Carpe diem   --- 005

究極の選択を迫られ、結果としては一旦他人の振りをすることを選んだ。
後から知り合いだと認識されるかもしれないけれど、それはそれで仕方が無い。
人の少ないところであれば、問題は無いだろうと考えたからだ。
空気の悪い地下に降りて、数時間。
コウは受験生の中に、懐かしい銀髪を見つけた。

「キルア!!」

思わず声をあげ、地面を蹴って彼の元へと走る。
声に反応して振り向いたキルアが、驚きを露にした。
しかし、その表情は一瞬の事で、次の瞬間には嬉しそうな表情へと変わる。
速度を落とせば、彼の方からコウの元へと駆け寄ってきた。

「コウ姉!!」

ぎゅっと抱きついてくるキルアは可愛い。
数ヶ月ぶりの再会は、その感情をより一層助長した。

「久しぶりね。元気にしていた?」

ぎゅうっと抱きしめてから、少しだけ距離を開ける。
そうする事で、見上げてくるキルアと目を合わせることが出来た。

「うん!」
「外の世界はどう?」
「悪くない!」

迷いの無い答えに、コウはそう、と満足げに笑う。
父や母…特に母の方は躍起になっているようだが、別に連れ戻さなくてもいいと思う。
外の世界に居るキルアは、こんなにも輝いているではないか。
帰ったら父を説得してみよう、と心に決めた。

「でも、まさかコウ姉まで来てるとは思わなかった!仕事で必要になったとか?」
「え、ええ…そんな所よ」

この可愛い弟には、男目当てだと知られたくないと思った。
咄嗟にそう答えた彼女を疑う事もなく、キルアは「なーんだ」と頭の後ろで手を組む。

「てっきり、強い男を探しに来たのかと思った。まだ母さん、諦めてないんだろ?
ハンター試験って言うくらいだから、それなりのレベルのヤツが集まるし、丁度いいじゃん」

うん、当たってるわね。
コウは心中で苦笑いを浮かべる。
後半部分はイルミの評価を受ける男が居ると知ったからだが、大まかな所はキルアの予想通りだ。

「母さんが諦めてないのは今も同じよ。もう、我慢も限界」
「…ってことは」
「私も、家を出ようと思ってるの。仕事があるし、偶には帰るけど」

キルアの家出とは違い、一人暮らしのようなものだ。
生活拠点を変えるだけで、一日中母からの煩い小言を聞かずにすむ。

「ふぅん。家は?」
「もう、用意しているわ。キルアも来ていいわよ」
「さっすがコウ姉!!サンキュ!!」

嬉しそうに笑ったキルアに、可愛いなぁと思いながらその髪を撫でる。
自分とは違う髪質のそれは、ふわりとして心地よい。

「キルアは実力で合格できるわよね?」
「当然!」
「じゃあ、別行動にしましょう。私が居るとどこかで安心してしまうでしょ」

コウの言葉に、キルアはうっと言葉を詰まらせた。
そんな事は無い、と断言は出来ない。
再会したばかりの大好きな姉と別れるのは嫌だが、実力を認めてもらういい機会だ。

「わかった。絶対、合格するから!」
「頑張りなさい」

にこりと微笑んだ彼女が、挨拶のようにキルアの額にキスを送る。
そして、ひらりと手を振って人ごみの中に向かってしまった。















「やぁ」

にこやかに笑った青年に、コウが訝しげな視線を向ける。
親しげに話しかけられる間柄ではなかったはずだ。
記憶にない男を前に、彼女はその表情を崩さなかった。

「どちら様?」
「忘れたのかい?」

忘れたのかと言われても、ピエロの知り合いはいない。
それを伝えれば、彼は楽しげに目を細めた。

「酷いなァ…僕はずっと、君を探していたのに」
「あのね、ナンパなら他所でやってくれる?」
「君は僕の初めての人じゃないか」

周囲の空気が凍りついた気がする。
知らず知らずの内に、コウ達を意識していた受験生が、思わず二人を凝視した。
当事者であるコウは、冷めた目で青年を見つめる。

「その奇抜な格好に加えて妄想癖があるようでは、世間から切り離されそうね」
「妄想じゃないさ」
「じゃあ、人違いよ」
「僕が君を間違えるはずがない」

埒が明かない。
コウは周囲を一瞥し、クイッと隅の方を顎で指す。

「移動しましょう。衆人環視の中でする話じゃなさそうだから」

有無を言わさぬ鋭い視線を向けられても、彼はその笑みを崩さなかった。
OK、と笑った彼が率先して前を歩く。
まるでモーゼの十戒のごとく、人垣が左右に割れて二人の道を作った。
場所を変える程度ではあまり意味はないかもしれないけれど、ど真ん中よりはマシだろう。
彼女の言ったとおりに隅までやってきた二人。
コウはまだこちらに寄ろうとする連中を睨みつけた。
射殺さんばかりのそれに、おずおずと離れていく。

「…で、あなた誰」
「僕はヒソカ」
「私はコウよ。残念だけど、名前を聞いても覚えはないわ。人違いよ」

そう言った彼女に、青年、ヒソカは笑みを作った口を動かさなかった。
間違いであるはずがない、と言いたげな姿勢に、コウは深く溜息を吐き出す。

「大体、初めての人って何なの」
「それは俺も気になるね」

第三者の声がした。
とはいえ、近付いてきていることは知っていたから、大して驚いたりはしない。

「…ギタラクル…目立つわ」
「元々、この格好だから目立ってるよ」
「あなたじゃない、私よ。迷惑だって言ってるの」

立っているだけで好奇の視線を集める二人に、軽い頭痛を覚えた。
もう嫌だ、と始まってもいないのに文句を言いたくなる。

「…後は任せたわ、ギタラクル」

そう言うと、コウは全てを彼に丸投げした。
その返事を聞く前にその場から消える。
ただ速く移動しただけだが、普通の人間には消えたように見えただろう。

「…知り合いかい、イルミ」
「俺の片割れ。で、どう言う事?」
「ヒミツ、だよ」

クククッと笑うヒソカに、ギタラクルことイルミは、心中で訝しむ。
表情に出なかったのは彼が暗殺者だからか、ギタラクルの顔が原因か。
これ以上喋りそうにない彼に、イルミは早々に追及を諦めた。
いずれ明らかになるだろう。

「ずっと探していたからね…今日はいい日だ」
「ずっとってどれくらい?」
「20年」

その数字に、僅かにイルミの空気が変わった。
少なくとも、何か思う所があったことは確かだろう。
ふぅん、と言う相槌にも似た声は、これで話は終わりと告げているようにも聞こえた。

09.09.12