Carpe diem   --- 027

ちょっと行って来るよ。
そう言って、機嫌良く部屋を出て行こうとしたヒソカ。
どうしたの、と声をかけると、彼はドアを開いたまま振り向いた。

「気になるなら、一緒においでよ」
「別にそれほど気になるわけじゃないけど…まぁ、いいわ」

付いていく、と告げてルームキーを手に取る。
どこに行くのか、目的地を聞いていないけれど、遠出するというわけではないだろう。
必要最低限のものを持ち、コウはヒソカに続いた。

「どこに行くつもり?」
「すぐそこだよ」

そうして、彼が笑顔で指差した場所。
それは、エレベーターを降りてすぐの通路だ。

「何でまたそんな―――」

彼女の言葉が途切れた。
恐らく、その通路の向こうにおりた気配に気付いたのだろう。
彼女はヒソカを置いて早足でそちらへと向かう。
天空闘技場のスタッフが、エレベーターの所にいる誰かに話しかけているのが見えた。
その後ろから近付く形で、ひょいと角を曲がる。

「キルア!」
「あ、ねき…?」

そこにいたのは、キルアだ。
彼らがここ目指したとは聞いていたけれど、すっかり忘れていた。
一度は200階に辿り着いているとは言え、この短期間でここまで上がってくるとは。
コウは弟の成長を素直に喜んだ。

「ここまで上がってこられたのね。安心したわ。あぁ、あなたも一緒だったのね?」

キルアの元に近付き、隣に立つゴンに気付く。
にこりと微笑んだコウは、彼に向かって手を差し出した。

「私はコウ。キルアの姉で、イルミの双子よ」
「俺はゴン!コウさんの事はキルアから色々聞いてるよ」
「そう。イルミの事、ごめんなさいね。彼は心配性なの。キルアの家出一つも黙って見守ってあげられないのよ」

イルミの事をまるで子供のわがままのように言い切ってしまうコウに、ゴンは唖然とした。
キルアから聞いてはいたけれど…何と言うか、ゾルディックと言う感じを受けない人だ。
ころころと表情を変わる表情はどれも優しく、どれだけキルアや家族を大事にしているかがよくわかる。

「ゴン、ありがとう。あなたにずっとお礼を言いたかったの」
「何で?」
「あなたと出会って、キルアはとても成長したわ。キルアを友達だって言ってくれて、ありがとう」
「そんなの…お礼を言われる事じゃないよ。俺は思った事を言っただけなんだ」

何でもない事のようにそう言う彼に、コウは微笑んだ。
隣でキルアが居心地悪そうに視線を逸らしているけれど、その表情はどこか嬉しそう。
やはり、ゴンと出会ってキルアは変わった。
この変化はキルアにとってとても重要で、必要なものだったのだろうと思う。
コウでは埋められなかった部分を補ってくれた存在。
どれほど礼を尽くしても足りない。

「…なぁ、姉貴」

不意に、キルアがコウを呼んだ。
その声は震えていて、顔には汗が浮かんでいる。

「この殺気、姉貴のじゃない…よな?」
「殺気…?あぁ、これね」

慣れてしまっている所為で、殺気の存在を忘れていた。
キルアに言われて自覚したコウは、彼らの様子がおかしかった理由を知る。
まったく…と思いつつ、彼女は通路を振り向いた。

「いい加減に姿を見せたらどう?」

呆れた風にそう言えば、まずクククッと言う笑い声が返って来た。
そして、姿を見せる彼。

「兄弟水入らずの再会を邪魔しなかったんだ。褒めてほしいな」
「邪魔するつもりがなかったなら、ちゃんと殺気を抑えておきなさいよ」

溜め息を吐き出してから二人に向き直る。

「ごめんね。ゆっくり話せそうにないから…また今度、ね」

何となくお互いに用があると感じたのだろう。
コウはその場に留まる気はない様子で、二人にそう言った。
そして、汗が噴出すほどの殺気の中を、いつもとなんら変わりない様子で歩いていく。
キルアは彼女の背中を見て、その距離を実感した。












ウイングに連れられ、天空闘技場を後にする。
彼の部屋に向かう途中で、キルアはハッと気付いた。
ヒソカの殺気に中てられてとても重要な事を忘れていたではないか。

「何でヒソカと一緒なんだよ!!」
「ぅわ!急に何!?」
「ゴンは変だと思わなかったのか!?」

あってはならない現実だったと言う事を今更に理解する脳。
うがーっと吼えたキルアに、ゴンはうーん、と首を傾げた。

「別にいいんじゃないかなぁ…。偶々出会ったとか」
「そもそも姉貴が天空闘技場に来てること自体がおかしいんだよ!姉貴は好戦的な性格じゃねぇんだから」
「うーん…じゃあ、ヒソカが誘ったとか」
「あいつが人を誘うような人間か!?仮にそうだとして、何で姉貴を誘うんだよ!?」
「じゃあ恋人!」

ゴッとキルアの拳がゴンの後頭部に命中する。
思わず頭を押さえて蹲るゴン。

「あんな奴が恋人なわけないだろ!姉貴ってめちゃくちゃ面食いなんだからな!第一、婚約者が…」

婚約者がいるのに他に恋人を作るような性格じゃない。

そう言おうとして、キルアは自分の口を塞いだ。
大事な姉に婚約者だなんて、認めていない。
それなのに、ヒソカと天秤にかけたらどこの馬の骨とも知らない男前の方がいいと感じてしまった。
それが、意識しないうちに口から零れ落ちたのだ。

「コウさん、結婚するの?」
「まだしねぇ!……たぶん」

必死だ、と思うゴン。
何となく感じてはいたけれど、どうやらキルアはかなりコウの事を大事にしているらしい。
これがシスコンかぁ―――ゴンは一つ賢くなった。

「くそっ!こうなったら姉貴に直接聞くしかねぇな!」

何が何でも12時までに突破してやる―――!!
キルアの中で、決意の炎が音を立てて燃え上がった。



そんな彼からほんの少し離れた場所で、ウイングがゴンに問いかける。

「キルア君のお姉さんの話かい?」
「うん。コウって言うんだ。さっき200階で会ったんだけど…ヒソカと一緒だった所為で荒れてる」
「コウ…あぁ、彼女か。何度か試合を見ています。僅か3試合で200階への切符を手にした女性ですね」
「そうなの?俺たち、さっき会うまでここにいるって知らなかったんだ」
「彼女は必要最低限しか試合をしていませんからね」

そう言うと、ウイングはキルアの方を見た。
意気込むのは良い事だが、早く動かないと時間ばかりが過ぎていく。

「ゴン君、キルア君を呼んできてくれますか?やる気以前に時間がなくなりますからね」
「あ、そうだよね!わかった」

頷いてキルアの元へと走るゴン。
彼らを連れて、ウイングは自室へと戻った。
そして、彼らは初めて念を知る事となる。

10.05.23