Ice doll   --- sc.054

「これはまた…見分けやすいことこの上ない、見事な赤ね」

島へと上陸したコウの第一声は、これだった。
腰の辺りにつけた受験番号のプレート。
白いプレートの上に黒い数字が書かれているのが通常のもの。
どういう仕組みなのかは知らないけれど、例のジョーカーを引いたプレートだけは色が変わる。
白が赤に、黒は白へと変化した。
つまり、赤いプレートの上に白い数字が浮かんでいると言うことだ。
元が白かっただけに、この変化はかなり目立つ。

「まぁ、こっちは守るだけで良いんだから…この程度は、耐えるべき所なのかしら」

守り抜けば合格できるのだから、目立つ程度は仕方ないだろう。
プレートから視線を外すと、脳内で狙われて危険と思しき受験生を挙げていく。
第一に挙げるのはヒソカ。
本気で向かってこられると、逃げるのに骨が折れる。
疲れる、と言う意味ではなく、本当に骨を折られかねない。
そう言う意味では、イルミも同じだ。
この二人だけは何としても避けたいところ。
そうは言っても、彼らがコウのプレートを狙う必要はない。
自分のターゲットを狩るには十分な実力を持ち合わせているからだ。
しかし…この二人は、ターゲットに関係なく、コウに仕掛けてくる可能性も考えられる。
ターゲットどころか試験すらも無関係に、ただ己の欲のままにと言う可能性だ。
自分の想像に口元を引きつらせ、慌ててそれを消し去って他の受験生を考えていく。
だが―――

「危ないのはこの二人程度ね…」

正直なところ、他の受験生ならば念を使うことなく片を付けられる自信がある。
向かってきて欲しくないと言えば、クラピカも挙げることは出来るけれど。
島の中心辺りまで移動してくると、両手で囲んでも半分も囲えないような巨木を見つける。
その枝振りを下から見つめていた彼女は、トンと地面を蹴って枝に乗った。
中心に移動してくるまでの仮定でごく自然に気配を消しているため、今のところ追って来る者はない。
良い具合の枝に移動すると、幹に背中を預けるようにしてその場に落ち着く。
この木を覆うようにして円を使っているから、誰かが近づいてくればすぐにわかる。
この所ゆっくりと休んでいないな、と思いつつ、そっと瞼を閉じた。
もちろん、完全に熟睡できるほど図太くはない。
ただ目を閉じているだけの彼女の髪を、サラリと吹き込んだ風が遊んでいく。










どのくらいの時間、そうしていただろうか。
不意に、コウはバランスを失ったように右側へと倒れていく。
そのまま枝を回るようにしてくるんと頭を下にすると、重力に逆らわずに落下した。
地面に着地する直前に身体を反転させ、足から音もなく下り立つ。
そして、自分が今まで座っていた枝を見上げた。
コウが頭を置いていた辺りに、無数に刺さっている針のようなもの。
見覚えのあるそれに、彼女は眉を顰めた。
バランスを崩したわけではなく、それを避けるためにわざと落ちたのだ。
それから、その針が飛んできた方を睨みつける。
コウを狙うことの利益はある。
しかし、十分すぎる実力を持ち合わせた彼は、コウを狙う必要がないはず。
それなのに…彼は、ここに来た。
焦るでもなくゆったりと歩いてくるイルミに、姿勢を正す。
理由は知らないけれど、ギタラクルではない。

「自分のプレートを奪われる心配なんてない人が、ジョーカーを狩りに来るなんて…欲深いわね」

彼が島に入ったのはコウの後だ。
どこでジョーカーだと言うことに気付いたのかは知らないけれど、彼の意識はプレートにある。
しかし、彼はそれに対して何も答えず、ふと視線を別の方向へと向けた。

「…?」

コウも意識の半分をそちらに向けるが、何でもないただの林が広がっているだけだ。
彼の興味を引くようなものは何もない。
不審に思いつつも視線を戻せば、そこに彼の姿はなかった。
一瞬のうちに距離をつめたらしい彼は、コウのすぐ傍にいた。
思わず身を引こうとした彼女の腕を捕らえ、しかしそれ以上は何もしない。

「…どう言う…つもり?」

訝しげにそう尋ねる。
しかし、彼が何かを答えるよりも先に、その場の異変に気付いた。

―――血の臭い。

その臭いの元はすぐ傍にある。
自分は怪我をしていないし、無意識の内に血を流していると言うこともない。
では、どこから?
この場には二人しかいなくて、自分ではないとすれば…。

「ちょっと…イルミ?」

そう呼びかけるも、彼はコウには答えようとしない。
その代わり、ヒュン、と後ろに向けて針を放った。
針が飛んでいった方向に突如として気配が生まれ、遠のいていく。
それに気付いたコウは、驚いたように目を見開いた。

「―――…逃げたね」
「いつから…」
「俺が来た時から」

こともなげにあっさりと答える彼に、コウは暫し呆気に取られた。
しかし、ハッと我に返ると、イルミの腕を掴んで身体を反転させる。
彼の肩甲骨の辺りから生えているナイフに眉を顰めた。

「…庇ったの?」

彼がこの程度の攻撃を避けられないはずがない。
恐らく自分も避けることはできただろうけれど…庇われたと言う事だけは確かのようだ。
ナイフに手を伸ばす。
しかし、その手は彼自身のそれによって止められた。

「毒が塗ってあるから触らない方が良いよ」
「毒…?」
「裏では有名な毒使いだからね、アイツは」

そう言うと、彼は自分でナイフを抜き取る。
栓を失った傷口が鮮血を噴出した。
慌てて止血をしようとするが、握られたままだった手を強く引っ張られ、血が届かない位置へと移動させられる。

「触らない方が良いって。死なないけど…動けなくなって捕まりたいの?」
「そんなつもりはないけど、でも…」
「毒じゃ死なない。それより…船から見張ってたよ。気付いてた?」

彼の言葉に、コウは船の上の視線を思い出す。
アレの主がこのナイフを投げてきた人間なのだろう。

「ハンター試験に忍び込んでるらしいね。試験を受けるようなレベルの人間じゃない。目的は―――」
「…私…?」
「アイス・ドールが生きてるって言う噂が裏に広まり始めてる」

そう告げたイルミの目が、ふと別のところを見る。
今度はコウも気づいていた。
素人の気配の消し方に気付かないほど馬鹿ではない。
動こうとしたイルミを制し、少し意識を集中する。
ざわりと身体を変化の波が走りぬけ、眼が緋色に染まった。
狩人からは、コウの目は見えない。
髪はウイッグで隠してあるから問題はないだろう。
彼女の姿がぶれるようにして、コピーが生まれる。
狩人からは、残像にしか見えなかっただろう。
瞬時に移動したコピーが狩人に迫る。
叫び声が響き渡った。





戻ってきたコピーの手がプレートを弾く。
コウはそれをイルミの服に取り付けた。

「…何?」
「庇ってくれた借りを返しておくわ」
「殺ったの?」
「……………………」

イルミの質問には答えず、コウはスッと身を引く。
そのまま去ろうとする彼女に、彼は追う様子もなくその場から声をかけた。

「ヒソカと一緒に行動しなよ。察知能力は獣並みだから」
「…わかったわ。………ありがとう」

背中を向けたまま首だけを少し後ろに向け、小さく告げる。
拉致された記憶が、素直にお礼を言うことを拒んでいるのだ。
イルミは、特に気にした様子もなく木の根元に腰を下ろす。
それを見届け、コウはその場を去った。

08.08.01