Ice doll --- sc.060
すべてが同じだと思っていたけれど、やはり何かが違う。
違和感を拭い去る必要はなく、寧ろその原因を追究すべく、コウは村の中を歩いた。
とりあえず、と入り口に程近い家のドアに手をかけたけれど、それはピクリとも動かない。
無言でドアノブを見下ろしてから、他の家でも同じ動作を繰り返していく。
結果、どれ一つとして、ドアが開くものはなかった。
「…つまり、能力者は外からの光景しか知らない、って事ね」
外から村を眺めただけなのか、あるいは村の中を歩いただけなのか。
どちらにせよ、どの家にも踏み込んでいないことは確かだ。
当然のことながら村の住民と言う線は消えた。
招かれざる客の可能性が浮上してくる。
少なくとも、招かれた客だったならば、村長の家には入っている可能性が高いからだ。
「それにしても…考えているわね」
綻びが出るかもしれない場所は、見せない。
事前に防ぐことにより、それを覆い隠してしまっているのだ。
さて、とコウは軽く腕を回す。
まるで準備運動のような動作をしてから、目の前のドアを見る。
次の瞬間―――彼女はそのドアに向かって驚くべきスピードで回し蹴りを食らわせた。
バァンと派手な音を立ててドアが開かれる。
開かれた向こう側に家の中の風景が見える、その直前。
世界がぐにゃりと歪んだ。
そのドアの中の風景こそ、今回の幻術を解く鍵となるもの。
能力者が知らぬ現実の風景は、どんな能力者であろうと生み出すことは出来ない。
故に、無理やり抉じ開ければ、そこが探していた綻びとなる。
ドアが破壊されなかったのは、それがかなりの強度を持っていたからだ。
その先が鍵となってしまうことを理解し、強化していたと思って間違いはない。
彼女の蹴りを食らって、普通のドアが破壊されないことなど、ありえないからだ。
パチッと瞬きをすれば、不愉快な浮遊感が終わり、目の前に現実が戻ってきた。
自分を見下ろす二人の人物は、記憶通りの格好でそこにいる。
「コウが破るのが一番早かったね」
シャルナークの笑顔がコウを迎えた。
彼の言葉の意味するところを理解した彼女は、静かに頷く。
この場にシャルナークとクロロがいて、フィンクスとフェイタンが居ない理由は一つ。
彼らは、例の侵入者を捕らえに行ったのだろう。
円を使って状況を探れば、高速と呼ぶに相応しい速度で移動する彼らを察知することが出来た。
侵入者を捕らえるのも時間の問題だろう。
「脳を操作する幻術だったみたいだね。どんなのだった?」
屈託のない表情で尋ねられる。
コウは苦笑を浮かべてから口を開き、ただ一言「あの村の」とだけ答えた。
それだけで、彼には全てが伝わっただろう。
「そっか。…よく頑張ったね」
えらいえらい、とまるで幼子にするように、コウの頭を撫でる彼。
しかし、その手のぬくもりに、ストンと肩の重石が落ちたような感覚を覚えた。
知らないうちに緊張していたのだろう。
大丈夫だと、幻術だとわかっていたけれど、やはりあの記憶はコウにとっては辛いものなのだ。
そうしている内に、出て行った二人が近付いてくるのを感じた。
コウが感じた時には、すでにクロロやシャルナークもそれを悟っていたのだろう。
特に目立って反応することなく、気配が近付いてくる方へと視線を向ける。
壊れた窓の所から、まずフェイタンが姿を見せた。
「一応、捕まえたよ」
「そうか」
「…だけど」
そう言って言葉を濁した彼は、後に続くフィンクスに場所を譲るように二・三歩右へと移動した。
丁度空いたその場所に、今度はフィンクスが姿を見せる。
腕に抱えているモノを見て、残っていた三人が軽く驚いた様子を見せた。
「これしか見つからなかたね」
フェイタンの言葉が指す「これ」と言うのは、二つだ。
いや、二人、と言うべきなのだろう。
ぐたりとした様子で身体を折り、背後からフィンクスに腹を抱えられている。
顔が見えないけれど、その背格好だけでまだ子供だということがわかった。
「黙らせてきたのか?」
「いや、勝手に寝てた。こいつらしか居なかったんだよ。まさかとは思ったんだけどな…一応、連れて来た」
腕が空いていたならば、きっと頬を掻いていたのだろう。
そんな感じの口調で答える彼に、クロロは何かを考えている様子で黙り込んだ。
一方、沈黙したままのコウは、腕に抱えられている子供二人を見て、軽く眉を寄せている。
サラリと癖なく流れる金髪は、どこにでもいるようなそれではない。
言うならば…自分の金髪とよく似ているような気がした。
「団長、どう思う?多分、間違いないと思うんだけど」
「あぁ。子供だからと言って除外する必要はないな。恐らく、こいつらだろう」
クロロはシャルナークの問いかけにそう答え、立ち上がってフィンクスへと近付く。
そして、金髪を掴んで一人の顔を上げさせた。
情けも容赦も感じない彼の行動に、コウが冷めた表情を見せる。
彼の行動を咎めているわけではない。
子供だからと言って油断できないということは、すでに知っている事実だ。
キルアだって、12歳で立派な殺し屋なのだから、この世の中に子供は弱いという常識はない。
顔を上げたことにより、おおよその年齢がわかる。
恐らく、まだ5歳程度だ。
とりあえず年齢が見えたところで、子供の瞼が揺れた。
パチッと音がしそうなほどに勢いよく見開かれる目。
同時に、もう一人もパッと顔を上げた。
クロロが無言で彼らを見下ろし、髪を掴んでいた手を離す。
彼が壁になっていたことにより、コウからは子供たちの顔が見えていなかった。
「シャル」
「何?」
「マチは近いか?」
「そう言えば、来るって言ってたね。もうすぐなんじゃない?」
「…フェイタン、一人代わってやれ。マチが到着次第、マチに任せていい」
起きた彼らをフィンクス一人に任せようとしないのは、二人の能力をある程度警戒しての事だ。
文句を言わずに子供を一人受け取り、背中で腕を束縛する。
フィンクスも同様にして動きを取れないようにと固定した。
そこで、クロロが漸く壁になるのをやめた。
コウの位置からも子供たちの顔を見ることが出来るようになる。
彼らの顔を見るなり、彼女は軽いデジャヴを感じた。
そして、彼らもまた、彼女を見つめている。
その表情は喜びであり、嬉しさであり…とにかく、負の感情は全く見られない。
「や「許可なく喋るな。二度目はない」」
何かを言おうと口を開く彼ら。
しかし、単語一つどころか、音を一つ発した時点で、クロロの声が重ねられた。
有無を言わさぬ声色に、口を噤む彼ら二人。
コウはそんなやり取りをぼんやりと眺めながら、感じたデジャヴの意味を探していた。
08.11.26