Restart

二振りの刀、瑠璃と黒曜を腰に差し、ザッと砂地を踏みしめる。
そう大きくはないこの島に町は二つ。
地図を開き、近い方の町へと足を向けた。
ふと、頭上を走った影に気付き、顔を上げる。
青い鳥がコウの真上を飛び、彼女が目指す町の方へと向かっていった。

「―――…マルコ」

彼がこの島を偵察に来たのだとすれば、その理由は一つ。
あぁ、思った通りだ―――白ひげが、ここに来る。
白ひげ―――親父が、エースが、ここに来る。
青い影を見送り、コウはその場に蹲った。

「親父…エース…ッ」

ギュッと肩を抱き、堪え切れない涙と共に嗚咽を漏らす。

「今度は…今度こそ、助けるから…ッ」

もう何度目だろうか―――コウが、“コウ”を繰り返すのは。
新たな始まりは、いつだってフーシャ村のあの海岸だ。
そして、終わりはいつも、あの子と一緒だった。

どれだけ策を講じても、どれほどに血を吐くような思いをしても。
白ひげも、エースも助けられない。
彼らの命は、いつもあの戦場で散っていった。

次こそは、次こそは、繰り返す記憶が、鎖のようにコウに絡みつく。
いつから、こうしてコウを繰り返してきたのか―――50回を超えて、数えることをやめた。
まるで、これは予定調和だとでもいうように、彼らの命の灯は、コウの目の前で消える。
どこをどう動いても、救えなかった命。
コウは、今回初めてこの道―――海軍になることを、選んだ。
エースと共に生きる7年を捨て、彼と共に生きられる未来を切望して。


エースと共に海に出て、スペード海賊団を経て、白ひげに入団した。
過去のコウは、否、過去から今のコウも白ひげという人間に心酔していると言っても過言ではない。
それだけに、仲間を裏切る道だけは、どうしても選択できなかった。
けれど―――コウは選んだ。

白ひげ海賊団としての誇りや誓いを捨て、罪悪感や嫌悪感に押しつぶされそうになりながら。
敵の内部へと身を置き、仇であるサカズキの指導すらも受けた。
気を抜くと刀で斬りかかりそうな自身を押さえるために、何度手の平を傷つけたかわからない。

「………今回は親父の乗船許可を得られるか―――そこが問題よね」

女戦闘員を乗せない白ひげ海賊団にコウが乗船を許されたのは異例中の異例だった。
エースを白ひげに引き入れるためのカードとして、コウは特例の戦闘員として白ひげの船にいた。
エースとの関係性がなければ、恐らくは許されるものではなかっただろう。
彼との幼馴染であるという関係性は消えないけれど、エースと共にいた7年はなく、彼のクルーでもない。
既に白ひげに対する反抗を終え、エースが彼を親父と心酔している以上、コウというカードは必要ではない。
その状況下で、自分の扱いがどう変化するのか、コウには読めない未来であった。
漸く止まってくれた涙をグイッと拭い、空を仰ぐ。

そのとき―――

ブォォォ、と耳に慣れた音が、波の音に重なるようにして聞こえてきた。
振り向いて立ち上がろうとしたコウの目の前に、大きな波が押し寄せる。
避ける暇もなく、大波が彼女を包み込んだ。
波の音にまぎれて、何かが砂地、コウのすぐ傍らに乗り上げてきた音が聞こえた。

「くっそー…やっぱマルコには勝てねぇか…」

それは懐かしい声だった。
ポタ、ポタ―――濡れた髪から海水が落ちる。
全身が濡れ鼠と化して、中腰だった身体を砂地に座り込ませた。

「!?わ、悪い!!人がいるとは思わなかった!!!」

止まったはずの涙が溢れたけれど、全身を覆う海水のお蔭で分からなかっただろう。
声の主は慌てて小舟、ストライカーから砂地に降り立ち、座り込むコウの傍らに膝を付く。

「大丈夫か!?当たってないよな?」

座り込み、俯いたまま動かないコウを見て、慌てた様子でそう言葉を重ねる彼。
コウはゆっくりと顔を上げた。
視線が絡み、彼が息を飲む。

「―――コウ…?」
「………っ」
「コウ、なのか…!?」

勢いよく掴まれた肩が少し痛い。

「エー、ス」

その名前が、きっかけだった。
ギュッと、強く強く抱きしめられる。
海水越しの体温は熱くて、溶けてしまいそうだと思った。

「やっと会えた…!!」

ガープは自分が勝手に連れ出すだけだ、誰にも言わなくていい、と言っていた。
エースには、コウが島を出たことはどのように伝わったのだろう。
彼が、コウの立場をどのように理解しているのか、不安がなかったと言えば嘘になる。
けれど、そんなことはどうでもいいと思えるくらい、痛いほどの抱擁だった。
7年ぶりに再会したエースは、コウがよく知る青年へと成長を遂げた。
力強い鼓動も、炎の体温も、何もかもが、よく知っている。
懐かしさと同時に愛おしさが次から次へとこみあげてきて、涙が抑えられない。
これが海水でないことくらいはすぐにわかってしまうくらいに、ボロボロと流れ出てくる。
縋るように、その背中を抱きしめた。








くしゅんっ。

堪え切れなかった生理現象に、なんて場違いな、と羞恥心を覚える。

「悪い、俺が濡らしたんだったな」
「ううん、ごめん。エースまで濡れてる」

隙間なく抱きしめられていたからだろう。
剥き出しの素肌がしっとりと濡れ、髪が触れていた部分に至っては雫が流れている。
つぅ、と肌を伝う雫を指先で拭うと、肩にかかった手によって勢いよく身体を引き剥がされた。

「と、とにかく!町に行くぞ!話はそれからだ!」
「そうね。でも、ちょっと待って」

上着だけでも絞ってしまおう、とジャケットを脱いでチューブトップ一枚になって、海水を絞る。
ついでに、濡れた髪も同じように絞っていると、エースが視線を泳がせていることに気付いた。

「(…エースってこんなに初心だっけ…)」

先ほどの反応と言い、今の態度と言い―――7年ぶりの再会は、青年の心を大いに揺さぶっているようだ。
彼には分らないようにクスリ、と笑いを一つ零してから、ジャケットに腕を通す。

「お待たせ」
「お、おう。じゃあ、行くか」

そう言って、当たり前のように差し出された手を見下ろす。
自分それを重ねて、体温を共有する。
何てことはない、手をつなぐだけの行為に、これほども満たされるなんて。

「ね、エース。話したいことがあるんだけど…時間はある?」
「ああ、俺も。聞きたいこともあるしな」

18.08.04