Carpe diem --- 011
「コウ…何してるの?」
「買い物」
「それは見ればわかるけど。その、量」
ヒソカが指差す先には、カートに山と詰まれた服の数々。
先程からコウの視線は並ぶ商品に向けられていて、彼を振り向く事はない。
それが不満なのだという事は、コウどころか本人ですら気付いていない事実だ。
「ヒソカ、何か欲しいものは?」
「え?」
「何かないの?」
いつの間にか、コウの目がヒソカを映していた。
真っ直ぐな視線に射抜かれ、え、と悩む。
「…力?」
「一応、お金で買えるものを聞いたんだけどな…」
こう言うのとか、と玩具コーナーのものを取る。
ヒソカには、それが何のために使うものなのかわからない。
そう言うものを楽しむ生活を送ってきていないからだ。
「じゃあ、それでいい」
「…………………まぁ、いいか」
コウは手に持っていたそれ―――トランプを見つめ、やがてカートの上に置いた。
ヒソカ、トランプ。
この二つを挙げれば、彼女の心中を察してもらうことが出来るだろう。
たとえこの子にトランプを与えたとしても、あんな風に使うとは限らないんだし。
大丈夫…そう、大丈夫なのだ。
コウはそう思い込むことにした。
「ねぇ、コウ。服ってそんなに要る?」
「今日は本格的に身体を動かすからね。たぶん、20着くらいは駄目になるよ」
どんな激しい修行だ。
呆気に取られた様子のヒソカを置いて、コウはレジへと向かった。
彼が漸く回復した頃に戻ってきた彼女は、はい、と小さな紙袋を差し出す。
「中身が知られてるのもどうかと思うけど…プレゼント」
折角だから、と包装してもらったそれを差し出すも、彼は再び目を見開いて動きを止めている。
暫くそのままにしていたコウだが、時間がないことを思い出した。
ポン、と彼の頭の上にそれを乗せ「行くよー」とカートを引いていく。
「ま、待って!」
慌てて走り出した彼は、その手にしっかりとプレゼントを握り締めた。
胸が熱い、頬が熱い。
彼女がいると、世界が色を持つ。
ヒソカは今、はっきりとそれを自覚した。
「じゃあ、宣言通りに身体を動かそうか」
「どうするの?」
「日暮れまで、ずっと組み手」
そう言ったコウが、勢いよくヒソカに迫ってきた。
昨日ならば、消えたと思っただろう速度だ。
辛うじて彼女の姿を見ていたヒソカは、繰り出された拳を避ける。
「避けるだけじゃなくてガードもね」
死角からの蹴りが、ヒソカのわき腹に吸い込まれた。
肋骨が軋む。
「目に頼らない。気配を読めば、死角は関係ないわ。相手の気配を読んで、次の攻撃を予測する」
ほら、と先程よりは遅い蹴りが、再び死角から。
気配を読めと言われても、実際にどうすればいいのかはわからない。
けれど、何となく…感覚的に、彼女の足の動きを捉えた。
避けられる距離ではないから、直撃しないよう腕を出す。
彼女が嬉しそうに笑った。
「出来るなら、攻撃してきてもいいよ」
動きの合間に助言を入れる彼女が、そう言った。
呼吸一つ乱していない彼女と、既にあちらこちらが痛む自分。
その実力の差は歴然で、だからこそ強くなりたいと言う欲が強くなる。
どう言う風に攻撃すればいいのかは分からない。
けれど、やらないと言う選択肢はヒソカの中にはない。
コウの攻撃を避け、懐へと滑り込む。
リーチの差から、ここまで近付かなければ彼女には届かないと思った。
わざと隙を作ったとはいえ、それを見逃さないヒソカの洞察力に驚かされる。
この分ならば、明日までに並のハンターよりも強く出来る。
そうすれば、彼は生きていける―――自然と持ちあがる口角をそのままに、彼からの攻撃を受け止めた。
「攻撃はギリギリまで引き込んで―――」
ヒソカの胸倉をぐいと掴み、にこりと微笑む。
「一息に放つ」
鳩尾を深くえぐるコウの拳。
ガードする暇はなかった。
腰を折った状態で十数メートル飛んだ彼は、突き出していた壁にぶつかる。
下に落ちたヒソカは、そのままピクリとも動かない。
ヒソカを殴り飛ばした手をぶらぶらと揺らしながら、コウは肩を竦める。
「吹っ飛んだ先にあるオブジェクトも武器になるから、空中で身体をうまく使わないと。
―――って、聞こえてない、か」
完全に伸びてしまったらしいヒソカ。
彼の近くまで行くと、よ、とその身体を抱き上げた。
とりあえず、小奇麗なところまで彼を運んで、傷の手当をする。
何か軽く食べるものを用意してこよう、と立ち上がるコウ。
そこで、くん、と服の裾を引かれ、振り向いた。
ヒソカの小さな手がコウの服を掴んでいる。
意識が戻ったのか、と思ったけれど、依然として彼は眠ったままだ。
コウは小さく微笑んで、彼の傍らに腰を下ろす。
「…一人は寂しいよね」
彼の出生も、どんな風に生きてきたのかも。
何も知らないけれど、人のぬくもりに飢えている事だけはわかった。
ここでコウが優しさを与える事は、彼のためになるのだろうかと―――ふと、そんな事を考える。
明日には跡形もなく消えるであろう自分。
自分が与えたぬくもりの所為で、彼がより孤独を知ってしまうのではと。
そんな不安がコウの脳裏を過ぎる。
今のうちに消えておいた方が、傷が浅くて済むのかもしれない。
自分の考えに自嘲の笑みを零す。
「………無理、ね」
ヒソカの頭を撫でて、空を仰ぐ。
流星街から見た空も、外と変わらず青かった。
09.11.16