Ice doll   --- sc.055

イルミの気配が消え、コウは静かに息を吐く。
その時、不意に彼女のケータイが小さく震えた。
一向に震えを止めようとしないそれは、メールではなく着信だ。
相手を確認して「おや」と思う。
随分と珍しい相手からの電話だ。
ボタンを押し、耳にそれを押し当てる。
はい、と答えるよりも先に、鼓膜に音が伝わった。

『今どこだ?』

どこか焦るような声に、コウはどこだろう、と思う。
そして、自分の現在地がゼビル島だということを思い出した。

「ゼビル島だけど…わかる?」

そう言うと、相手…フィンクスが、電話口から遠のく。
ゼビル島だ、と告げる声が少し遠くで聞こえ、誰かに伝えているのだとわかった。

『よく聞け、コウ』
「うん」
『アイス・ドールが狙われてる。ハンター試験に参加中っつー内容の書き込みがあったんだ』

彼の言葉に息を呑んだ。
まさか、とは思わない。
寧ろ、なるほどと納得できた。
続きを告げようとするフィンクスの向こうでシャルナークの声が聞こえた。
解析できたから、代わって。
遠いけれどもギリギリ聞こえる音量の声が、電話越しに聞こえた。
フィンクスの声が離れ、その代わりにシャルナークの声が近づく。

『ケータイの座標を探したから、すぐに迎えに行く』
「って言っても、試験が途中なんだけど…来るの?」
『悪いけど、試験は諦めて。今回は相手が悪いから』

何となくわかっていたことだ。
ある程度の相手であればコウ自身で対処できる。
彼女の実力は正しく理解しているのだから、問題ないと判断すればクロロが止めるだろう。
彼が止めていないということは、彼女では実力不足と判断されたことになる。
コウは反論の言葉を飲み込んだ。
幸いというべきなのか、ライセンスを取る目的はすでに見つかっている。
クラピカを探すのに、多少なりとも便利かもしれないからと資格を取ろうとしただけなのだ。
目的を達成した今、是が非でもそれを取らなければとは思わない。

「―――わかったわ」

折角ここまで…とは思ったけれど、コウは頷いた。
向こうから、よかった、と言う声が聞こえてくる。

『えっと、迎えに行くのは―――え、あぁ、うん。コウだよ。座標が絞れたから』
「シャル?」
『ごめん。迎えに行くのは団長。すぐに行くから、周りに人が居るなら場所を移動しておいて』
「単独行動だからそれは平気だけど…」

そう言うと、それなら、と彼の声が離れる。
その3秒後、コウは背後に気配を感じた。
何の前触れもなく突然現れたそれに一瞬膨らむ警戒心。
しかし、気配の主を悟ると同時にそれが飛散してしまったのは、条件反射というものなのだろう。

「クロロ…」

彼の念能力である、スキルハンターを片手に持ったままの彼がそこにいた。
何人かのメンバーが揃っていたからなのだろう。
きちんとオールバックに整えられた髪が、彼の印象を変える。

「…怪我はないようだな」
「ええ」

頬を手の平で撫でられる。
その感覚に僅かに目を細め、コウは頷いた。
いくぞ、と抱き寄せられそうになったところで、彼女は一旦それを拒む。
訝しげに細められるクロロの視線を感じつつ、付けていた赤いプレートを外した。
人差し指の上でくるくると回してから、それを地面へと落とす。
運がよければ誰かが拾うことになるだろう。
少し背の高い草の所為で見つけるのは困難かもしれないけれど。
草の中に落ちたそれを見下ろしていると、不意に髪を引っ張られるのを感じた。
そして、するっと自分の髪ではないそれ…ウイッグがすり抜ける。
その下から、地毛である見事な金髪が姿を見せた。

「ちょっと…何するの」

誰も居ないことはわかっているけれど、無用心だろう。
そう思ってクロロを見るが、彼は気にした様子もない。

「必要ない」

そう答えるのと同時に、金色の髪を梳く。
何がお気に召したのかはわからないが、彼はこの髪が好きだ。
もちろん緋の眼を発言している時の姿は、それこそ宝物のように扱われるのだけれど。
それとはまた違い、けれども慈しむように触れる。

「―――団長」

早く、とは言わなかったけれど、それを促すように彼を呼ぶ。
答える代わりに、彼に二の腕を引っ張られた。
もう片方の手にはすでにスキルハンターが握られており、特定のページが開かれている。
便利な能力だな、と思った、その時。

「…団長」

コウが顔を上げて彼を見る。
彼の方もそれに気付いているようだ。
一瞬視線を動かすが、すぐに興味は削がれたように視線を戻す。
だが、彼女の方はそうもいかないらしく。
意識がそちらに向いてしまっているのか、クロロのコートに手を当てて距離をとろうとしてしまう。
第三者の気配があるのに、近すぎては上手く対処できないと考えているからだろう。
もちろんクロロがそれを許すはずもなく、逆に強い力で引き寄せられた。

「目標物、シャルナーク。座標―――」

この能力のための制約か何かなのだろう。
そう呟くクロロの声が聞こえ、大丈夫だろうと肩の力を抜く。
攻撃を仕掛けられたとしても、問題はない。
そう判断したからこそ、クロロはその人物を放置することにしたのだ。
それならば、とコウもその考えに従う。
無理に離れようとはせず、彼の意思のままに動く。
オーラが一定の揺れを感じさせ、次に世界が揺れ始めた。
いや、世界が揺れているわけではない。
二人を囲む空気が小さく振動しているのだ。
これが移動なのか、と初めての感覚に感心する。
オーラの最高潮へと達し、クロロ以外の世界が消える。

「―――コウッ!!」

聞こえた声は、誰の物だったのだろうか。













パチッと瞬き1回分。
次に目を開いた時には、明るい森の中ではなかった。
薄暗い部屋の中にはいくつもの気配がある。
しかし、どれもコウにとっては馴染み深いもので、警戒心はなかった。
背中を支えていたクロロの手が離れていく代わりに、一番近くに居たシャルナークが近づいてくる。

「お帰り。折角四次試験までいけたのに、残念だったね」
「…ただいま。いいの、目的は達成できたから」

そう言って柔らかく微笑んだコウに、おや、と思う。

「見つかったの?」
「ええ、偶然」
「へぇ…そう言うのは多分、必然って言うんだよ」

笑うシャルナークに、そうかしれないと思った。

08.08.15