Ice doll --- sc.065
子供たち二人は、やはりエリスバークから送り込まれていた。
そして、彼らはエリスバークの居場所を知らない。
時折与えられる仕事の時も、現場までの移動の記憶は身体にも残されていなかった。
パクノダが調べたのだから、まず間違いはない。
「手段は一つ。彼らが任務を終わらせる事よ」
「…と言う事は、今回の場合はコウを捕獲する事か…」
「ええ。この子達二人が、任務が終わったと認識する事が、帰還の条件ね。
恐らく、認識すると同時に誰かの念能力が発動して、操られるみたい。帰っている最中の記憶はないわ」
彼女はそう答えた。
少しばかり間をおいて、クロロが口を開く。
「ならば―――」
「すべき事は一つね」
クロロの声を遮るようにして、コウがそう言った。
彼女の目からは迷いが消え、真っ直ぐにクロロを見つめている。
「囮だ。わかっているのか?」
「ええ。それが必要だと言う事も」
「…精神を囚われると言う事は、危険を伴う。それもわかっているか?」
「大丈夫よ。精神は“置いていくから”」
そう言った彼女の瞳が変化する。
緋の眼を発現させた彼女は、指輪から氷の霞を生み出した。
メンバーが注目する中、冷気を纏う霞が彼女の身体をすり抜ける。
霞が色を持ち、コウ本人とまったく同じ姿へと変化した。
それが目を開くのにあわせ、彼女の身体が膝から崩れ落ちる。
危なげない動作で彼女の身体を受け止めたクロロが、感心したように呟いた。
「コピーに移したのか」
「ええ」
コウ・コピーがそう答えた。
すると、クロロが納得したように頷き、コウ本人を椅子に座らせる。
「ちょっと待ってくれよ、団長」
「どう言う事か、説明するね」
クロロ以外は彼女の念能力を知らない。
いや、この念能力をと言うべきだろう。
もう一つ、腕相撲で勝ってしまうような能力を持っている事は知っているけれど。
あぁ、と納得したクロロは、確認するように彼女を見た。
「大まかにはコピー能力だと思ってくれていいわ」
詳細は伝えないけれど、誰からもそれを求める声は上がらない。
自身の能力を知る者が多いほど危険な世界を生きているのだと理解しているからだ。
事実、コウのコピーが彼女の意思なく消滅すれば、コウのオーラは一時的とは言え半分まで減ってしまう。
念能力者にとって、オーラが不足する事は命の危険と同意だ。
「一つだけ確認しておくが…本体が死んだ場合はどうなる?」
「…死ぬ、と思ってもらった方がいいわ」
正しくはそうではないけれど、状況によってはそれと同意である。
詳細の説明を拒んだ彼女の答えに、クロロはそうか、と頷くだけだった。
「…守ってくれるでしょう?」
コウはクロロを見つめ、そう問いかける。
強気な眼差しは自信に満ちていて、彼への信頼の深さが見えていた。
「アイス・ドールを手放すつもりはないからな」
「それなら大丈夫。やりましょう」
そう言った彼女が、指示を仰ぐようにパクノダを見る。
その視線に頷き、彼女は子供たちのところへと歩いた。
「この子達の能力は、二人で一つ。一人が空間を作り、もう一人が固定する。
そこに閉じ込めた時点で、精神を捕獲した事になるみたいね」
「目隠しを解け」
二人の後ろに居たフィンクスとフェイタンが目隠しの布に手をかけた。
シュル、とそれが解け、二対のコウとよく似た紺碧色の目がクロロを見上げる。
クロロは感情の見えない目で彼らを威圧的に見下ろした。
「話は聞いていたな。お前たちの仕事を完了させてやる。
ただし、不必要な行動を起こせば、その瞬間に片割れの首を刎ねる」
わかったら、一度だけ頷け。
冷たい言葉に、彼らの首がこくんと一度縦に揺れた。
突然消えたとしても気配を追う事は出来る。
コウの身体にはごく一部の精神しか残っていない。
それを幻術の中へと絡み取り、子供たちは目を合わせた。
「「成功」」
小さく呟く声が引き金となり、二人の様子が変わる。
まるで糸が切れるように脱力した彼らの目には何も映っていなかった。
そこに居る誰も認識していない様子で、片方が彼女をひょいと抱え上げる。
もう一人が扉を開き、二人が走り出した。
クロロの視線がメンバーを一巡する。
タ、と走り出す彼に続き、彼らもまた、アジトを飛び出した。
決して速くはない速度で走る子供の背中を追う。
成人女性を一人抱えている子供とは思えない、危なげない足取り。
そうして、町を抜け山を越え…数時間が経過した。
片手に持ったケータイに視線を落としながら走るシャルナークが何かに気付いたようだ。
「もしかすると、次は船かな」
彼がそう呟いた矢先、子供たちが森を抜けた。
追うように木々をすり抜けた先に広がっていたのは、大きな湖。
「この辺一体、エリスバークの所有地だ。S級ランクの獰猛危険動物が生息していて、迂闊には入れないけど」
どうやら手に握っていたケータイには地図を出していたらしい。
「危険動物なんざ、尻尾も見なかったぜ?」
「要するに、ゾルディックみたいに番犬代わりにしてるんだよ。
あの子達が帰るときには襲わないようにしつけられてるんだよ、きっと」
「―――船ね」
前を見ていたパクノダが呟く。
子供たちがクルーザーに乗り込んだ。
自動で動き出したそれが水面を走る。
湖の際で足を止めたクロロは、それが向かう先を見つめながら手の平にスキル・ハンターを出現させた。
ぺらぺらとページを捲り、念を発動する。
「行くぞ」
クロロがそう声をかけ、躊躇いなく水面に一歩目を踏み出した。
彼の靴底が水面に触れると同時に、そこから半径1メートルの距離に氷が張る。
そうして先頭で足場を確保する彼に続き、一人二人と湖へと進んだ。
09.09.26