Ice doll --- sc.058
結局の所、フェイタンの拷問により洗いざらい吐き出した侵入者。
見るも無残な最期を遂げたのだが、それを気にしている暇はなかった。
賭けはフェイタンとフィンクスの勝ち。
つまり、侵入者はコウを狙ってこのアジトへと侵入してきたのだ。
一時間以内にそれを吐かせたフェイタンは、続けてこう話した。
「あの男、変な気配だたね。誰かに操られてここに来たよ」
操作系の能力者に操られていたのだろう。
それを知ったコウは、すぐに操作系の能力者であるシャルナークと連絡を取った。
そう遠くない場所に居た彼がやってきたのは5時間後。
すでに物言わぬ骸と化していた侵入者を見下ろし、溜め息を吐き出す。
「能力者に操られてるってわかったなら、生かしておいてくれないと。
死んでるんじゃ、何も調べられないよ」
相手の能力者の念は消えるが、シャルナークは死体を操ることは出来ない。
死体が語る真実と言うものもあるだろうけれど、生憎とその方面には詳しくはないのだ。
「とりあえず、団長にも連絡したし…問題ないんじゃないかな」
「そう?」
「操られてる気配を悟らせるようじゃ、大した実力じゃないよ」
クロロが戻れば何の問題もない。
シャルナークは現状をそう判断した。
傍らで話を聞いていたフィンクスやフェイタンも、その通りだな、と頷く。
我らが団長の敵になるような人間など、世界を探してもそう多い数ではないのだ。
「とにかく…コウは一人にならないように。大した実力者じゃないにしても、コウよりは強いかもしれないからね」
「ええ」
「ハンター試験の時に流れた情報が広がってるから、暫くは大人しくしてる方がいいよ」
何かが起こってからでは遅いのだ。
以前イルミに攫われた時のことを思い出し、コウは神妙な表情で頷く。
あの時痛感した無力感は、今でも忘れられない。
なんて弱いんだろう―――その悔しさを胸に頑張ってきたけれど、まだまだだ。
絶対的な経験不足は否めない。
「それと、まだ裏が取れてない情報だけど…コウの片割れ、数年前にオークションに流れたみたいだね」
シャルナークの告げた内容に肩を振るわせるコウ。
片割れ―――共に生を受けた、双子の一人。
兄なのか姉なのか、妹なのか弟なのかも知らない。
オークションと言う言葉に、コウは表情に影を落とす。
「目が飛び出るくらいの値が付けられたって話。嘘か本当かはわからないけど」
「それで、今は…」
「さぁ。生きてるか、死んでるか…情報はゼロだね」
首を振るシャルナーク。
コウは、そう、と呟き、口を閉ざした。
生きているとしたら、自分はどうするのだろう。
探し出す…のだろうか。
いや、しかし…探し出したとして、どうするのだ?
初めましてと微笑むのか、ごめんなさいと謝るのか。
どちらも違うような気がする。
「馬鹿なことは考えんなよ、コウ。生きてたとしても、お前みたいに生活してるなんてありえねぇからな」
黙り込んだコウの様子を見かねたのか、フィンクスがそう声を上げた。
釘を刺しておかなければ、彼女は無謀に走り出しかねない。
その危うさを持っていることを、ここに居る誰もが理解している。
「人間オークションに集まる連中に人間はいねぇ」
そう断言した彼に、冷たい何かがスッと背筋に落ちるのを感じた。
人を殺しても何とも思わないような彼らが「人間ではない」と思う。
それは、よほどのことだ。
自分がそこに居たかもしれないと思うと、身体が芯から震えそうになる。
いや…それは決して、他人事ではない。
コウの未来も、安全を約束されているわけではないのだから。
「…絶対に、一人になっちゃ駄目だよ」
言い聞かせるように真剣な表情で告げるシャルナークに、コウは唇を結んだまま頷く。
まだ、死ぬわけにはいかない。
まだ、人を捨てるわけにはいかない。
いつの日か…生き残ってくれた彼と、本当の意味で再会しなければならないのだ。
そこから先はわからないけれど、今はただそれを目標に生きている。
ここを終わりには出来ない。
「わかってる」
自分に言い聞かせるように、コウは強く頷いた。
開け放たれた窓から戻ってきたクロロは、部屋の隅に放置されたそれを一瞥する。
それから、コウの傍へと足を向けた。
上から下までじっと彼女を見つめてから、納得するように頷く。
「何をされたわけでもないようだな」
「ええ、大丈夫」
「シャル。相手は探せそうか?」
「難しいね。どの道、これで諦めたとは思えないし…向こうだって、こんな弱い奴で成功するとも思ってないよ」
つまり、次のアクションがあるはずだ。
そう考えるシャルナークに、クロロはそうだな、と同意の声を上げた。
「全員に召集をかける?」
「いや…どの道、ヨークシンのオークションで召集をかけることになるからな」
何度も召集をかける必要はない、と言うことだろう。
「単独行動は禁止だ。暫くはホームから出るな」
「シャルにも言われたわ」
「相手の念を感じたのはフェイタンだけか…。気になる奴がいたら、即捕まえて来い」
クロロの言葉にフェイタンが僅かに口角を持ち上げる。
「制限は?」
「しない。関係あろうがなかろうが、怪しいと思ったら連れて来い」
幻影旅団を率いる団長として、違和感のない低く冷静すぎる声。
改めてそれを目の当たりにし、コウは静かに口を噤んだ。
自分は、平穏を望めるような人間ではない。
けれど…生きていたいと願う。
いっそ、探したままで一生を終えた方が幸せだったかもしれない。
それでも、無事に生き残った姿を見てしまった。
だからこそ願ってしまう、本当の意味での再会。
その為にも、死ぬわけにはいかなかった。
「団長、私…」
コウは何かを言おうとして、しかし口を閉ざす。
どう言えばこの自分勝手な感情を伝えられるだろうか。
言葉を捜す彼女に、彼は静かに口を開く。
「わかっている」
彼はただ一言、そう告げ、そっとコウの頬を撫でた。
08.11.01