黒揚羽
Target  --014

9月も始まったと言うのに、まだまだ暑さの残る日々が続く。
半袖ブラウスから覗く肌が眩しい季節は、紅葉の秋へとその姿を変えようとしていた。
いつもよりやや早めに下校していた紅は前を行く背中の中から見覚えのあるそれを発見する。
何だかあちらへフラリ、こちらへフラリと危なっかしい。
少しばかり足を速め、気付かれないようにその背中に近づいた。

「ツナ?」
「ぅわっ!………紅さん?」

背後から声を掛けた所為だろうか。
見覚えのある背中ことツナは数センチ飛び上がるようにして振り向いた。
そんな彼の反応に苦笑しつつ、紅は思い出したように彼の顔を覗きこむ。

「珍しいね、紅さんがこんな時間に下校してるなんて」
「まぁね。そんな事より…どこか体調悪いの?フラフラしてて危なっかしいけど」
「うん…何か、身体がダルくて…」

そう言って額に持ち上げようとした彼の手を止め、紅は片腕を上げた。
そっと彼女の手がツナの額に添えられる。
体温が低めなのか、彼女の手は少しひんやりとしていて心地よい。

「…平熱は高い方?」
「いや、普通だと思うけど…」
「じゃあ、微熱かな。風邪の引き始めかもしれないから…後で薬を持っていこうか?家にあるし」

流石は薬品開発局の人間だ。
知識は、医者と名乗れるほどはなくとも、一般人よりは深い。
そんな彼女は、ツナを見つめながら何かを考え込んでいる様子だった。

「紅さん?」
「何か…症状が微妙なのよね…。何か、嫌な予感がする」
「い、嫌な予感って…」

表情が真剣なだけに、冗談とも思えない。
紅の言葉にツナは口元を引きつらせて頭を掻いた。
いや、掻こうと腕を持ち上げた。

「あ」
「な、なんだこれ――!!?」

手を頭まで持っていく過程でふと目に入った自分の掌。
そこにあるのは、いつもと変わりない掌―――ではなかった。
タトゥーを施したかのように彼の掌の上に乗っていたのは、掌よりも2周りほど小さなドクロ。
ドクロ自体が黒で、眼孔や鼻孔に色はない。

「思い出した。それ、確か」
「ドクロ病って言う不治の病だ。ツナ、死ぬぞ」

紅の疑問が解決してすっきりとした声を遮るように発せられた第三者のそれ。
声の主を振り向けば、何やら背後に暗い空気を背負っている。
告げられた内容が、花舞うような明るい空気と共に話すようなものではないのだから当然と言えば当然。

「センセ、折角言おうとしたのに遮らないでくださいよ。って言うか、これって不治の病だったんですね」
「そーだぞ。そこまでは教えてなかったからな」

紅の言葉に返事を返すと、リボーンはツナに向き直って『ドクロ病』についての説明を始めた。
死ぬ気弾で10回殺されると被弾者にとんでもないことが起こると言われているらしい。
それが『ドクロ病』と言うわけだ。
因みに死ぬ気弾は脳天を打ち抜いた弾のみカウントされるらしい。
説明を聞き終えたツナは当然の事ながら焦りを見せる。
だが――

「は――――…帰る」

顔色を悪くしながらも、彼はくるりと身体を反転させて帰路へと向き直った。
そんな彼にリボーンから「冷静だな」と言う声が掛かる。

「あたり前だ。不治の病なんて信じるかよ。こんなの洗えばとれるよ。
あ、紅さん。今思い出したんだけど、ビアンキが近いうちに来て欲しいって言ってたよ」
「そうなの?じゃあ、今日お邪魔させてもらおうかな。折角早く帰れてるんだし」

そう言って紅はツナの隣に並んだ。
彼女はリボーンの説明を信じていないわけではない。
彼はこんな時に冗談を言うような人間ではない。
ツナに何も言わないのは、無理やりに納得させようと言葉を重ねる事は無意味だと知っているからだ。
どの道、家に帰った頃には新しい症状が出ているだろうから嫌でも理解するだろう。
そんな事を考えつつ、紅は今日の授業の事を話すツナに相槌を打った。
















聞こえるツナの叫びを聞きながら、紅はビアンキの待つ2階へと足を進める。
恐らく、今になって初めて事の重大性を認識したのだろう。

「紅―――!!」

階段を上り終えたところで、背後に花でも乱舞させそうな声色が紅の耳に届く。
それと同時に、彼女は半ば本能的に拳を握っていた。
ガッと鈍い音。

「…よくやったわ、紅」

崩れ落ちる身体の向こうで、ビアンキがぐっと親指を立てていた。
そんな彼女にヘラリと笑みを返し、握ったままの拳を見下ろす。

「綺麗に鳩尾に入ったなぁ…。大丈夫?Dr.シャマル」

スカートの裾に気を配りながら、紅は足元に転がる男にそう声を掛けた。
その声が聞こえたのか、床に伏せていた男がピクリと動きだしてゆっくりと顔を持ち上げる。
黒髪に無精髭の彼はDr.シャマル。
その名前でも分かるように、ドクターだ。

「げほ。………相変わらずいい拳だな、紅」
「私に飛びついたら危ないって何度も言ってるでしょう」

突然の行動に対しては、頭で考える前に身体が動くから手加減が上手く出来ない。
毎度同じように地に伏しておきながら、学習能力のない男だ。
そんな事を思いつつ、紅は肩を竦めて髪を掻き揚げる。

「ビアンキ、今日は何の用で呼んでくれたの?」
「よし。腹の痛みも引いた。―――って事で再会の抱擁を!」

シャマルの脇をすり抜けてビアンキの元へと歩く紅。
再び、彼女の背後からシャマルが飛びかかる。
もう一度鈍い音が響いた。

「う、裏拳…」

そんな呻き声と共に彼は床のフローリングにキスをした。
彼を見下ろし、紅とビアンキは溜め息を吐く。

「学習能力ないね、本当に」
「まったくだわ」

変な角度で打ち付けたのか、少しヒリヒリする手の甲を擦りながら言った紅にビアンキが答える。
そんな時、階下からツナの怒鳴り声に近いそれが聞こえてきた。

「もうお前には頼まないよ!紅さん!助けて!!」
「…何かお呼びだから行って来るね」

ちょっと待ってて、と声を掛け、彼女は未だ顔面を押さえて座り込むシャマルを通り過ぎて階段を下りていく。
降りきった辺りで洗面所の方からバタバタと言う足音が聞こえてきた。

「紅さん!!紅さんならドクロ病の治療薬も作れるよな!?」
「…『注射の日は学校を休む…』…何、これ?」

肩を掴んできたツナの手の甲に浮かんだドクロが何かを喋っている。
浮かんでいるドクロの台詞を読み上げると、彼はそれを隠すようにザッと5歩ほど背後に下がった。

「よ、読まないで!!」
「はいはい。確かドクロ病って発症から1時間で死に至る…でしたよね?」
「そーだぞ。ちなみにツナは後25分だ」
「5分減ってる!!紅さん!助けて!」

自分の目からドクロを隠していた事など忘れ、ツナは再び紅の肩を掴んだ。
何だか歳の離れた弟のわがままに困る姉のようだ、と思いながら、紅はそっと彼の手を解く。
そして、申し訳ないけれどと言葉を始めた。

「私にとっては残念ながら未知の病気だわ。25分で薬を作るのも難しいし…」
「そこを何とか!!」
「そう言われても…。センセ、ちゃんとドクターを呼んであげてるんでしょう?いい加減教えてあげてはどうです?」
「…仕方ねーな」

溜め息交じりの紅の声に、リボーンは帽子の位置を直しながらそう呟いた。
それと時同じくして、階上が何やら騒がしく賑わう。
次いで、けたたましい音と共に何か大きめのものが落ちてくる。
この場合、落ちてきたのは物ではなく者だ。

「だ、誰?この人」
「…はぁ…。さっき話したドクターよ、ツナくん」

ドクターに対するツナの第一印象は…最悪だった。

06.09.15