Malachite 孔雀石

狩人島―――大きな無人島を開拓した人間たちの職種が“ハンター”であったことが由来だ。
彼らは海賊たちの言う能力者とは別の能力を有し、その島で暮らしていた。
島民は殆どがその始祖の血筋であり、しかし開かれた島であることから外部からの移民も多少は存在する。
彼らはこの世界で言う“覇気”を“オーラ”あるいは“念”と呼び、その特殊な能力は血筋にのみ受け継がれた。

「驚かせたいわけではないから、先に言っておくが。私は始祖の長―――簡単に言えば、島の王族にあたる」
「…ってことは?」
「もちろん、君もその一員だ。継承権はあるにはあるが、恐らくは兄が継いでいるだろう。
継ぎたいのであれば名乗るのも自由だ、止めはしない。…王なんて自由のないもの、おすすめはしないが」
「で、コウは何で家出したわけ?王族が嫌だったの?」

ごくごく普通の疑問だろう。
今まではタブーだと思っていたから口にしなかったけれど、ティルもイグニアもそこが気になっていた。
気にした様子なく紅茶を運ぶヴィントとアクリアの様子から察するに、二人は事情を知っているのだろう。

「―――結婚が嫌でね」
「結婚!?」
「それが理由って…意外だな…。コウって、あんまりそう言うの、気にしなさそうな感じがする」

驚く二人に、そうかもしれない、と頷く。
正しくその通りだったのだ―――あの日、までは。

「そうだね。イグニアの言う通り―――別に、政略結婚であろうと、なかろうと、あまり興味はなかったよ。
王族である以上はそうなるだろうと思っていたし、疑問がなかったという方が正しいか」
「じゃあ、何で―――」
「―――自由を、得てみたいと思ってしまったから、かな」

コウはそう言って、ティルに視線を向けて目を細めた。
また、だ。
ティルはコウの目が、自分を通して別の人物を見ているような感覚を覚えた。
今まで何度、彼女のこの眼差しを受けてきただろうか。
その答えは恐らく、あの島にある。
既に目で捉えることのできる距離までやってきた島を見つめ、ティルは唇を結んだ。
















「島を飛び出して15…いや、16年か。流石に大きく様変わりしていて、私が案内はあまり意味をなさないね」

島へと降り立ったコウは、港の様子を見るなりそう告げた。
そして、うずうずと逸る好奇心を押さえきれない若い二人に苦笑する。

「昼時までは自由行動としよう。昼時に、あの大きな時計塔の真下に集合だ。では、解散!」

コウはそう言うと、ティルとイグニアが一斉に駆け出して行った。
小さくなる背中を見送り、やれやれと笑う。

「二人はどうする?」
「コウの故郷だ。興味はあるから適当に回らせてもらおう」
「じゃあ、私も。本屋はあるかしら」
「潰れていなければ、時計塔の南に大きな本屋があるよ」

そう言って、アクリアとヴィントを送り出す。
港に一人になったコウは、そこに泊まる船や、作業をしている人々に視線を向ける。

「―――懐かしい、ね。それにしても―――」

港に掲げられた国旗を見上げ、首を傾げる。
その国旗は一つではなく、この国のものと、それよりも少し低い位置に、別の旗が風に踊っていた。

「父に限って傘下に下ったと言うことはないだろうから…いつの間に、この国はアレと手を組んだんだか。…聞こえてこないものだね、意外と」

島を出た後も、この国のことはニュースや噂話を気にかけていた。
けれど、こんな風に旗を並べるような関係が出来上がっていたことは知らなかった。

「―――もしや、“彼”が何か…?………いや、考えすぎだな」

不意に浮かんだ思考を振り払うように首を振り、漸く町へと足を進める。
コウの電伝虫が鳴くのは、昼時間近の頃のことだった。








「…さっきから何なんだろうな、一体」
「何なんだろうねぇ…」

ティルとイグニアは二人で首を傾げた。
先ほどから、町の露店の前を通る度に誰かと間違われているような気がする。

―――お久しぶりです!
―――今日は背丈が―――あぁ、コウ様の能力ですね!
―――良いものを揃えてますよ!もちろん、そちらからの輸入品もありがたく!

「コウの名前が出ていたから、ティルとコウのお父さんの話じゃない?」
「俺ってそんなに似てんのかな…いや、そうなんだろうな。でも、それにしてはコウのあの眼の理由が…」
「ティルー?置いてくよー」

ぶつぶつと呟きつつ、いつの間にか足を止めていたらしいティルを、少し遠い位置から呼ぶイグニア。
ハッと我に返り、今行く!と顔を上げたが、イグニアの意識は露店の食材に向けられていた。
キラキラと少年のように目を輝かせて露店の店主と語らう彼に、つられるようにして浮かぶ笑み。
彼の元へと駆け寄ろうとした、そのとき。

「!?」

口を塞がれ、脇の路地へと身体を引きずり込まれる。
ティルとて、若いとはいえ首狩りと名高い船の一員だ。
咄嗟に身を翻して自分を拘束する腕を勢いで解き、ついでに一撃を入れる。
顎下からの攻撃に敢え無く伸びるその輩に追撃を食らわせようとした。
しかし、前の輩に気を取られ、背後に迫る人物には気が付かなかった。
ガツン、と強い攻撃が後頭部を襲い、ぐるりと視界が回り、やがて暗転する。

「油断するなよ、億越えの賞金首だぞ」
「ってぇ…悪い。思ったよりガキに見えたからよ…こんな貧相な奴だったか?」
「…まぁ、体格は聞いていたよりは随分小せぇが…この顔だ、間違いはないだろう」
「…だな。連れがいたようだから、見つかったら厄介だ、行こう」

男らはティルを抱えて路地の奥へと消えて行った。














―――ブルブルブル!

不意に、腰のポケットに入れていた小型電伝虫から震えが伝わってきた。
雑踏の中では音だけでは聞こえないと思ったのか、一生懸命震える電伝虫を褒めるようにその頭を指先で撫でる。

「…どうした?」
『ティルが居なくなった!』
「…イグニアか。ティルは迷子になったのかい?そんな歳ではないと思っていたんだが」
『じゃなくて!何か、引きずり込まれた姿を見たって人もいて…どうしよう、コウ!ごめん!!』
「………とりあえず、少し早いが合流しよう。時計塔に向かってくれ」
『う、うん!』

そうして、通信を終えると、ふぅ、と短く息を吐く。
心配ではないと言えば嘘になるけれど、ティルとて首狩りの一人だ。
そして、コウが手塩にかけて育てた人物でもある。
そう易々とやられはしないだろうと、思考を切り替えた。

「あら…もしや、コウ様では…?」
「ん?」
「あぁ、やっぱり…お久しぶりでございます、コウ様…!」

時計塔に向かおうと思っていたが、思わぬところで足止めを食ってしまった。
しかし、感動した様子で近付いてくる婦人を邪険にはできず、思わず足を止めてしまう。

「お嫁に出た身としてはそう簡単には里帰りはできませんものね…お元気そうで安心いたしました!」
「ん…(嫁…?)…あぁ…ありがとう、喜んでもらえて私も嬉しいよ」
「この町も随分と様変わり致しましたでしょう。特に、食材においては随分と輸入品が豊富になりましたわ」
「そうなのかい?まだ中心部には辿り着けていなくてね」
「ええ、そうですとも。コウ様が繋いでくださったご縁のお蔭で、略奪目的の海賊の襲来も減り、治安も昔以上に良くなりました。それに、スイーツにおいては新たな特産品を多数輸出しておりますよ!」

是非とも召し上がってくださいね、と笑顔で手を握る婦人の手を握り返す。
話はよく分からないけれど、しかしヒントであることは確かだった。

「今日はお城の方でご主人をお見掛けいたしましたから、もしやコウ様もご一緒では…と噂していたのです。毎度、お姿が拝見できず島民一同、肩を落としておりましたが…皆もきっと、喜ぶと思います!」
「…心配をかけていたようで申し訳ないね。私も、久しぶりにこの島に帰ることができてとても嬉しく思うよ。…すまない、そろそろ…」
「あぁ、そうでしたわね。私としたことが、コウ様の足を止めてしまって…」
「いや、貴重な話を聞かせてもらえて嬉しかった」

そう言うと、婦人に見送られながら町の中心部、時計塔を目指して歩き出す。
彼女の話を総合的に捉えると、薄っすらとではあるが、状況が見え始めてきた。

「―――スイーツ、海賊の減少、そしてあの旗―――」

コウの知らない所で何かが起こっていたことだけは、確かだった。

18.07.15