Restart

「おやぁ…?こんなところに子供…?」

海軍施設の一角でガープを待っていた。
そんなコウの真上から降ってきた声に、彼女はハッと顔を上げる。
見上げた先に、ずーん、と高い影。
小さなコウからすれば、まるで高い壁のようだ。

「…あ、の…初めまして、コウです。ガープ中将を待っています…」

逆光で顔は見えないけれど、制服が海軍のそれであることには気が付いた。
今すべきことは、子供らしく戸惑うことではないと思いなおし、ぺこりと丁寧なお辞儀をする。

「どうもご丁寧に。随分、躾のできた子だね。ガープ中将のお孫さん?」
「はい。あの…」
「俺はクザン。大将ってわかる?」
「わかります。青雉…さん、ですか?おじい…じゃない、ガープ中将から話は聞いています」
「あぁ、なるほど…しっかりしてるね」

あの人からこんなにもしっかりした孫が育つのか…。
そんなことを考え、よくよく考えれば育てた人物は別にいるのだろうと察した。
ガープは海軍本部の中将であり、そう頻繁に実家に帰ることができる人間ではない。

「どうしたの、こんなところで」

そう言いながら、クザンがコウの隣へと腰かけてくる。
立ったままで会話をしないあたり、子供である自分への圧力緩和もあるのだろうと感じた。

「ガープ中将を待っています」
「あぁ、さっき聞いたね」
「…訓練所?の使用に、許可?が必要だとか…そう言っていました」
「訓練所?お嬢ちゃんが?」
「コウです」
「…コウが使うの?」

まさか、という思いがあったのかもしれない。
けれど、コウはこくり、と頷く。

「強くなりたいです」
「…どうして?」
「海軍に入りたいので」
「へぇ…。コウ、今いくつ?」
「10歳になりました」
「その年で、ねぇ…」

その沈黙にどれほどの感情が詰まっているのだろうか。
コウは座っていてもやはり真上からに近いその眼差しに気付きながらも、まっすぐに前を向いた。
彼はあまり得意ではない―――腹の中まで、見透かされてしまいそうで、怖いと感じる時がある。
目を合わせずにじっと前を見据えて、庭の草木を数えるようにしていたコウの頭に、ぬくもりがおりてきた。
この人にも体温があるのか、と驚く。
クザンの悪魔の実の能力から、体温などないようなイメージを持ってしまっていた。

「じゃあ、俺から一本取れたら、俺も推薦してあげるよ」

頑張ってね、とコウの頭を撫でると、彼は冷気を残して去って行った。
その背中を見送りながら、きゅっと唇を結ぶ。

「あの青雉から、一本…」

それがどれほどに難しいことであるかは、コウとて十分に承知している。
しかし、コウには目標があるのだ。
18歳になるまでに、何としても海軍で地位を築きたい。
そのためには、無謀なことでも何でも、できることはしなければならないだろう。

「待たせたの、コウ!!」
「おじいちゃん!っと…ガープ中将!」

駄目だと思うけれど、咄嗟に出てくるのは「おじいちゃん」という馴染んだ呼び名だ。
生まれてずっとそうしてきたのだから、そう簡単に直せるものでもない。

「今のままでも構わんぞ?」
「駄目です。けじめです」
「…可愛い孫が…」
「慣れてください、中将。それより…よろしくお願いします!」

そう言ってしっかりと頭を下げる孫を見て、この子はやはり本気なのだな、と思う。
あの夜のコウは、まるで夢だったのだろうかと思うほどに、ここまでの船旅は普段は明るく快活だった。
顔をあわせる誰に対しても礼儀正しく、「本当にガープの孫か!?」という声はあちらこちらから聞こえる。
何も言った覚えはないが、船内の雑用を手伝うあたりも、子供ながらに考えた結果なのだろう。
ガープの孫としてのんびりと船旅を楽しむことなく、既に海兵になるための一歩を踏み出している。
本当に―――彼女に、何があったのだろうか。

「…ビシバシと鍛えるぞ!」
「はい!」

いつか、彼女の口から説明される日は来るのだろうか。









コウが海軍本部の敷居をまたぎ、訓練所に顔を出すようになってから数日。
既に、その片鱗は見え始めていた。

「ガープ中将」
「うむ、何じゃ?」
「コウのことですが…」

珍しくも執務室にいたガープは、部下からの声に顔を上げた。
最近では、訓練所にいる手の空いた海兵がコウの相手をしており、ガープが付きっ切りと言うことはなくなった。
彼もまた、その一人なのだろう。

「一体、どんな訓練を…?」
「コウには何もしとらんぞ。島では儂の孫と山やら何やらで遊んでおったようじゃが」
「彼女の相手がいません」

きっぱりと告げられた言葉に、一瞬の沈黙が生まれる。

「なんじゃ、コウが我儘でも言ったか?」
「いえ、コウの相手をできる海兵が居ません」

冗談ではなく、と。
その真剣な眼差しを受けて、誰が冗談などと思えるだろうか。
ガープは顎髭を撫でて「うむ…」とうなる。

「体力、技術共に一般兵から抜きん出ています。筋力はやや劣りますが、同年齢の子供とは比較できないでしょう」
「…島でも自分でトレーニングしておったようじゃからの…」
「あれは子供が独りで身に着けられるような技術ではありませんよ!?」

まるで―――そこまで言って、海兵は言葉を濁す。
この先を告げることが、憚られたのだ。

「コウは、今まで島から出たことはないんですよね?」
「ない!」
「自分は以前、“偉大なる航路”で、何度か海賊との戦闘を経験しています。
コウのあの戦闘スタイルは―――“あいつら”を思い出します…!!」

18.07.07