは言わないでおこう。

06.09.23