Carpe diem   --- 18

イルミの次に番号を呼ばれ、ハンター協会会長、ネテロのいる部屋へと通される。

「あら、畳」
「知っておるのか。若いのに珍しいのぅ」

ぽつりと零した声に答え、ネテロがそう言った。
ブーツを脱いで畳の上へと上がれば、彼が満足げに髭をなぞる。

「これが最終試験?」
「それに向けた面接じゃよ。足は崩しても構わんぞ?」
「お気遣いなく」

正座に慣れているわけではないけれど、面接の間も耐えられないほど苦手と言うわけではない。
そんな彼女に頷いたネテロは、さて、と切り出した。

「まずは、ハンター試験を受けようと思った受験動機じゃ」
「…他の人ほど立派な理由はありませんよ。ちょっと他に目的があって…そのついでです」
「…おぬし、正直じゃのぅ」
「あら、嘘を言った方が良かったですか?」

ネテロは笑顔で首を傾げたコウに、正直が一番じゃ、と告げる。
ふむふむ、と筆を走らせる彼の手元は見えない。

「残っておる受験生の中で、注目しておるのは?」
「特に、誰も」
「ほぅ…誰も、とな?」
「注目するも何も、よく知りませんし。あえて言うなら…あの年で最終試験まで残っている405番ですね」
「それが理由ならば、99番も同じ事が言えると思うが?」
「いやだ、わかっていて聞いてるんでしょう?」

確信犯じゃないですか、と笑う彼女。
目の前の老人は、99番と自分の繋がりを知っていながら、わざわざそんな事を聞いてくる。
99番…キルアが最終試験まで残る事が出来た理由なんて、彼女が一番よくわかっているのだ。

「ほっほっほ。では、戦いたくない相手は?」
「99番、301番…一応、44番も。でも、命のやり取りがないなら44番とは戦ってみたいですね」
「44番と戦ってみたいとは…おぬし、物好きじゃのぅ」
「失礼ですね。どのくらい強くなったのか、知りたいんですよ」

コウがヒソカに教えたのは基本だけ。
そこから先の腕を磨いたのは彼自身だ。
自分の知らない所で、ヒソカがどんな風に強くなったのか―――気にならないと言えば嘘になる。

「99番と301番に関しては、理由は…聞くまでもないかの」
「そうですね。二人と命のやり取りをしろと言われたら、会場を木っ端微塵にして二人を連れて行きますから」

覚悟しておいてくださいね、と笑顔で告げる彼女。
しかし、その笑顔にはゾクリと背筋を逆立たせる空気が含まれている。

「…それは大変じゃの。心しておこう」
「ありがとうございます」
「面接は以上で終わりじゃ」

その声に、コウがのんびりと腰を上げる。
やはり、足が痺れるほどの時間ではなかった。
ブーツを履き、ドアに手をかけた所で、ネテロが「そうそう」と声を上げる。

「二次試験の後の飛行船の中で、一人の受験生が“消えた”んじゃが…何か心当たりは?」
「…さぁ、何の事だか」
「ふむ、そうか…行って良いぞ」

じっと彼の顔を見つめてみたけれど、既に視線を手元に落としてしまっていて視線は合わない。
ふぅ、と溜め息を吐き出してから、失礼します、と言い残して部屋を出た。

「食えない人」

廊下に出るなりそう呟くコウ。
もちろん、ヒソカが同じような感想を抱いた事など、知る由もない。















面接が終わったキルアに対し、ゴンは最後だけあってまだ暫く掛かりそうだ。
暇な時間を共に過ごしていた彼らの話題は、いつしか残っている受験生の事に変わっていく。

「そう言えば、一人だけ女の人が残ってるよね。傷一つないし、強いんだよね、きっと」
「あ、ゴンに話してなかったっけ。あれ、俺の姉貴」

家族が殺し屋と言う話をした覚えはあるけれど、姉が参加しているとは言っていなかったかもしれない。
あっさりとしたキルアの言葉は、ゴンを驚かせたようだ。

「似てねぇ?一番上の兄貴と双子なんだけどさ。兄貴より俺と似てるんだ」
「言われてみると、目が似てるかも…。銀髪じゃないし、考えてもみなかったよ」

そう答えたゴンは、漸く納得できたようだ。
キルアの姉と言うならば、彼女もゾルディック…殺し屋の家族だ。
ハンター試験に残れるほどに強くても頷ける。
そこで、あれ、と疑問符を抱くゴン。

「お姉さんも捕まえるの?」
「まさか!あの家の中で唯一俺の事わかってくれる姉貴だぜ?」

最愛と言っても差し障りない姉を、どうして捕まえる事ができるだろうか。
勢いよく首を振るキルアに、ゴンは、そっか、と笑った。
キルアの様子を見ていれば、どれほど姉を大事に思っているのかがわかる。

「ねぇ、名前は何て言うの?」
「コウ。コウ=ゾルディック。家でも変わり者で、あんまり殺しの仕事は好きじゃないんだ。
親父達も、仕事をさせるより結婚させようとして見合い写真ばっかり持ってきてる」
「へぇ…そうなんだ。結婚しないの?仕事の関係で断られちゃうとか」
「あんだけ美人なんだぜ?引く手数多だっての。姉貴が嫌がってるんだよ。
親父達、強ければ見た目は気にしないからさ…姉貴と並ぶと美女と野獣みたいな相手でも平気で持ってくるし」
「美女と野獣…」

関わりがなかったから、近くで顔を見た事はない。
けれど、遠めでもわかるほどに彼女は綺麗だった。
彼女の容姿を思い出しながら、次の言葉に耳を傾けるゴン。

「いい加減、嫌気が差したらしくて、姉貴も家を出たらしい」
「キルア、嬉しそうだね」
「そりゃそうだって。俺だって、不細工な奴を義兄貴って呼ぶのなんか冗談じゃねーよ」

彼女と結婚するならば、隣に並んでも文句ないくらいの男でなければ駄目だ。
どんな相手であろうと、大事な姉を奪っていく男を認められるかはわからないけれど。

「俺もコウさんと話してみたいなぁ」
「何なら、今から探してみるか?さっき呼ばれてたから、もう終わってると思うし」

キルアの提案に、うん、と頷こうとしたところで、ゴンの番号が呼ばれてしまった。
お互いに顔を見合わせて苦笑する。

「行って来るよ」
「おう!ここで待ってる」

立ち上がって応接室へと歩き出したゴンを見送る。
他愛ない会話が、とても楽しい。
今と言う時間が充実している事を、肌身で感じていた。

「キルア?」

不意に、背後から声が聞こえる。
聞き覚えのある、寧ろ大好きな声に、キルアは躊躇いなく振り向いた。
気配がないのはいつもの事なので気にしない。

「姉貴!」
「一人?あの子は今呼ばれたものね」
「うん。あいつ、ゴンって言うんだ。俺と同い年で、すっげー面白い奴」

嬉々として語りだすキルアに、コウは笑顔を浮かべながら、時折相槌を打つ。

「そう言えば、さっき姉貴のこと話してたんだぜ。惜しかったなー」
「あら、そうなの?悪口でも言っていたのかしら」
「んなわけねーって!ゴンも姉貴と話がしたいって」
「そうね…。私も、会って話したいことがあるの」

廊下の先を見つめて告げた言葉に、キルアが「何を?」と問う。
そんな彼に、コウは人差し指を唇に乗せて「秘密」と答えた。
不満げに唇を尖らせるキルアの頭を撫でてから、ガタンと席を立つ。

「ここでゴンを待たねーの?」
「ごめんね。部屋に戻って埃を落としておきたいの」
「そっか。じゃあ、試験が終わったらゴンと会える?」
「…ええ。仕事もないから、構わないわよ」

間を置いてしまったのは、恐らくイルミの飛行船に途中まで乗せてもらう事になるからだ。
彼が父からキルアを連れ帰るように言われている以上、試験後にこうして話し合う時間があるかもわからない。
ここでキルアにその事を告げないのは、彼への裏切りになるだろうか。
話したくないわけではない。
寧ろ、今すぐにでも逃げなさいと忠告したい。
けれど、キルアは大事だが、コウにとってはイルミやシルバもまた、家族なのだ。

「キルア」
「ん?」
「…最終試験、頑張るのよ」
「うん!」

言えないことが、一番彼女を苦しめている。

09.12.01