Restart
「うーん…変わってないなぁ…当然か…」
懐かしい、と誰に言うでもなく呟く。
コウの視線の先には、海原にポツンと浮かんだ小さな島があった。
島にはそう大きくはない建物が一つあるだけで、それ以外は建物と同じ高さの木が2本と桟橋だけだ。
「―――よし、っと」
桟橋に船を係留し、数日ぶりの地面を踏みしめる。
一歩を踏み出したところで、建物の方から何かが飛んできた。
風を切って自分へと向かってくるそれに、迷わずレイピアを抜く。
ギィンッと鈍い音を立ててそれを砂浜に弾き飛ばすと同時に、レイピアが折れた。
「…げっ…まぁ、安物だったからなぁ…」
ぽっきりと折れたそれを見下ろして肩を落としつつ、飛んできたそれに視線を向ける。
砂地に半分ほど埋まっているのは、コウの顔ほどもある槌だ。
「…これを弾けば仕方ない」
「うん、仕方ない。未練もあるけど、仕方ない」と諦め、槌を拾い上げるべく腰をかがめる。
―――が。
「も、てない…っ!!」
無理!重い!!
柄の部分は辛うじて数センチ持ち上がるけれど、それ以上は無理だ。
引きずっていくにも、砂地が掘れるばかりで遅々として進まない。
そうこうと苦戦している間に、建物の方からガシャーン!と何かが割れる音がした。
こんなことをしている場合ではない、と後ろ髪をひかれながらも槌を置き去りにして建物へと走る。
近付けば近付くほどに、誰かが言い争う声が大きくなっていく。
それに比例して、何かが割れたり崩れたりするような破壊音も大きくなってきた。
そろり、と顔をのぞかせたそこは工房になっていて、言い争う二人の向こうには立派な炉が見えた。
「馬鹿野郎!!!あんな価値もわからねぇ連中にアレを渡すたぁどういうつもりだ!?」
「仕方ねぇだろうが、親方!あるやつ全部出さなきゃここをぶっ潰すって言ってたんだぞ!!」
「だからって刀匠の命を全部投げ出す奴があるか!」
「親方が昼寝から起きてこねぇからこんなことになったんだろうが!あんだけ騒いでて何で寝てられんだよ!!」
大声で怒鳴り合う男二人の人相は見慣れないそれで、けれど、コウにとってはどこか懐かしい。
コウが知る彼らとは、少しだけ年が違うけれど。
「あの…」
「取り込み中だ!」
聞こえないだろうな、と思っていた小さな声だったのに、聞こえたらしい。
ガッと勢いよくこちらに向かって吠えた男の口元には、ズラリと鋭い歯が並ぶ。
「…あん?なんだって人間のガキがこんな所にいやがるんだ」
ひょこりと顔をのぞかせるコウの姿を見て、少し冷静さを取り戻したらしい。
親方、と呼ばれた方の男がどすどすと足音を立ててコウへと近付いてきた。
「(大きい…)」
まだ15歳のコウにとっては、見上げるような巨漢である。
ガキと呼ばれる年齢ではないと思っているけれど、彼らからすれば十分にガキなのかもしれないと黙る。
「迷い込んだ…訳はねぇよな。潮の流れでここに辿り着くわけがねぇ。何の用だ」
一方的に知っているにも関わらず、その人の威圧感は半端ではない。
相手にとってはこれが初対面であり、奇妙な人間に対しての不信感も上乗せされているのだから、相当だ。
「…相棒を、探していて」
何とか、それだけを言ったコウを、じっと見下ろす男。
やがて、彼の大きな手が彼女の小さな手をグイッと掴んだ。
身体が持ち上がるほどではなかったが、背筋が伸びる。
「…俺を知っていて、ここに来たのか」
知っていて、という部分に小さく頷く。
この人は、有名な刀匠ではない。
寧ろ、人間嫌い、他人嫌いで、基本的には外界との関わりを断っている人だ。
こんな海原のど真ん中、海流では流れ着かない場所に工房を構えて、自由気ままに刀を打つ。
昔、嗅ぎつけたパパラッチが海に沈められたという噂を聞いたけれど、本当だろうか。
コウの手の平を、水かきのついた分厚く硬い指先がなぞる。
そう、彼の手には水かきがある―――彼は、魚人だ。
熱い炉を使う刀匠など、と彼を笑った魚人を知っている。
けれど、彼は自分の生まれなど障害にもせず、どこまでも一途に、刀を極めていた。
「……ガキ、相当鍛えてんな」
剣だこのできた手の平をなぞってから、コウを解放する。
「何が欲しい」
「―――“瑠璃”」
「ああ゛!?人間のガキが何だって“瑠璃”を知ってんだ!?」
「弟子、黙ってろ」
「親方!?」
あからさまにショックを受けた様子の弟子に、そんな時ではないと思いつつもクスリと笑ってしまう。
それを誤魔化すように一つ咳をして、改めて親方と向き合う。
「どうやら、アレを手懐ける自信があるらしいな?」
「…必ず」
「なら、そこの弟子の尻拭いでも頼むか」
そう言ってくるりと踵を返した親方が、工房の奥から何かを持ってきた。
鷲掴みにされて皺だらけのそれが、石畳の上に投げ出される。
所々破れたそれは、海賊旗だった。
「馬鹿弟子が、工房の刀を全部渡しやがった。もちろん、瑠璃もだ」
「…取り返せばいいんですか?」
コウの問いかけに頷く親方に、わかった、と返す。
そうと決まれば、ここに長居しても仕方がない。
彼らに背を向けて出発しようとしたコウの背に、おい、と呼び声がかかる。
「何だ、そのレイピアは。折れてんのか」
「あ…さっき、飛んできた槌を弾いたら折れちゃったんだっけ」
指摘をされて、初めてその事実を思い出す。
敵陣に乗り込んでから気付いたわけではないだけマシかもしれない。
「…それで乗り込もうってのか」
「まぁ、ダガーも短銃もあるし…何とかなりますよ」
楽観的なコウの言葉が、自分の能力によって裏付けされたものであることは、親方にも理解できた。
しかし、自分がガキだと言うような人間を、得物が不足した状態で放り出すことには少しばかり良心が痛む。
少し待て、と言い残した彼が、再び工房の奥へと向かう。
程なくして帰ってきた彼の手に掴まれたものをみて、驚きで言葉を失ったのはコウではなく彼の弟子だった。
「お…、そ…、ま…!?」
「言語を喋れ、馬鹿弟子」
「マジか!?」
「―――これを持ってけ」
どうやら弟子のことは無視することにしたらしい彼が、袋に包まれたままのそれをコウに差し出した。
取り出せ、と視線で促され、しゅるりと紐を解く。
漆黒の鞘に包まれたそれは、刃渡り70㎝程の刀だ。
スッと鞘から抜き出した刀身は、黒い。
「…“黒曜”。お前に扱えるか?」
柄を握り、抜き身の刀で空を斬る。
その感触だけで気付いた。
「―――お借りします」
キンッと鞘へ戻したコウは、レイピアを外して代わりに黒曜を腰に差す。
外したレイピアは、親方に促されて廃棄物を集めている山の上へと置いた。
「では、行ってきます」
そう言うと、コウは自分がやってきた船に乗り込み、すぐに海原へと進みだした。
「…良かったのかよ。親方の刀だろ」
「あのガキ、気付いたらしいな」
「………黒曜と瑠璃が、兄弟だってことか?」
「ああ。中々見どころのあるガキじゃねぇか」
18.07.07