Carpe diem   --- 20

審判の声により、受験生たちの意識が次の試合へと移った。
ゾルディック家は名の通った暗殺一家だ。
生まれた子は例外なく殺し屋として育てられる。
誰も、その教育方針に対して異議を唱えたりはしない。
皆、結局は自分の命が大切だからだ。
何故、と批難するような目を向けられたのは、これが初めてだった。

「何故あなたはキルアを助けないんだ?」

拳を握り、金髪の青年がコウを睨みつける。
その瞳が一瞬赤く揺れた気がしたのは、気のせいだろうか。

「…あなたは誰?」
「…クラピカ」
「そう、私はコウよ。キルアとはどういう関係なのかしら」
「この試験で知り合った…友人と言っていい」

冷静すぎる言葉はクラピカを苛立たせる要因になったらしい。
そう、と頷いた彼女は、それまで向けていなかった視線を彼へと投げた。

「けれど、他人である事に変わりはないわ。人の家の教育方針に口を挟むべきではないと思うけれど」

どうかしら、とまるで他人事のように語る彼女。

「ならあんたはどうなんだ!?キルアの姉なら他人じゃねぇよな!!」
「…言いたい事があるなら名乗ってくれるかしら」
「レオリオだ!」
「私はコウ。あなたも、キルアの友人?」

だったらどうした!と声を荒らげるレオリオ。
コウはクスリと微笑んだ。

「何がおかしい!?」
「いいえ?キルアも…良い友人を得たんだと思っただけよ」

予想外の言葉を告げる彼女に、レオリオの勢いが消えてしまう。
毒気を抜かれた、とでも言うのだろうか。
彼女は殺し屋とは思えないほどに、穏やかに微笑んだから。

「キルアのためを思うならば、止めるべきだと思う。あなたの兄は間違っている」
「それはあなたの常識で判断した場合の話よ」

彼女はそう答えると、それ以上何も言わなくなった。















―――まいった。

キルアにとって、その一言は自由な世界からあの閉鎖的なゾルディックへと引き戻される言葉。
そして、ゴンを―――見捨てる言葉だ。
コウはぎゅっと手を握り締める。
キルアが受験生の一人を殺し、コウの横を通り抜けて出て行く。
その間も、コウは彼にかけるべき言葉が見つからなかった。
退室を促される中、彼女はその流れに逆らう。
殆どがドアを出た辺りで、最後に居たイルミのところへとたどり着く。

「イルミ」

声をかけると同時に、パンッと乾いた音がホールに木霊した。

「…これで、納得するわ。―――不本意だけど」
「そう。ナイフの一つも覚悟してたんだけど」

赤くなった頬を指先でなぞるイルミの表情は変わらない。
そんな彼を見上げ、やがて息の塊を吐き出す。
平手一発で納得すると決めたのだ―――しなければ。
消化不良だと訴える感情を溜め息と共に吐き出して、再びイルミを見た。

「ゴンには手を出さないでしょうね?」
「あぁ。無意味に殺したりしないよ。何、コウもゴンが気に入ってるの?」
「気に入ってるも何も、言葉を交わした事はないわ。けれど、あの子とは話したいことがある」

イルミは彼女の言葉に、そう、と頷いた。

「コウは試験が終わったらどうするの?」
「一旦帰るわよ。キルアが家に戻ってるんだし」
「帰ったらまた釣書の山が積まれてると思うけど」
「…燃やすからいいの」

毎度、一体どこから集めてくるのかと感心したくなるような量が届けられる。
始末する労力もかなりのもので、何度いい加減にして欲しいと望んだだろうか。
その事を思い出した彼女が、はぁ、と溜め息を吐き出す。
すると、ポン、と頭に誰かの手が載せられた。

「僕も行っていい?」
「行くって…家に?」

ヒソカの手を頭の上に載せたまま、コウが彼を見上げる。
うん、と頷く彼に、少し悩んだ。

「私と一緒なら大丈夫だけど…お茶一つも安心して飲めないわよ」
「構わないよ」
「死んでも責任は取れないし」
「うん」

本当にわかっているのか?と言いたくなるような軽い返事。
コウは意見を求めるようにイルミを見た。

「いいんじゃない?見合いを断るのを手伝ってもらえば。
奇抜な格好をやめれば、見れるようにはなると思う…っていうか、父さんも母さんも見た目は気にしないし」

見た目を気にしてくれる人達だったならば、コウは既に誰かと見合いをして結婚まで進んでいるだろう。
彼ら―――この件に関しては主に母―――にとっては、要するに強ければいいのだ。
その点、ヒソカは最低限の条件は満たしている…と思う。
先に行ってるよ、とイルミが歩き出し、ドアの向こうに消えた。

「…試験が終わったらそのまま…行ける?」
「いいよ」
「じゃあ、助けてもらおうかな」

相手を見つけたといえば、それが断る十分な理由になる。
軽くそう判断したコウだが、ヒソカから「いいの?」と言う確認の声が降ってきた。
自分で提案しておきながら何を、と思いつつ彼を見上げると、楽しげに細められた目と視線がかち合う。

「僕が手を出したら、その場限りの約束にはさせないよ?」
「…まぁ、そうでしょうね。でも、それがなかったとして…逃がしてくれる気、あるの?」
「★」
「…そう言う事よ。無駄な抵抗はしない事にしているの。大人しくあなたが飽きるのを待つわ」

勝てない相手とは戦うなと言われて育ってきた。
だが、勝てないにも拘らず逃げられない場合はどうすればいいのか。
せめて相打ちまで持ち込めというかもしれないけれど…そう言う勝ち負けではないので参考にはならない。
コウは、諦める事に決めたのだ。
良くも悪くもヒソカは気紛れな性格だから、いずれは自分に飽きるだろうと思う。
それまでは、彼に縛られるのも悪くはない―――そう考えてしまう程度には、ヒソカに気を許していた。




ふと、視線を上げた先にある彼の顔…最終試験中に自分が殴った頬を見る。
彼相手に思うような加減は出来なくて、本気ではないにせよかなりの力で殴ってしまった。
にもかかわらず薄っすらと赤らんでいる程度で済んでいるのは、彼の実力の高さのお蔭だ。

「ごめんなさい。痛くない?」

案じるようにその頬を指先でなぞるコウ。
ヒソカは笑みを深め、甘んじてその指のぬくもりを受け取る。

「全然。君の腕の方が痛そうだ」
「ガードが甘かった所為よ。痛くないから大丈夫」
「なら良かったよ。それにしても―――コウは強いね。あのまま続けていたら、殺しちゃいそうだったよ」

満面の笑顔で言う内容ではない。
呆れたように肩を竦めるだけの彼女もまた、一般とはかけ離れた感覚の持ち主だ。

「言っておくけれど…私はゾルディックよ」
「うん。知ってるよ」
「殺気を向けて殺そうとする相手には、殆ど本能的に動くわ。勝敗が関係しなければ、あなたでも殺せる」

勝つことが難しくても、殺すことは出来る。
それこそ生まれた時から骨の髄まで叩き込まれている技術だからだ。
跡継ぎとして期待されていないが、手を抜いて育てられたわけではない。

「君に殺されるなら本望だね」
「冗談。そんな後味の悪そうな殺しはごめんだわ」
「僕を殺すのは嫌?」
「過去の行動が無駄になるじゃない」

そう答えると、この話は終わりと歩き出す彼女。
少し遅れてその隣に並んだヒソカは、思い出したように彼女を見た。

「君に会えてよかったよ。間違いなく、あの時から人生が変わったからね」
「…そう思ってくれているなら、その身体は大事にしてよね」
「うーん…善処するよ」

どうせ、聞きはしない。
彼は、楽しむためならば自分の身体がどう傷つこうがおかまいなしの人間だ。
わかっているから、確約は求めない。

「(…この距離が当たり前になりそうね…)」

隣を歩くヒソカを横目でちらりと見上げ、そんな事を考えた。

09.12.12