Carpe diem   --- 19

広いホールのような場所に通された受験生たち。
皆、緊張した面持ち…いや、そうでない者もいるが、やや少数派だ。
ネテロが布のかかったボードの前に立ち、バッと布を引っ張った。
そこに書かれていたのは、トーナメント表だ。
下に受験生たちの番号が記載されている。
それを見る限り、頂点は一つ。
合格者は一人なのか―――受験生たちが悪い意味に眉をひそめる中、ネテロが説明を始めた。
一勝すれば合格。
負ければ次の試合へと進まねばならない。
つまり、最後まで負け続けた者が不合格であり、それは一人と言う事だ。
勝ち負けと言う話に、コウが僅かに目を細めた。
そんな彼女に向ってにこりと微笑んだネテロは、ルールについて説明を始める。
まいったと言った方の負けで、殺しは失格。
それは、コウの願いが正しく聞き遂げられているルールだった。
改めてボードを見つめるコウ。
彼女の番号の隣は44―――つまり、ヒソカ。
少し離れた位置に居る彼の表情は見えない。
喜んでいるだろうか、それとも―――?
どちらにせよ、コウ自身は素直に嬉しいと思った。
恐らく、こんなことでもなければヒソカはコウと戦ってはくれないだろうから。
もしかすると、修行をつけてやると言えば納得するかもしれないが…いや、無理か。
既に、ヒソカの実力は彼女を上回っている。
修行をつけてやると言うよりは、つけてもらうと言う状況になりかねない。

「さて、では始めようかの」

そして、一試合目の二人が呼ばれた。






何となく、イルミの考えが読める。
あれだけ純粋に真っ直ぐで、キルアに影響を与えている少年。
イルミにとっては、あまり良くない存在だろう。
コウですら、少なからずその影響を考えてしまったほどだ。
ゴンの試合を見つめるギタラクルの目に、感情はない。
実力に差がありながらも、一歩も引く事のなかったゴンが勝利。
相手だったハンゾーが次へと歩を進めることとなった。

















「複雑そうね」
「…そうだね」
「私は嬉しいのよ?だって…あなたがどれくらい強くなったのか、わかるんだから」

にこにことした笑顔を見れば、それは十分伝わってくる。
即座に「まいった」と言えば彼女と戦う必要はない。
ないのだが…彼女が怒る。
面倒な試合を組んでくれたものだと、ヒソカは心中でネテロを恨んだ。

「…わかった。君の望むように。その代わり…あまり刺激しないでくれよ」

興奮してしまえば、彼女が彼女であるという事を忘れてしまうかもしれない。
目の前の者が獲物としか見えなくなるのだ。
彼女とて無抵抗にやられるほど弱くはないだろうけれど、腕一本くらいは軽く奪ってしまうだろう。
その事態だけは、避けなければならなかった。
手加減すれば彼女が嫌がるし、手加減せず戦っていけば興奮するのは止められない。
中々難しい調整を強いられる試合になりそうだ。

「トランプは使わないの?」
「…やめておくよ」
「切られるほど弱くないのに」

不満そうに肩を竦めるけれど、それ以上言うつもりはないようだ。
数多の血を浴びたトランプだが、コウの血を浴びせたくはないと思う。
そもそも、自分に彼女が攻撃できるのだろうか。
小さな疑問は、懐に飛び込んだ彼女によって身体と共に彼方へと吹っ飛んだ。


固唾をのんで試合に注目していた受験生たちは、驚きを隠せなかった。
ヒソカよりも遥かに細く、戦いなど知りそうにない女性が、ヒソカを吹き飛ばしたのだ。



拳で殴り飛ばしたようで、軽く拳を握った彼女は、ブーツの調子を見るように爪先でコン、と床を打っている。
そして、壁まで吹き飛んだヒソカへと視線を向けた。
派手なクレーターを作って衝突した彼は、しかし殆どダメージを受けていないようだ。

「…かなり手加減してくれていたみたいだね」
「子供相手に本気なんて、出すはずがないでしょ?」

二人の会話は、他の人間には全く分からないものだろう。
彼らの理解など得る必要はない。

「少しはやる気になった?」
「そうだね。少なくとも…手加減は必要ないって、よくわかったよ」

それぞれ異なる種の笑顔を浮かべつつ、同時に床を蹴った。












「な、何なんだよ…あの女は。相手はヒソカだぞ!?」
「普通の女性だと…思っていたが、どうやら違うらしい」

レオリオやクラピカの戸惑う声。
それを横に聞きながら、キルアはハハと笑った。
二人の視線がキルアに向けられる。

「普通?そんなの、見た目だけだよ」
「キルア?」
「あれ、俺の姉貴なんだ」
「姉ぇ!?っつーことは、殺し屋の娘かよ!!」

それならば、と納得する二人。
見た目は街中を歩いていても不思議ではない女性だが、育ちがゾルディックならば話は別だ。
時折見えなくなるほど激しい攻防。
状況としては―――どうなのだろうか。

「やっぱ、姉貴の方がちょっと押されてるか…相手はヒソカだしな」
「…クラピカ、見えるか?」
「見えない…事はないが、完全ではないな」

ある程度は見えていると思いたいが、次第に二人の身体に増える痕跡を考えると、恐らく半分も見えていない。

「どっちが優勢なのかも全然わかんねぇ」
「…どっちかって言うと、今は姉貴…だな」

少なくとも、彼らよりは遥かに見えているキルアには、そう思えた。
しかし、そこに違和感を覚える。
姉が強い事はよくわかっているけれど、果たしてヒソカよりも優勢に立つほどだろうか。
何かが違うような気がした。
違和感の正体を掴む事もできず、じっと二人を見つめるキルア。
数秒か、数十秒か。
はた、とキルアが気付く。

「…そっか。急所だ」

お互いに、一撃で終わるであろう急所を攻撃していない。
攻撃できないのかと思っていたけれど、違うのだ。
出来ないのではなく、していない。
理由はわからないけれど、あえて試合を引き伸ばすかのように―――彼らは、急所を避けている。

「わけわかんねぇ…」

キルアがそう呟いたところで、コウの回し蹴りがヒソカを数メートル飛ばした。
足をつけたままその距離を滑った彼は、姿勢を戻してからパンッと服を払う。

「まいった。―――もう、十分だろ?」

あっさりと試合終了の言葉を紡ぐ彼。
その言葉の後半部分はコウに向けられている。

「…私が言おうと思っていたのに」
「勝ちは譲るよ。僕は次に進む」
「ありがとう、と言うべき?」

首を傾げた彼女に、ヒソカは口角を持ち上げて、いや、と笑った。
そんな彼に肩を竦めてから、観客の方へと歩いてくる。
皆に不思議な緊張が走るけれど、気にした様子もなく後ろの方へと戻った彼女は、そこに落ち着いた。

「お二方、それでよろしいですか?」
「構わないよ」
「…えぇ」
「では、次の試合に移ります」

審判の声により、受験生たちの意識が次の試合へと移った。

09.12.04