黒揚羽
Target  --009

11時を示す時計。
リボーンに言いつけられ、課題を終えたばかりで疲れているツナは階下へと降りた。
遊びに来ているらしい紅を呼びにきたのだ。
ほんの少し開いたままのリビングの扉に手をかけようとして、中から聞こえてきた会話に動きを止める。

「ねぇ、紅」
「ん?」
「まだ、薬の開発は成功しないの?」
「うーん…成功しないって言うより、もういいかなと思ってる」

パクッとスコーンを半分ほど口内に納め、紅は答える。
彼女の言葉にビアンキは驚いたようにカップの底をガチャンと机にぶつけた。
因みに、今彼女らが手にしているカップの中身は紅が淹れたもの。

「でも、もう一度11歳からやり直すなんて…」
「この身体も、もう慣れたし。知識もそのままなんだし、今更不自由を感じる必要もないの。それに―――」






ツナは足音を立てないように、階段を駆け上がった。
そして、自分の部屋の扉をバンと開く。

「紅はどうした?」
「リボーン、紅さんっていくつ?」
「…何か聞いたのか?」

銃を磨いていた手を止め、リボーンが振り向く。
頷いたツナは、それ以上何も言わず彼の返事を待った。
リボーンも何も答えず、ツナも何も言わない。
そんな静寂を破ったのは、いつの間にか閉まっていた扉をノックする音だった。

「ツナくん、入ってもいい?」
「とりあえずその話はあとで本人に聞け」

そう言うと立ち上がったリボーンが扉の前のツナを押しのけて入り口を開いた。
紅はツナにあわせるために持ち上げていた視線を落とし、扉を開けてくれたリボーンにお礼を言って部屋に入る。

「遅かったな。じゃあ、始めるぞ」

渡される問題兼解答用紙と、ドンと前に置かれた目覚まし時計。
カチカチと一番短い針を今から30分後にあわせ、リボーンの手が上のスイッチを押した。

「時間は30分だ」

二人は向かい合うようにして座り、同時に問題へと視線を落とした。
















そして時は、テスト終了後へと戻る。

「紅さんの頭が欲しい…」
「あ、その事だけど」

想像以上の出来の悪さに、べたりと机にへばりつきそう呟くツナ。
彼に対して紅は思い出したように手を叩いた。
思わぬ返答に、彼は「は?」と間の抜けた顔を見せる。

「一々“さん”って付けなくていいよ。何だか、他人行儀だし」
「で、でも…。紅さんだって俺の事“ツナくん”って呼ぶし」
「それはー………10代目だから?」

疑問系なのは自分でも上手く説明が出来ないからだろう。
彼との年齢の差を考えれば、そう呼んでしまうのも決して無理のある話ではない。

「そう言えば…紅さんって、いくつ?」
「…一応14歳」

ツナの質問に紅は軽く目を見開く。
少しの沈黙の後、彼女はそう答えた。

「そうじゃなくて…何て言えばいいのかな…」
「………なるほど。さっき話を聞いてたのはセンセじゃなくてツナくんか…」
「ご、ごめん!悪気があったわけじゃなくて、呼びに言ったら話し声が聞こえてつい…!!」
「いいよ、別に。長い付き合いになるならいずれ話すべき事だと思うし」

慌てる彼に苦笑を浮かべ、紅は肩を竦めた。
彼がその話題を振ってくれたお蔭で、彼女としては逆に話しやすくなっている。

「さっき言った年齢は肉体年齢。実年齢は………24…かな、多分」
「って事は10歳も年上!?」
「そうなる。センセが話してたように、私の仕事は新薬及び新武器開発」
「うん」
「で、とある武器の存在を知って、興味を持ったのが事のきっかけ」
「“とある武器”?」
「10年バズーカ」

覚えのある名前が飛び出したものだ。
暫し、自分の脳内にあるそれと彼女の紡ぎだした武器とが一致しなかったツナ。
しかし、やがてそれはピタリとパズルピースのように嵌った。

「10年バズーカ!?」
「そう。実物は見てないんだけど…興味があって。色々と研究して、似た感じの薬を開発できたの」

それが3年前、と彼女はその細い指を三本だけ立てて言う。
立てた指の一つ…中指には、彼女によく似合う琥珀色の宝石を嵌めた指輪が光っていた。

「でも、10年バズーカは10年後の自分と入れ替わるだけで、それに5分で元に…」
「そう。何をどう失敗したのか分からないんだけど…戻らないのよね」

そう言いながら肩を落とし、自身の指同士を絡める紅。
彼女の仕草の一つ一つは、見た目が14だったとしても思わず目を奪われる。
これで実年齢だったとすれば…ビアンキ以上だろうとツナは思った。
頬に熱が走るのを自覚せずにはいられない。

「な、何か…色々大変?」
「別に。ファミリーの皆には寧ろ可愛がられるくらいだし、精神まで戻ったわけじゃないし」
「そう言えば…紅さんもマフィアなんだろ?どこの?」

首を傾げた彼に、紅はにっこりと笑った。
肘をついて掌に顎を乗せ、彼女は言う。

「紅」
「え?」
「名前。事情を話したんだし、もう他人って事はないでしょ、ツナ」

ツナは紅の言葉に暫し返事を失う。
だが、覚悟を決めたのか小さく…本当に小さく、彼女の名前だけを呼んだ。
まるで恋する少女のような反応ではあるが、思春期の少年としては妥当な反応なのかもしれない。
その蚊の鳴くような声を拾い上げた紅は、微笑ましそうに微笑んだ。
友人と言うよりはどこか弟のように感じているように見える。

「~~~それで!紅はどこのマフィアなの?」

話を逸らす為にあえて声を荒らげる彼に、紅はクスリと笑う。
そして悪戯めいた笑みへとそれを変化させた。

「今はまだ秘密。その内に紹介するから、ね?」

ボンとツナの顔が耳まで赤くなった。
その様子に声を押し殺して笑う紅は、明らかに確信犯だろう。
















そろそろ失礼する、紅がそう言ったのは、時計が13時を告げる間際。
玄関で靴紐を整えていた彼女は、思い出したように見送りにきていたツナらを振り向いた。

「私、明日から三週間日本を離れるから」
「旅行でも行くの?」
「んー…里帰り。折角の長期休暇なんだから帰って来いって航空券まで用意されてさ」

そこまでされれば、帰らざるを得ないだろう。
元々夏休みに入った時から帰る事は考えていたのだが…向こうの行動の方が早かった。
夏休み一日目にエアメールと共に届いた航空券。
明らかに夏休み前に送りだされた事実に、紅は笑った。
それと同時に、大切にされているものだなと喜んだものだ。

「帰るって…イタリアに?」
「そう。父親と…兄兼師匠兼ボスからの里帰り命令」

やや迷惑そうにそう言ってみるものの、彼女の表情は実に穏やか。
声と本心が一致していないのは明らかだった。

「じゃあ、気をつけてね」

ツナがそう言うと、紅はきょとんと目を見開いた。
何かまずい事でも言っただろうかと、彼は首を傾げる。

「あぁ、ごめん。ツナにそう言われるとは思わなかったから。うちのボスに、君の雄姿を伝えておくよ」
「え!?それはいいよ!!」

慌てて首を振る彼にクスクスと笑い、紅は沢田家を後にした。






「ねぇ、何か必要なものってある?」
『…ないな。お前の部屋なら毎日掃除されてるし、生活用品にいたっては増えてる』
「…何で本人が居ないのに増えるの」
『俺に言うなって』
「………まったく…初孫を喜ぶ祖父母じゃあるまいし…。まぁ、いいわ。殆ど手ぶらで行く」
『おう。出発は午前中だったな』
「そっちには夜ね。日付が変わる前には行くから…」
『迎えの方は気にすんなよ。寧ろ取り合いになるだろうからな』
「よろしくね。じゃあ…おやすみなさい」

06.09.01