Ice doll   --- sc.056.5

「―――カ。クラピカ!」

強く名を呼ばれ、ハッと我に返る。
声のした方を見れば、心配したようなゴンが見えた。
その隣では、「寝てんのか?」と失礼なことを口に出すレオリオ。

「…いや、すまない。少し…考え事をしていた」

首を振り、静かにそう答える。
しかし、それは彼らの疑念を拭い去るには不十分な返事だった。

「ううん。それより、どうしたの?何か変だよ?」
「そうだぜ、クラピカ。急に走り去って、その後戻ってきてからずーっとそんな調子じゃねーか」

即座にそう返してくる二人。
クラピカは、彼らを見つめ、やがて小さく溜め息を吐き出した。
心を落ち着かせようと思っても、すぐにあの事を考えてしまう。

「………話してよ、クラピカ」

真っ直ぐな目を向けられ、それを断ることなど出来ようか。
諦めたように…いや、何かを決めたように、彼は重い口を開いた。

「…ルシア」
「ルシア?誰だよ、それ」

怪訝そうな表情を浮かべるレオリオに、クラピカは少しだけ瞼を伏せる。

「ルシアが…コウだった…」
「え、コウさんが見つかったの!?」

かすれるようなクラピカの声に反応したゴンは、その顔に笑みを浮かべている。
クラピカがコウと言う女性を探していることは、前に聞いた。
その時の表情から、彼にとって本当に大切な人なのだとわかっていたのだ。
だからこそ、彼女が見つかったということは素直に喜べることのはず。
けれど、クラピカの表情は翳っている。

「…見つかったわけじゃ…ないの?」
「………わからない。私にも、何がどうなっているのか…」

一瞬だけで彼女だと言い切れるかと問われれば、即座に頷くことはできない。
もちろん、自分は彼女だと信じているのだが…それは、希望的なものが関係している。
見た目はルシアだったけれど、あの金髪は。
彼女のそれは、緋の眼発現時でなくとも美しい。
言うならば自分だって同じ金髪なのだが、まったく違うのだ。
あんなにも美しい金髪をした人を、他に見たことはない。
そんな彼女が…見知らぬ男に寄り添うようにして、消えた。
あれは、自分の願望が見せた幻だったのだろうかとも考えた。
しかし―――

クラピカは、懐からプレートを取り出した。
あの場で見つけた、45番…ルシアのプレート。
コウが消えた場所で、ルシアのプレートが見つかり、本人の姿はない。
それが、答えだった。

「コウさんじゃなかったの?」
「そうだと思うが…消えたんだ」
「消えたァ!?人間が消えるかよ、普通!」

大きく声を上げる彼に、クラピカは溜め息を吐き出した。
世の中は広いのだから、人間が消えることに対してどうこう言うつもりはない。
問題はそこではないのだ。

「居なくなったのは事実だ。それよりも―――」
「その、ルシアって誰?」
「ゴンは知らなかったのだな。キルアとは知り合いらしいが」

そこで、ハッと気付く。
そうだ、キルアならば何かを知っているかもしれない。

「…もしかして、あの人かな。ヒソカと仲が良いみたいだった、女の人」
「…そう言えば、何度かヒソカと行動を共にしていたな。恐らくそうだろう」
「じゃあ、キルアか…ヒソカに聞けば、何かわかるんじゃない?」

ゴンの声は、いつもと変わらない。
その平静さによって、クラピカの精神も少しずつ安定してきた。

「そう…だな。この試験が終わったら、どちらかに聞いてみようと思う」

いくらか落ち着きを取り戻した表情でそう言う。
そして、ありがとう、と小さく呟いた。












「ヒソカ」
「君の方から声をかけてくるなんて、珍しいね」
「コウは?」

気配なく現れたギタラクルは、ヒソカの言葉を無視するように自分の用件を述べる。

「…あぁ、いないみたいだね」

ヒソカ自身も気づいていたらしく、あっさりとそう答えた。
そんな彼に、ギタラクルは表情を変えない。
しかし、どことなく苛立っていると感じるのは、気のせいだろうか。

「殺られた?」
「それはないと思うよ。コウには蜘蛛がついてる。君も、珍しく助けたみたいじゃないか」

そう言ってヒソカがギタラクルの背中を指す。
出会ってから一度も背中を見せていないのに、背に負った傷に気付いていたらしい。
ギタラクルの考えを理解したのか、ヒソカは「血のにおいがする」と告げた。

「…母さんが欲しがってるからね。勝手に死なれると困る」
「本心かい?」
「それ以外に何か?」
「………ま、そう言うことにしておいてあげるよ」

彼に感情云々の会話を求める方が間違っていると感じたのだろう。
ヒソカはあっさりと引き下がった。

「僕も、彼女を殺されるのは嫌なんだ。だから―――」

ヒュン、とトランプが飛んだ。
軌道を見せない速度で移動したそれが、何かに突き刺さる鈍い音が聞こえる。
同時に、外へと溢れ出た血の匂いがその場に充満した。

「気付いてたの?」
「もちろん。アイス・ドールが参加してるって情報が流れたみたいだね。これで4人目だ」
「俺も、受験生じゃない奴を3人」

鬱陶しい、と呟く彼。
ギタラクルことイルミは、滅多な事がない限りは無償の殺しなどしない。
むかついた、などと言う自分に関係していることならばまだしも、他人の為には動かない。
そんな彼が3人。
結構な数じゃないか、と心中で笑う。

「情報なら、蜘蛛も掴んでいるはずだ。そうなると…コウを連れ帰ったのは団長だね」
「…そう。生きてるならいいよ」

ギタラクルは、そう言い残して迷いない足取りでヒソカの元を去る。
四次試験はまもなく終了を迎えようとしていた。

08.09.27