Ice doll --- sc.053
時間ぎりぎりになって姿を見せた三人―――いや、五人。
ゴン達は、無事三次試験を通過した。
アナウンスが響き渡った頃、コウはクラピカからの視線に気づく。
意味ありげな眼差しに、あえて気づいていない振りをした。
無駄だとはわかっているけれど、まだ彼に正体を明かすつもりはない。
複雑な空気を纏いつつ、受験生を乗せた船が海原へと出発した。
船に乗るなり、全員が試験官の指示に従ってくじのようなものを引く。
箱からそれを抜き取り、そこに書かれているものを見たコウは、何故かヒソカへと視線を向けた。
彼女の視線に気づいた彼が、ニコリと無意味に笑みを浮かべ、首を傾げる。
何でもない、と言う意思表示の代わりに首を振り、コウはそれを手の中に握りこんだ。
引いた札には数字が書かれている。
その数字は、今この場に残っている受験生の番号と一致しており、それがターゲットの番号となるのだ。
四次試験では、各自にターゲットが存在し、ターゲットのプレートを奪わねばならない。
しかし、ターゲットのプレートだけでは合格はできない。
誰かに狙われている自分のプレートもまた、己の力で守り抜かねばならないのだ。
ターゲット以外のプレートにも少ないながら点数があり、複数枚で合格することができる。
「尚、今回引いてもらったカードの中に、一枚だけ数字以外のものが書かれたカードが存在する。
そのカードを引いた者のプレートは、合格点数である6点だ。
引いた者のプレートは、島に踏み込んだ瞬間に白から赤へと変化する」
他とは見分けが付きやすいようになっていると言うことだ。
そのプレートさえ手に入れれば、自分のプレートを守れなかったとしても合格の可能性が見えてくる。
その説明を聞き、誰もがそのプレートに一発逆転のチャンスを見た。
説明後、一同は島への到着まで自由時間となった。
誰ともなくプレートを懐へと隠し、自分を狙う狩人の存在に警戒する。
「コウ」
「はいはい?」
「さっきの意味ありげな視線の理由を教えてくれないか?」
後ろから声をかけられることにも慣れてきた。
コウは振り向いた先で微笑むヒソカに、軽く肩を竦める。
それから、ポケットに入れていたカードを取り出し、彼に投げた。
刺さらんばかりの勢いで投げられたそれを難なく指先で受け止めたヒソカ。
そのカードの表面を見るなり、彼は笑みを深める。
「ヒソカの悪戯かと思ったわ」
「酷いなぁ。試験くらいは真面目に受けてるよ」
「今のところは辛うじて、ね」
ピンとカードが弾かれ、コウの手元へと戻ってくる。
彼女はそれを見下ろした。
白いカードの上で笑うジョーカー。
コウの引いたカードには、『数字以外のもの』が描かれていた。
「なるほど。コウのプレートは6点、と言うわけだ」
「らしいわね。狙ってみる?」
挑発めいた笑みを浮かべ、コウはヒソカを見る。
「うーん…それも楽しそうだけど…本気で殺り合うと、団長が煩いからね。やめておくよ」
「そ?私も、あなたが来ないとなるとありがたいわ。ヒソカと戦うのは色々と面倒だから」
そう言ったところで、コウがふと別のところを見た。
甲板から船の中が見える窓の方を見つめる彼女に、ヒソカは首を傾げる。
同じところを見るけれど、彼女が気にするようなものは何もない。
「どうかしたかい?」
「…視線を…感じたような気がしただけ」
コウは小さく頭を振り、気のせいね、と呟く。
そして、ヒソカに一声かけてから、その場を離れた。
誰が自分を狙う敵なのか―――それがわからぬ状況では、誰も馴れ合おうとは思えないようだ。
一人でいる者が多く、その大半はプレートを隠している。
ヒソカやコウなど、自分に自信のある者は、気にする素振りもなくプレートをつけたままだ。
尤も、二人の場合は、かなり目立ってしまっているので、プレートを隠したところで番号を覚えられている。
周囲を一瞥しつつ、一人になれる場所を探していたコウは、近づいてくる気配に気づいた。
覚えのあるそれに、小さく溜め息を吐き出す。
そして、誰もいない場所を見つけ、そちらへと足を進めた。
誘われるように、追ってきた気配も付いてくる。
「この辺りまで来れば大丈夫ね」
コウがそう言って足を止める。
そして、くるりと後ろを振り向いた。
「何か用事でもあったの?―――クラピカ」
そこにいたのは、予想通りのクラピカだった。
彼は真剣な表情でそこに立っている。
コウが自分に気づき、あえて人気のない所へと歩いていることに、彼自身も気づいていただろう。
それを知った上で追ってきたということは、彼女に用があるからに他ならない。
「島に入った後では聞けそうにないと思って…すまない。ルシアの事情も考えずに…」
申し訳なさそうに表情を落とす彼を見ていると、子供の頃の彼を思い出す。
幼いクラピカも、よくこうして謝りながらコウの元に来た。
遊んで欲しいけれど、本を読んでいるコウの邪魔をするのは申し訳なくて…でも、やっぱり遊んで欲しくて。
彼の心の中の葛藤が見えるようで、心中で微笑ましいなと思ったものだ。
「構わないわ。話をしながらでも身体は休められるし…あなたが大丈夫なら、の話だけれど」
「も、もちろんだ!」
「そう?それなら、そんな風に気を落とす必要はないわよ。どうしたの?」
どれだけ気をつけていても、声のトーンだけは変わってしまう。
蜘蛛に入ってから、コウは自然とポーカーフェイスを覚えた。
表情を消す、もしくは隠せるようになり、そちらに関しては今もちゃんと出来ている。
けれど、声だけは…どうしても、あの頃のように優しいものになってしまった。
「―――――っ」
クラピカが言葉を詰まらせる。
沈黙が二人を包み、その場には波の音と船のエンジン音だけが聞こえた。
「…キルアが…言っていた」
どれほどの時間静まっていたのだろう。
不意に、クラピカがそう言って言葉を始める。
「ルシアも、知っている…と」
その後は再び口を噤んでしまう彼に、コウは小さく息を吐き出した。
「キルアが…そう言ったのならば、仕方ないわね…。…ごめんなさい。確かに、私は『知っている』わ」
「それなら…」
「キルアは何て答えた?」
クラピカの言葉をさえぎるようにして紡がれたコウの言葉に、彼は目を逸らす。
それが答えだった。
「…言えないと…敵じゃないとは限らないから、と…」
「そう…。彼が言っていないなら、私も言えないわ。ただ…知っていることだけは、否定しない」
その姿勢を崩さない彼女に、今は無理なのだと理解する。
クラピカは力ずくでも聞き出そうとしそうな自分に、ギュッと拳を握った。
カツン、とブーツを鳴らし、コウがクラピカの横を通り抜ける。
互いに背を向けた状態のまま、彼女はふと足を止めた。
「コウは…あなたと同じように同胞を滅ぼした人を憎んでいるかしら?」
「…………彼女は…きっと…憎んでいないだろう…。一族を…一族から、解放されることを望んでいた」
彼女がどこまで知っているのかわからない。
それなのに、自然と答えてしまう自分に、クラピカは驚きを隠せなかった。
言葉に出してみて、その通りだと納得する。
彼女は、きっと自分のように幻影旅団を憎んでいないだろう。
それでいいのだ。
心優しい彼女が人を憎みながら生きていく必要はない。
「こんな思いを抱えて生きていくのは、私だけでいい」
去り際に、そう聞こえた小さな声。
コウはそれを聞き、ぐっと唇をかみ締めた。
「そんなものは…自己犠牲でしかないわ…。そんな風に守られることなんて、望んでいない…」
呟く声は彼には届かない。
コウは振り向くことなくそこを後にした。
彼女には何も言えないのだ。
憎むべき相手を受け入れ、仲間だと思ってしまった。
クラピカと同じ道を歩むことはできない。
握り締めた拳の隙間から、赤い血がぽたりと落ちた。
08.07.25