Restart

海流に船を乗せれば、何の障害もなくその島に辿り着くことができた。
件の旗の主は、海賊、などと謳ってはいるけれど、この小さな島を根城にした盗賊集団だ。
海を進むこともなく、この海域の島や船から金品を奪い取り、裏のルートに流している。

「確か、懸賞金がかかってたよね」

岩陰に船をつけたコウは、岩の上に降り立ちながら、腰のポーチから電伝虫を取り出す。
今は眠っているそれの存在を確かめてから、再びポーチの中に戻した。
ワイワイと騒がしい声が聞こえるのは、親方の所から奪い取った品物を傍らに宴でも開いているのだろうか。
この位置からでは見えないな…と岩場を回りこもうとしたそのとき。
コウの船から少し離れたところに、その船を見つけた。

特徴的な棺船―――その噂は、コウも耳にしたことがある。
船の主はジュラキュール・ミホーク。
王下七武海の一人にして、世界最強と名高い剣士。

「………あ、まずい。全部片付いたら困る。刀の在りか、ちゃんと聞き出さないと」

世界政府の招集命令にも応じず、我が道を行く彼のことは、コウとて耳にしたことはある。
気紛れに進路にいた海賊を薙ぎ払うような噂もあり、今回もそんな感じなのかもしれないと思った。
あるいは、別の繋がりがあるのか―――どちらにせよ、彼一人に片付けられては困る。
それに気付いたコウは、慌てて岩が転がる海岸を離れて地面へと降り立つ。
喧噪はまだ止んでおらず、方向を探るのは簡単だった。
海岸から進んでいけるところ、少し遠い位置に見えるぽっかりと開いた入口。
洞窟のようなそこから、ポイ、ポイ、と投げ出される小さな人影。

「…船長だけは置いといてよね…!」

最悪の事態を考えて軽く蒼褪めながらも、慌てて走り出す。
洞窟前の地面で呻く海賊らを踏まないように気を付けつつ、入口から中を覗き込む。
入り組んだ地形なのか、入ってすぐの一番目の三叉路までしか見えなかった。
足音を気にする必要はなさそうだと、その場から走り出す。
中の構造は全くわからないけれど、騒がしい方に向かえば辿り着くはずだ。
そうして、徐々に徐々に音の方へと近付いていき、やがて通路を終える。
まず見えたのは、長身の背中と、そこに背負われた十字の黒刀だった。
かの有名な黒刀、“夜”に、その背中の主がミホークであると気付く。
黒刀は抜かれることなくその背で沈黙しており、彼が本気ではないことがわかる。
長い腕が頭上へと振りかぶられ、その手には黒刀ではない刀が一振り。
彼の脇から見えた向こう側の光景に、今正しく斬ろうとしている男が自分のターゲットであると知った。

「(間に合うか―――!?)」

足の短銃を抜き、まずは警告の一発。
それを追うようにして、ダンッと石床を蹴った。
流石、こちらを向いていないのに振りかぶった刀を返し、弾を弾くミホーク。
既に詰めていた距離で低く構え、抜刀と共にただ一点を狙った。

―――ガキィン!!

折れた白刃が宙を舞い、壁へと突き刺さる。
コウは得物を砕いた瞬間の隙を見逃さなかったが、しかし。
そこは世界最強である。
次の瞬間には、先ほどまで負われていた黒刀が身体の正面で、コウの刀を受け止めていた。
鍔迫り合いの向こうに見えた鷹の目に、ゾクリと背筋が粟立つ。

「…俺に夜を抜かせたか」
「…手柄を横取りするつもりはないんだけど、ちょっとだけ待ってくれません?」

そっちの男に用事があって。
ちらりと視線を向ければ、ミホーク相手に腰を抜かしたままだった船長がヒィッとすくみ上った。
小さい、何とも小さい男だ。
これで船長を名乗ろうというのだから、見上げた根性と大した自惚れだと思う。
ギギギ、と耳障りの悪い音が響くが、夜を相手にしても折れる様子のない黒曜。

いい刀だ、と思う。

暫しの睨み合い―――やがて、どちらともなく刀を下ろした。
再び夜を背中に戻す姿を見て、とりあえずはこちらの望みが受け入れられたと悟る。

「さて、と。この間、親方の所から盗んだ刀―――全部出しな」
「か、刀!?」
「恍けるなよ。その鼻、そぎ落とそうか?」
「か、刀ならそこにあるので全部だ!!」

コウの脅しを本気と取ったようだ。
無論、まだ恍け続けるのであれば、コウは間違いなくそれを実行したのだが。
先ほどのミホークとのやり取りの中で、登場したばかりのコウが実力者であると理解したらしい。
コウはそこ、と示された一角に視線を向けた。
確かにそこには沢山の刀が山のように無造作に積み上げられていた。
あれだけでも一財産は築けるだろう。

「―――全部?」
「ぜ、全部だ!!」

ガゥン!!と一発の銃声が響く。
船長は頬の熱と、伝う濡れた感触に声を失った。

「嘘つき。私の相棒はどこ?」
「あ、ひ…」
「………役に立たない男」

はぁ、と溜め息を吐き、それからぐるりとその場を一瞥する。
この空間は広間のように使われていたのだろう。
そこからはいくつかの手製の扉が見える。
その一つに視線を向け、コウは口角を持ち上げた。

「ありがとう、鷹の目。私の用事はもう終わり」

好きにして、と言い残し、先ほどの扉へと向かう。
バァン、と蹴破った先には、ベッドや箱が置かれ、生活空間であることが分かった。
その一角、やはり無造作に放置されていた一振りの刀に、迷いない足取りで近付く。

「久しぶり、“瑠璃”」

鞘から抜いた刀身は、黒曜と同じく黒刀のように見えるが、それよりも蒼が強い。
手に馴染むそれをギュッと抱きしめ、黒曜の反対側に瑠璃を差した。









改めて広間へと戻ると、豪勢なソファーにくつろぐミホークが目に入った。
船長はと言えば、先ほどと変わらない場所で目を回している。
首を取っていないらしい状況に、おや?と首を傾げた。

「それが目当てか」
「あ、はい。私の瑠璃です」

正確に言うならば、まだ親方から譲り受けてはいない。
だが、これは間違いなく自分の刀だ。
例え、どんな条件を出されたとしても、この刀を得るための努力は惜しまない。

「…貴様、名は?」
「コウです。鷹の目のミホーク」
「刀の腕は悪くない。師は誰だ?」
「―――秘密、です」

名を出せば、きっと彼ならば知っているのだろう。
コウの刀、もとい剣の師は、それなりに有名だ。
しかし、今この場でその名を出すことはできない。
コウはまだ、それを許された立場ではない。

「首、取らないんですか?」
「小物だ。興味が失せた。暇つぶしにもならん」
「…なるほど」

そう言うと、コウは電伝虫を取り出して本部との通信を繋ぐ。

「―――と言うことなので、引き取りをよろしくお願いします」

あらかたの説明を簡単に済ませて、何かを言われる前に通信を切る。

「海軍か…若いな」

通信の間、静かに瞼を伏せていたミホークがそう呟いた。
彼にこれを知られることは、別に問題はないと思っている。
彼は七武海なので、海軍の敵ではない。
七武海は味方でもない、というのがコウ自身の意見であるが。

「ところで、ミホークさん」

ここで会ったのは、何の巡りあわせだろう。
コウは、この縁を無駄にするつもりはなかった。




程なくしてやってきた海軍の協力を得て海賊たちを捕らえた。
船長の賞金は鷹の目に、コウの申し出通りに、手続きは速やかに行われた。
そして、奪われた刀はコウ自ら親方の元へと届け、約束通りに瑠璃を譲り受ける。

「これも、一緒に連れて行け」
「…黒曜…」
「刀は使ってこそだ。だが、刀匠の命を碌でもない使い手に渡す気はねぇ」

俺の誇りを、受け取れるか。
真摯な眼に応えるように強く頷き、黒曜を受け取った。



それからひと月後、コウは青雉から一本を勝ち取った。

18.07.07