黒揚羽
Target  --015

ツナの身体には、まるでカウントダウンでもしているかのようにどんどんドクロが増えていく。
そのドクロ全てが、彼だけしか知るはずのない秘密を暴露してくれると言う何とも迷惑な病気だ。
これで不治の病と言うのだから、相当性質が悪い。
まるで人事のように…実際に人事だからだろうか、兎にも角にも、紅は冷静に事の成り行きを見守っていた。
Dr.シャマルに病を治してくれとせがむツナ。
こっ酷く突き放されても縋るのは、生に対する執着からだろう。
尤も、誰であれ余命1時間と宣告されればこのようになるのも無理はない。

「Dr.シャマル。治療してあげてよ」

見かねた紅が彼に向けてそう言えば、まるで天の助けとでも言うかのようにツナの顔が輝く。
輝くとは言っても、涙に濡れたその顔は何とも言えない状態だが。

「いくら紅の頼みでもそれは聞けねーな。まぁ、紅がチューさせてくれるって言うなら話は」
「ごめん、ツナくん。力になれそうにないわ」

シャマルの言葉を遮るようにしてきっぱりと即答する紅。
ツナの命が掛かっているとは言え、嫌なものは嫌らしい。
前ではシャマルが舌打ちしていたが、そんな事は紅にとっては関係ない。

「兎に角!俺は男は診ねぇ。例外は0だ!今までもこれからもな」

気を取り直してそう言った彼に対し、ツナはそのまま廊下に座り込んでしまう。
どうしたものか…と髪を掻き揚げた紅の耳に、インターホンの音が届いた。

「客…?」

そう言えば、さっきから何度かこの音がなっていたような気がする。
今までは目先の事であまり気にしていなかったが。

「あの…取り込み中?」

廊下の喧騒を聞きつけたのだろうか。
控えめに玄関の扉を開いてそこから顔を覗かせたのは、紅とツナのクラスメイト。
そしてツナの想い人でもある笹川京子だった。

「京子ちゃん!どうしたの?」
「お兄ちゃんがツナ君をボクシング部に入れるの全然諦めてなくて、ツナ君にボクシングの本を渡せって」

そう言って玄関に踏み込んだところで、彼女はツナの後ろに居た紅と目を合わせた。
そして、「紅」と名前を呼ぶ。

「どうしたの?ツナ君の家で」
「え?…あぁ!!や、あの…これは…!!」

京子の声に紅が居た事を思い出すツナ。
忘れていたわけではないが、彼の中の優先順位を考えれば彼女が脇に追いやられるのも無理はない。
誤解されては困ると、彼は必死になって言葉を捜す。
変に墓穴を掘りそうな彼に、紅は苦笑を浮かべて助け舟を出した。

「彼女と知り合いなのよ。ツナくんの家にお邪魔したのは偶然」

ビアンキを指してそう言えば、その通りなのだとばかりにツナが頷く。
まるで張子の虎だな、と心中で笑う紅。

「そうなんだ。あ、ツナ君これ」

全く気にしていた無かったのか、それとも納得したのか。
恐らく、前者が色濃いと思われる。
ツナが差し出された本に手を伸ばすと、京子は彼の腕に浮かんだドクロに気付いた。

「ああ、ツナ君。ボディペインティングしてるの~!?」

声を上げる京子に対し、彼は隠せるはずのないドクロを彼女の視線から外そうと無駄な努力を試みる。
ツナがドクロを隠すべく奮闘していたその時、Dr.シャマルが漸く京子の存在に気付いたらしい。
彼は驚くほどの速さで彼女の隣に立ち、その肩を抱いた。
最早神業と言っても過言ではない。

「君かわいいねー」
「Dr.シャマル?眉間の風通しをよくしたくないなら私の友人に手を出さないでね?」

彼がタコのように口を尖らせたところで、紅からの冷たく鋭い一言。
にこやかに微笑んだままだと言うことが逆に怖い。
ツナは自分の後ろに居る紅を振り返る事が出来なかった。
彼女に向けて何か言葉を発する代わりに、京子とシャマルの間に立って彼女を守ろうとする。
ダメツナと言われる彼だが、こう言う勇気があれば十分だろう、と紅は思う。

「京子ちゃんに近づかないでください!」
「なんでだよ、お前にカンケーないだろ。あと5分で死ぬんだし」

後半の言葉がぐさりとツナに突き刺さる。
色々と騒いでいた間に、20分経ってしまっていたらしい。

「あと5分となると…本当に私にはどうしようもないわね」

ポツリと呟くと、紅はいよいよ傍観者へと成り代わる事に決める。
邪魔にならないように、シャマルから一番遠いところに居たビアンキの元まで歩いた。


「死ぬ気で京子ちゃんを守る―――!!!」

死を目前にしていた彼は、死ぬ気弾無しに死ぬ気モードになろうとしていた。
いや、実際に死ぬ気モードになったといった方が正しいのかもしれない。

「わーいろいろ書いてある~」

京子の一言により、普段のダメモードに逆戻り。
威勢が良かったのは、ほんの一瞬の事だった。

「…面白いなぁ、あの子」

クスクスと笑いながらの紅の言葉は、ツナの嘆きに掻き消された。















何がどうなったのか、突然治療を引き受けたDr.シャマル。
これ以上時間を長引かせてはまずいと、紅は上手く話を丸めて京子を帰した。
遅れる事10分、先に2階に上がった彼らを追って彼女もツナの部屋を訪れる。

「治療は終わった?」

ドアの隙間からひょこりと顔を覗かせた紅。
彼女の視界には、ドクロなど一つも残していないツナが映った。
どうやら、無事に治療は終わったらしい。

「良かったね、ツナくん」
「…うん。生きていられた事は嬉しいけど…」
「?何を落ち込んでるんです?」

ツナの様子に首を傾げた紅は、ベッドの上に座っていたリボーンに問いかける。
すると彼はすぐに教えてくれた。

「シャマルはツナのダメっぷりを悲惨に思って治療したんだぞ」
「ダメっぷり?」
「京子ちゃんと話したのが、女子と話した初めてらしい。しかも2ヶ月前だ」

溜め息混じりにそう言ったシャマルに、紅は暫し反応するのを忘れる。
笑われるのも嫌だが、こうして言葉も無く沈黙されるというのも嫌なものだ。

「いっそ笑ってくれた方がまだマシだー!!」
「あ、ごめんね。それより、ツナくん。またさん付けに戻ってるよ」
「紅さんだってくん付けに戻ってるよ!!」

半ば八つ当たり交じりにそう言われ、紅は苦笑を浮かべて肩を竦めた。
彼の呼び方が戻っているから自分もそうしたのだが…どうやら、お気に召さないらしい。

「んじゃ、お互い呼び捨てでね。慣れるまでは仕方ないけど」
「大体、女の人を呼び捨てなんて…」
「ビアンキは呼び捨てでしょう?それに…ほら、あの黒髪の女の子。緑中の」

髪はポニーテールにしてたっけ、と自分の髪を手で一つに纏めてみせる。
そのヒントから女の子を思い出していたツナの脳裏に、記憶にある人物がピタリと一致した。
と言うよりも、自分の脳内に存在する女の子は極端に少ないのだから捜す必要などない。

「ハル!?だって、あいつは…。って言うか、何で紅さ…紅がハルの事知ってんの!?」
「この間奈々さんに聞いたの。「ツナったら最近女の子を家に連れてくるようになったのよー」って喜んでたわ」
「母さん!!」

声色まで合わせてくれた紅の言葉に、ツナはこの場には居ない母に向けて叫ぶ。
そんな事で喜ばないでくれと言いたい。

「大体連れてくるんじゃなくて勝手に…!」
「はいはい、本気にしてないから。とりあえず落ち着こうね」

そろそろ限界と判断したのか、紅は彼の肩をぽんぽんと叩く。
続きを飲み込んだ彼は消化不良のように彼女を見たが、深呼吸を繰り返す事で何とか押さえ込んだようだ。

「…紅って母さんとも仲良いの?」
「良いって言うほどじゃないよ。スーパーで忘れていった買い物袋を届けてからお茶したのが始まりかな」
「明るい茶色の髪の大人びた中学生って紅!?」
「あ、やっぱり奈々さん話してた?あの人の性格なら絶対に家でも言ってると思ってたのよね」
「母さん名前までは言ってなかったし…。中途半端だよ、もう…」

そう言いつつ、がっくりと肩を落とす彼。
何だか今日帰宅してからだけで色々と疲れたようだ。
彼がベッドに倒れこむのを見て、紅は今まで存在を忘れていたシャマルの背中を押して部屋を出て行く。

「また明日ね、ツナ」

彼からのまた明日、と言う返事を聞いて、紅は階段を下りた。







「…ありがとう、シャマル。一応感謝しておくわ」
「どーってことねーな。まぁ、お礼はチューで」
「折角夜の町の割引券あげようと思ったんだけどなー」
「………何でそんなもん持ってんだよ。お前、女だろうが」
「人付き合いは一部を除き広く浅くが基本なのよね、私。…で、この手は何かな、ドクター?」
「お前には必要ねーだろうからな。貰っておいてやるよ」
「あなたも正直じゃないわね」

06.09.18