Carpe diem   --- 17

潮風に黒髪が踊る。
バサバサと頬に掛かったそれを手で払い、フェンスへと肘を預けた。
そして、先程引いたカードを懐から取り出す。
表面に書かれているものに、思わず溜め息が零れた。

「コウのターゲットはヒソカ?」

背後から聞こえた声。
近付いてきている事は知っていたから、特に驚くわけでもなく振り向く。

「そんなわけないでしょう」
「だよね。それにしても、ジョーカーって…カードにまで憑かれてるみたいだね」

他人事のようにそう言ったギタラクルに、コウは肩を竦める。
彼ならばそれが出来てしまいそうだから恐ろしい。

「ジョーカーのカードを引いた人のプレートは誰にとっても6点分、だっけ?」
「そうらしいね」
「ってことは、コウのプレート一つで合格できるわけだ」

そう言ったギタラクルに、コウはくるりと振り向いた。
背中をフェンスに預け、挑戦的な笑顔を浮かべる。

「狙ってみる?」
「…やめておくよ。コウとやるのは色々と面倒だし」
「そう。それより、その格好で話しかけないでって言ったはずだけど」
「別に良いじゃん。この辺、誰も居ないし」

二人が気配を感じられない以上、本当に誰も居ないのだと考えるのが妥当だ。

「コウって楽しすぎだよね」
「さぁ。無欲の勝利ってやつじゃないかしら」

ハンター証を望んでいるわけではないからこそ舞い込んでくる運、とでも言いたいのか。
切望している人間の前で話せば、後ろから刺されかねない話だ。
仕事で必要だから、と言う以上の理由を持たないイルミにとってはさほど気にはならない。
どの道、ターゲットからプレートを奪う事も決して難しくはないのだ。
探す手間はかかるけれど。
その時、ふとコウが表情に真剣さを見せた。
彼女のオーラが増え、手首のあたりに一瞬の突風が巻き起こる。

「ヒソカ。バンジーガムを飛ばさないでって言ったでしょう」
「残念」

姿を見せたヒソカを睨みつけるも柳に風、効果などまるで期待できない。

「コウは何番を引き当てたんだい?」

悪びれた様子のない彼に僅かに口を尖らせ、ピンとカードを飛ばす。
ヒソカがトランプを投げるのと同じ速度で飛ばしたのだが、呆気なく指先で受け止められてしまった。

「あなたの所為でジョーカーに好かれたみたい」
「へぇ。運が良いね」

引き当てたんだ、と目を弓なりにして、指先の上でジョーカーのついたカードをくるくると回す。

「狙ってみる?」
「ううん、要らない。島に入ったら誰にも見つからずに隠れていてよ」
「…どうして?」

彼女が理由を問うのも無理はないだろう。
島に入ったら隠れていろだなんて、彼らしくない言葉だ。
怪訝な表情を浮かべるコウに、ヒソカは気分を害した様子もなく答えた。

「それなら誰にも会わずに済むだろう?」

あっさりと告げられた言葉に、呆気に取られるコウ。
その隣ではイルミが呆れた様子で、勝手にしてくれ、とばかりに溜め息を吐き出した。
尤も、その姿はギタラクルの物なので、不気味以外の何物でもない。

「…見せるのが嫌なら、連れて歩けば?」
「うーん…それもいいんだけどねぇ…。楽しんでいる所を見られて嫌われるのは嫌だなぁ」

嫌われる可能性があると言う自覚は持っているようだ。
それならばその行動自体を控えればいいものを…と思う。
しかし、それがなくなればヒソカではないとも思え、コウの心中は複雑だ。
一番厄介なのは、そんなヒソカを嫌っていない自分自身。
恐らく、ヒソカの彼らしい一面を見たとしても、嫌いにはなれないだろう。
こんな話をしたが最後、一生離してもらえそうにないから言葉には出さないけれど。

フェンスに腕を預け、うーん、と仰け反る。
見上げた空は恨めしいほどに真っ青だった。












一週間。
身を隠していたわけではなく、寧ろ堂々と自然を満喫した時間だった。
彼女の絶は完璧で、並の受験生は彼女の気配はおろか、その姿も見つける事が出来なかったようだ。
アナウンスが流れ、昼寝をしていた木の上から下りる。
そして、船が到着する場所の反対側に居たコウは、文字通り風のように島を横断した。
時間に余裕を持って船着場へとたどり着いた彼女。
既に集まっていたメンバーの中にキルアの姿を見つけ、僅かに表情を緩める。
料理以外はキルアにとっては欠伸が出るほどに簡単な試験だろう。
じっとその背中を見つめていたコウは、不意にキルアに近づいて行く少年に気付いた。
試験の最中は特にキルアを意識していなかったから、彼がどうしていたのかは知らない。
ごく自然にその少年と声を掛け合うキルアを見て、コウが目を細めた。

「キルア…」

あの子が自分の前以外であんな風に笑っているのを、初めて見た気がする。
とても、新鮮で…自然な表情だった。
名も知らぬ黒髪の少年を見つめ、心の中で礼を述べる。
いずれ、顔を合わせる機会があったなら…その時は、声に出してこの感謝を伝えよう。
四次試験が終わり、試験は最終試験を残すのみとなる。

09.11.29