Ice doll   --- sc.057

「見つかるかな」
「見つかるよ、きっと」
「会えたら…どうしたい?」
「そうだな…。ぎゅっと抱きしめてほしい」
「うん。そうだね」
「…頑張ろうね」
「うん、頑張ろう」

小さな手に握られた、古ぼけた写真。
その中では、金髪の女性が、無表情に空を仰いでいる。
少年たちは顔を見合せ、互いの意思を確認する。
頑張ろう、そう繰り返し、彼らはタタッと走り出した。
















何気なくホームに集まるメンバーも、各々の生活ペースを崩したりはしない。
いつの間にかいなくなっていること自体は、そう珍しいことではなかった。
人間付き合いが得意な者もいれば、一人を好む者もいる。
団長であるクロロもまた、メンバーに召集を義務化したりはしない。
好きな場所で過ごし、用があると呼んだ時には戻ってくればいい。
帰る場所のないコウは、自然とクロロと行動を共にする。
誰かがそう定めたわけではないけれど、いつの間にかそうなっていた。
コウ自身もそれを拒んでいない。
ハンター試験から戻ってからも、その行動に変わりはなかった。
少し変わったことと言えば…前にも増して、笑わなくなったこと。
仲間に溶け込むようになって見せるようになった、本来の表情であろう、穏やかな笑顔。
それが、再び心の奥へと隠れてしまった。
ふとした時に見せるのは、どこか悲しげで…困ったような、小さな笑みのみ。





「コウ」

不意に、クロロがそう言ってコウを呼んだ。
本から顔を上げた彼女は、じっと彼の言葉を待つ。

「少し出てくる」
「行ってらっしゃい」

自分が行かなければならない時は「行くぞ」と言うはずだ。
行ってくる、と言うことは、コウは留守番と考えて、まず間違いはない。
白いファーのついたコートを羽織り、ホームを出て行く彼を見送る。
今日は誰も来ていない。
シン、と静まったホームの中。
そのまま本を読んでいることも出来たけれど、何となくそれを手放した。
数時間同じ格好でいた所為か、節々が軽く悲鳴を上げる。
んー、と背筋を伸ばせば、パキッという若者にはあるまじき音。

「どこに行ったのかしら」

そんなことを呟く。
本を読むのをやめるならば、一緒についていけばよかったかもしれない。
これから何をしようか…と考え、暫くしてから、シャルナークから譲り受けたパソコンの前に座る。
指先でそれを操作し、電脳ページを立ち上げた。
カタカタとキーを打ち、裏通りのページを開いて出品されているものを確認する。
これと言った物があるわけではなかったけれど、時間つぶしには丁度良かろう。

「悪魔の眼…か」

適当に目に付いた商品を落としていく。
幸い、初めの方に表示される商品が多く、時間はかからなかった。
3時間後には、数十個の箱が部屋の中に乱雑に積まれていると言う状況が出来上がる。
自分が欲しいものは一つもなく、メンバーの誰かが呟いていたものばかり。
顔を見せた時にでも渡せばいいだろう、と部屋の隅に積んでおく。
パソコンを閉じ、ぎしぎしと音のなるベッドに腰掛ける。
特にやることもないと判断したコウは、そのまま瞼を閉じた。















バッとコウが身体を起こす。
膨れ上がる警戒心をそのままに、部屋の隅々まで視線を投げた。
一人で残る時には、必ず建物を囲うように円を使うよう命じられている。
侵入者にいち早く気づく為だ。
その警戒網に、何かが引っかかった。
一人、ではない。
何かを探しているのか、その人物は、一階の入り口付近から一つ一つ部屋を確認している。
互いの円が重なり合った感覚がないと言うことは、相手はそれを使っていない。
素人だな、と判断し、少しだけ警戒心を抑える。
この部屋でじっとしていれば、いずれはここまで辿り着いてくるだろう。
4階の一番奥の部屋にいるコウは、ふむ、と腕を組んだ。

「クロロが帰ってきてくれたら、話は早いんだけど…」

片付けてしまっていいのだろうかと、少し悩む。
前に、侵入者を自分で処理して報告せず…一週間後、それを知られて小言を言われた。
そうしているうちに、侵入者は二階へと上がってきたようだ。
とりあえず…と腰を上げたところで、ふと自分の円に重なる円。
侵入者を中心に膨らんだものではなく、別の場所からのそれ。
なじみのある気配に、コウは人知れず安堵した。

「コウ」

窓ガラスのない窓の方から声が聞こえた。
振り向いたそこにいたのは、先ほどの円の主であるフィンクスだ。

「久しぶりね」
「おー。…丁度良かったらしいな」
「うん。どうしようか?」

首を傾げて、侵入者の処遇を問う。
彼は悩む素振りも見せず、ほうっておけ、と告げた。

「今日はフェイタンと来たからな」
「って事は…」

すでに、彼がそちらに向かっていると言う事なのだろう。
哀れな侵入者―――楽には死ねないであろうその人達を思い、肩を竦めるコウ。
気配が一つ、消えた。
いや、そこに身体があることに変わりはないのだ。
ただ…命のともし火が消えた。

「一人片付いたな」

同じものを感じ取っているのだろう。
フィンクスの言葉に、コウは頷いた。

「今回のは迷い込んだ奴だと思うか?それとも、お前狙いか?」
「さぁ…どっちかしら。フィンクスはどっち?」
「お前狙い」
「じゃあ、私は迷子の方ね。あなたが勝ったら、そこの箱から好きなのをどうぞ」

彼が気に入るものも落としてある。
積み上げられた箱を指した彼女に、フィンクスはニヤリと笑った。
こうした軽い賭け事は嫌いではない。
命のやり取りよりも簡単で、でも賭ける物によってはちょっとしたスリルを味わえる。

「今回は何の賭けね?」

扉から入ってきたフェイタンがそう問いかけてきた。
迷子か、コウ狙いか。
フィンクスが簡潔に答える。

「勝ったら好きなのを持ってけとさ」

親指で指した先に箱の山があるのを見て、フェイタンがコウを見た。

「私とも賭けるね」
「はいはい。じゃあ…侵入者の口を割らせるまでの時間。私は一時間以上でどう?」
「一時間…賭けにならないね。鋏を借りてくよ」

ならないと言いつつも、成立したらしい。
無造作に置かれていた鋏を持って部屋を出て行く様子を見ると、それを探しに来ただけらしい。
数秒後、この世のものとは思えない悲鳴がホームの中に響いた。

「…哀れね」
「…まったくだな」

二人して顔を見合わせ、すっと視線を逸らした。

08.10.12