Carpe diem --- 012
ある程度身体を休められるだけの時間が過ぎた所でヒソカを起こす。
頭が起きるまでの間にそれまでの動きをお浚いする。
時間を無駄にしないためにも、次からは出来るだけ気絶させない程度に力を調節した。
そんな風に、ひたすら身体を動かして数時間。
日が沈んで1時間ほど経った頃、コウは突き出されたヒソカの手を受け止めた。
「今日はここまで」
お疲れ様、と告げると、彼ははぁ、と息の塊を吐き出した。
膝に手を当てて腰をおり、肩で息を整える。
滝のように流れる汗が、動きの激しさを物語っていた。
「汗を流して着替えたら、夕食を食べに行こうか」
「う、ん…」
「大丈夫?歩けないなら抱えてあげるよ」
そう問いかけると、ヒソカは勢いよく身体を起こした。
自分は大丈夫だと態度で示そうとしたのだろう。
相変わらず息は乱れていて、大丈夫とは思えない。
コウは口元に苦笑いを浮かべ、行こうか、と声をかける。
自分が歩き出せば、覚束ない足取りながらもついてくる彼。
「外に食べに行くのが厳しいなら、ルームサービスで注文しようか?」
「…任せる」
「んー…その分だと、シャワーが限界っぽいわね」
豪華なものでも食べさせてあげようと思ったのだが、仕方ない。
疲れた身体に鞭を打たせるよりは、部屋でのんびりさせてあげた方がいいだろう。
何を注文しようか…などと考えながら、一際ゆっくりと足を進めて行く。
二人とも汗を流して、ルームサービスの到着を待つ時間。
コウはどこから持ち込んでいたのか、紙の束を前にペンを持った。
「これから、念の話をするわけだけど…ヒソカー。頑張れー」
「…大丈夫」
「今にも沈みそうだけどね。まぁ、耳だけはこっちに貸しておきなさい。
君なら“聞き覚えがある”程度で何とかなるでしょうから」
目を閉じてしまいそうなヒソカを何とか座らせながら、コウは説明を始める。
今からそれをしようというわけではないから、本当ならば必要ないのかもしれない。
恐らく明日の修行ではそこまで行けない。
けれど、強くなるならば念の習得は必要不可欠だ。
知らないと言うだけで、下手をすれば死んでしまう世界。
せめて知識だけでも与えておかなければならない。
簡単に一通りを説明した時、コウがヒソカを見る。
静かだから、もしかすると寝てしまっているかもしれないと思っていたのだが―――
「…何、ちょっと。爛々じゃないの」
眠気など微塵も感じさせない、爛々と輝く目。
どうやら、ヒソカの興味を引くには十分な内容だったようだ。
「面白そう。俺も出来る?」
「そんなヘトヘトの身体ではやめておいた方がいいわ。無知は褒められた事じゃないから、教えておいただけよ」
そう言って、コウはペンにキャップをする。
隣のヒソカは話が終わってしまった事が残念そうだ。
手を伸ばして説明が書かれている紙を手元へと引っ張っていく。
「コウ。俺はどのタイプかな」
「さぁ。こればっかりはやってみないと何とも言えないわ」
「コウは?」
「…力って言うのは、隠せば隠すだけ有利なの。あまり口外するものじゃないわよ」
教えない、と言外に含めるコウの言葉に、ヒソカが不満気に唇を尖らせた。
そんな彼にクスクスと笑って、スッと手を持ち上げる。
そして、ピンッと指先で空気を弾いた。
ヒソカの頬を掠めるようにして、見えない何かが通り抜け―――後方の壁から聞こえた音。
驚いて振り向いた彼が見たものは、直径50センチほどのクレーターを作った壁。
原因となるものの姿はない。
「まぁ、こう言う事も出来るのよ」
全てを教えず、しかしその力の大きさだけははっきりと理解させる。
未知なる力に、ヒソカは膝の上で拳を握った。
人を殺した時のような昂揚感が彼の中に燻るのを自覚する。
殺気にも似た空気を纏い始めたヒソカに気付き、コウは人知れず溜め息を零す。
よかれと思って教えたことではあるけれど、また別の狂気を覚えさせただけのような気がする。
かといって既に口外してしまった言葉を拾い上げることもできない。
願わくは、彼が良い師と出会い、正しい道を歩んでくれる事を。
「さて、と。そろそろ寝るわよ」
「え!?もっと教えてよ!」
「だーめ。もう寝ないと。明日も早いわよ」
「…ちぇ」
年相応に口を尖らせるヒソカ。
そんな彼を見て、コウは心配しすぎかな、と心中で安堵する。
もしかすると、と考えてばかりでは、先に進めない。
彼を信じる事も大切だろう。
明かりを消してベッドへと戻るコウ。
ぶつぶつと小さく文句を言っていたヒソカも漸く諦め、ベッドへと潜り込んだ。
「おやすみ」
「おやすみ、コウ」
就寝前の挨拶を交わしてから、コウは眠るわけでもなくベッドに横たわる。
挨拶から程なくして寝息が聞こえてきて、漸く肩の力を抜いた。
「今日は大丈夫みたいね」
疲れのためか本気で寝入っているらしい彼。
今日もまたベッドを抜け出されては困ると起きていたが、杞憂に終わったようだ。
尤も、一週間くらいは寝なくても問題ないために、眠気はない。
たとえ寝ている間にヒソカがベッドを抜け出そうとしても、気配に敏感な彼女はすぐに目覚める。
「…まぁ、身体を休める事は大事よね」
起きているか、眠るか。
少しだけ悩んだコウだが、やがて肩までシーツを引っ張り上げて眠る態勢に入った。
二日目…最後の夜が、更ける。
09.11.22