Carpe diem   --- 016

「なるようになった感じだね」

三人目はイルミだった。
監視カメラが壊れていると気付いた彼は、すぐにギタラクルからイルミへと姿を戻す。
コウが嫌っている事を理解しているのだろう。
流石に抱き締められてはいないけれど、ヒソカの隣から離れられない。
彼の念が、本人の意思なく外れない所為だ。
不満そうな表情を見せている彼女だが、既に諦めているのか抵抗する素振りは見せていなかった。

「変なのに手を出すからだよ」
「えぇ、自分でも変なものに手を出してしまったと思って、後悔しているところよ」
「酷いなぁ、二人とも」

まるでそう思っていない様子のヒソカに、イルミとコウが顔を見合わせる。
そこで、イルミが思い出したように、あぁ、と声を上げた。

「コウ。男を紹介するって話だけど―――」

イルミがそう切り出すと、その場の空気がざわりと冷え込んだ。
原因は言うまでもない。
肌を刺すような殺気にも慣れている二人は、呆れた様子で溜め息を吐き出す。

「…ヒソカ」
「ちょっと抑えてよ。話がしにくい」

二人から咎めるような声を向けられ、ヒソカは肩を竦めた。
少し和らいだ空気の中、イルミが改めて話を続ける。

「とにかく、必要なさそうだし…もう、いいよね?」
「…確かに、無意味でしょうからね」
「あ、そう言う必要ないじゃなくて…俺が紹介しようとしたの、ヒソカだし」

ピシッとコウの纏う空気が凍った。
数秒の間をおいて、にこりと微笑む彼女。

「イルミ…私が頼んだのは、顔が良くて強い男。強いだけのピエロを紹介しろとは言っていないわ」

確かに、子供の頃は随分と整った顔立ちをしていた。
そのまま素直に成長していれば、さぞ男前になっていただろう。
しかしながら、彼は色々と紆余曲折を経て、ピエロに成長してしまっている。
コウの求める絶対条件の一つが足りていない。

「いや、ヒソカはこんな奇抜な格好じゃなかったら素顔は悪くないよ。男の顔なんてよくわからないけど」

少なくとも、母が持ってくる写真の男たちよりはランクが高い。
そう評価したイルミに、コウが訝しげな表情を浮かべ、ヒソカを見た。
そこから素顔を想像しようとするのだが、どうしてもペイントが邪魔をする。
第一、 このセンスに納得しろと言うのか。

「冗談きついわ」
「でも、ヒソカから逃げるのは骨が折れると思うけど」
「………わかっているから口に出さないで。嫌になる」

そう言いながらも、完全否定するほど嫌ではない自分に溜め息を吐きたくなる。
嫌いではないのだ。
別に殺人鬼であろうが何だろうが、ゾルディックで育ったのだから抵抗感はない。
子供の頃からそれを覚えさせたくなかっただけの話だ。
認めにくいことだけれど、ヒソカがコウを大切にしようとしている事は、彼女自身も嫌と言うほど理解した。
それが子供の頃の刷り込みの執着心だったとしても、既にヒソカを形成する一つになってしまっている。

「私はもっと好青年が良かったのに…」
「そんな奴いないって」
「居るのよ。強くて好青年な男って」

そう言ったコウの脳裏には、ハンター試験前に出会ったクロロが浮かぶ。
一見すると優男だったけれど、とても強い男だった。
その身をもって知ったのだから、間違いはない。

「じゃあ、そいつにすれば良かったのに」
「あなたの後始末の時に出会ったの。そう言う状況じゃなかったのよ」

残念だったわ、と言う言葉は声に出さない。
隣からの殺気が痛いからだ。

「そう言えば、街中でぶつかった男も居たわ。あの男も、相当の実力者ね」

自分に違和感なくぶつかってきたのだから。
彼のにこりと癖のある笑顔を思い出そうとするが、何故かヒソカの顔になった。
記憶力には自信があるのに、まるで磁石に引き寄せられるようにヒソカが浮かぶのだ。
何故、と考えたところで、コウの中で一つの答えが浮かび上がった。

「―――…まさか、あれ…ヒソカ?」
「あの時はぶつかってごめんね」

にこりと微笑む彼の表情は、まさしくあの時の笑顔だった。

「ヒソカ…服のセンス、直さない?」
「いつもがこの格好と言うわけじゃないんだけどね」
「あら、そうなの?」
「まぁ、君が望むなら直しても良いよ」

それなら、いいかもしれない。
素顔を知ったコウは、声に出さずにそんな事を考えた。
声に出したが最後、どう足掻いても彼の元から逃げられなくなるだろうから。
尤も、今の時点で既に逃げられる可能性など限りなくゼロに近いのだけれど。

「…結構合ってると思うよ、二人とも」

二人のやり取りを見ていたイルミがそう呟く。
そう?と嬉しそうに笑うヒソカ。
付き合い自体はそう長くないのだが、こんな人間らしいヒソカを見るのは初めてだ。
自分が言えたことではないけれど。

「コウと一緒になったらイルミが兄になるんだね」
「…気色悪いからやめて」

ヒソカにそう呼ばれるのを想像すると、鳥肌が立った。
心底嫌そうに答えたイルミの反応にコウが苦笑を浮かべる。
何だかんだと言っても、ヒソカが自分の隣に居る事を受け入れてしまっている。
逆に、まだ誰も見つけていなくて正解だったのかもしれない。
イルミではない誰かがコウの隣に並び立っていたならば、ヒソカは間違いなくその人を殺しただろうから。





やがて、イルミが顔に針を刺してギタラクルに変貌。
程なくして四人目の受験生が試験を通過してきた時、三人は別々の場所に居た。
コウ、ヒソカ、ギタラクルの三人に繋がりはない。
少なくとも、三次試験まではあの地下のトンネルでの会話以外は関わってこなかった。
そんな彼らに複雑のようで実にわかりやすい繋がりがあるなど、誰が想像できるだろうか。
四人目の受験生はちらりと三人を一瞥してから、壁際に腰を下ろした。
そこから先は時間だけが過ぎていく、無言の世界。

09.11.28