Malachite 孔雀石
それからも何度か呼び止められては、情報収集を兼ねて足を止めた。
複数の情報を整理していけば、頭の良いコウには事の全貌が理解できてしまう。
確定ではないけれど、ほぼ間違いはないのだろう。
漸く辿り着いた時計塔にはすでにティルを除く三人の姿があった。
「コウ」
「あぁ、わかっている。ティルはどうやら“間違えられた”ようだね」
この三人の中では一番ことを理解しているヴィントは、コウの言葉に小さく頷いた。
普段は船の参謀を務める彼のことだ、イグニアから話を聞き、すぐにその可能性に辿り着いただろう。
「間違われたって、誰に!?この島では何度も間違われたみたいだけど、そいつと?」
「あぁ、そうだよ。私も知らなかった事実だが…ティルが間違われた“彼”は、この島に強いつながりがあるようだ―――私を、通じて」
「…知らなかった、っていうのは?」
「それを確かめた方が良さそうだね…城を目指そう」
そう言うと、時計塔の通りの先にある城へと視線を向けた。
コツン、と石畳をブーツの踵で踏み鳴らす。
真正面から近付いてきていたコウたちの存在は、門番からも十分に確認できていた。
一体何者が近付いてきているのか―――そんな緊張感は、コウの存在を確認できた時点で消えた。
両側に並んだ門番が背筋を正し、最敬礼を示す。
「―――通らせてもらうよ」
「はい!!お帰りなさい、コウ様!!」
そうして仲間共々、十数人の門番に見守られながら、大きな門をくぐった。
「…コウ、16年ぶりって言っていなかった?」
「あぁ、そうだね。あんなに若い子が顔を知っていることには、正直驚いている。大方、肖像画か何かで知っているのだろうね」
「近くで見ると結構大きなお城なんだね、緊張する…っ」
「私の実家だ、あまり気を負う必要はないさ。大きいだけだと思えばいい」
「いや、そういう問題ではないだろう…」
コウを先頭にして歩く4人の進行方向では、まるで自動扉のように次々と大きな扉が開かれていく。
やがて城の内部へと入るなり、ズラリと並んで首を垂れるメイドや執事、兵士たち。
その数に圧倒される3人だが、コウだけは気にするでもなく彼らの前へと進み出た。
それにこたえるように、白髪交じりの執事が一歩前へと出る。
「…急な帰還にも関わらず、出迎えてくれて感謝する。もう下がってくれ」
コウがそう声をかけると、目の前の執事一人が場に残り、各々は静かに解散していった。
「……爺、無断で長く城を開けた。すまなかった」
「…ご無事で何よりでございます。噂はよく耳にしておりました。王がお待ちです」
「…そうだね、会わないわけにもいかないだろう」
「客人もおられます」
「そうだね―――そちらにも、用がある」
「おや、状況は理解しておられるようですね」
「想像でしかないが、大きく間違ってはいないだろうね。それより、兄を呼んでおいてくれ」
「エイス様でしたら王と共におられますよ。どうぞ、こちらへ。お連れ様もご一緒に」
そうして促されるままに廊下を進み、応接間へと案内された。
コウ一人であれば居住区に通されたのであろうが、今回はコウの仲間に配慮した形であろうと察する。
立派なソファに腰掛けた大柄な男性と、その背後に控えるこちらもガタイの良い男性。
どちらも、コウと同じ月白の髪を持ち、明らかに血縁者であると感じられる人物たちであった。
「ようやく長い反抗期が終わったのか?家出娘」
「…完全に本意ではありませんが戻ってまいりました、父上」
コウはそう言って居住まいを正すと、深く頭を下げた。
そして、勢いよく顔を上げると、さて、と父の後方に視線を向ける。
「父上からは聞きたいことが山のようにありますが、それは後です。エイス兄上、この島の中で、普段人気のない場所に2人…いや、3人以上の人がいる場所はありませんか?」
「おいおい、俺には再会の挨拶はなしか?」
「…ご機嫌麗しゅう、兄上。…それで?」
随分な扱いであるが、彼らの関係性が理解できない以上は口をはさむことはできない。
コウが兄に何を求めているのか、イグニアたちは彼に注目した。
兄、エイスは深々と溜め息を吐きだすと、何かに集中するように目を伏せた。
「―――3年前に封鎖した西の港に、4人。…何があった?」
「…仲間が一人、囚われている可能性が高い」
「なるほどなぁ…島に帰っては来ても、城には寄り付かんだろうと思っていたお前がここに来た理由は、俺から情報を得るためか」
納得した様子で頷くエイスに、コウもまた肯定するように頷いた。
「…ねぇ、アクリア。ティルって父親似なんじゃなかったっけ」
「ええ、そうだと思っていたけれど…あの方がコウのお父さんだとしたら、似ていないわ」
どうなの?という二人からの視線を受け、イグニアは肩を竦める。
「…理由は簡単だ。王はコウの父親だが、ティルの父親ではない」
「それってどういう―――」
「場所が分かれば話は早い。行こう」
イグニアの疑問を遮るようにコウがそう言って踵を返す。
そんなコウの背中に、王からの声がかかる。
「用が済んだら戻ってこい。色々と、聞きたいことがあるんだろう?」
「ええ、もちろんです」
首だけを振り向かせてそう言ったコウは、その足で扉へと向かう。
その両側に立つメイドがそれを開こうとしたとき、扉の向こうから来訪を告げる声がかかった。
そして、両開きの扉がゆっくりと開かれていく。
扉のすぐ近くにいたコウが、ハッとしたように目を見開き、そして細めた。
それはまるで、懐かしいものを見るような眼差しであり―――アクリアは、気付く。
この眼は、ティルを見つめるときの“あの”眼差しだ。
つられるようにしてコウの視線の先、今まさに開かれた扉の向こうにいる人に、視線を向ける。
「え、ティル…?」
隣のイグニアから発せられた呟きを耳にしながら、あぁ、と納得する。
ちらり、とヴィントに向けた視線は、自分の考えを確認するための意味が込められていたかもしれない。
ヴィントはアクリアの視線に、小さく一度、頷いた。
「やはり、客人は君だったか―――カタクリ」
コウのそんな言葉にカタクリと呼ばれた男は僅かに目を細めた。
元より、それほどに言葉数の多い男ではないから、答えがないことに違和感はない。
しかし、伸びてきた手に頬をなぞられれば、いくらコウとて驚きを感じずにはいられなかった。
「…小娘、ではなくなったな」
「………もう、何年経ったと思っているのかな、君は。君だって、青年ではなくなったようだ」
「イイ女になったな」
「―――、」
コウが言葉を失い、唖然とした表情で瞬きをする。
そんな様子を見て、仲間の三人は思わず目を疑った。
「コウが…絶句したわ」
「うわ、珍しい…」
「ああ、久しく見なかった表情だ。昔、ティルが小さい頃は時々見せていたが」
そんな彼らの声はコウの耳には届いていないだろう。
コウはハッと我に返った様子で、意識を戻すと、カタクリの隣を抜けようとする。
「…部下から連絡があった」
「私に関係が?」
「気を失っている“俺とよく似た少年”を保護したと聞いている」
「ティルだ!無事だったんだ…!」
思わず喜びの声を上げたイグニアを一瞥し、カタクリはコウの返事を待った。
恐らく、彼はその少年が何者なのか、ある程度は予測できているのだろう。
来るべき時が来たのだと、理解していた。
「私の仲間だ。感謝する。―――そんなに穴が開くほど見つめられなくても、ちゃんと説明する」
だから、案内してほしい。
そう告げるコウの眼には、少年を案じる様子が見てとれた。
カタクリは無言でうなずくとそのまま踵を返し、廊下を歩き出す。
ついてこい、という空気を正確に感じ取ったコウは、そのまま小走りに彼の後に続いた。
18.07.15