Ice doll   --- sc.050

二番手の黒髪の少年こと、ゴンは中々面白いものを見せてくれた。
日のあたる場所で生きていないコウにとって、彼は眩しい存在だ。
ゴンとハイタッチを交わすキルアを見て、彼女は目を細める。
あの冷たい場所で育ったキルアも、漸く友達を見つけたのかもしれない。
縋るような眼差しを向けた幼子の面影はそこにはなく、あるのは対等に笑いあう少年の笑顔だけ。
良かったわね―――そう、心の中で呟いた。

三番手として進み出たのは、クラピカだった。
対する相手は、見た目だけはとても凶悪な人相の男。
風船のような見掛け倒しの筋肉に、コウは溜め息を吐き出す。
この程度の男ならば、自分の予想が外れることはあるまい。
どこをどう失敗すればあんな顔に生まれることが出来るのかはわからないけれど、とにかく酷い。
ふと、カメラのアングルが変わり、コウの表情が変化した。
クラピカの相手を背後から映したその映像。
背中に彫られた蜘蛛のイレズミ。
それは正しく、コウの背にある幻影旅団の証だった。

「…え、嘘」

驚いた様子もなく、抑揚のない声が零れた。
旅団を名乗るような馬鹿が居るのか、という呆れが含まれている。
ナンバーの刻まれていない蜘蛛を見て、深く溜め息を吐き出した。
モニターから音声は聞こえてこない。
拳で地面を砕いたその男の角度により、イレズミがクラピカの視界に入ったことだけはわかった。
正面から見える彼の表情が変わる。

―――眼が、緋色に染まった。

「――――――っ」

ヒュッと喉が鳴る。
乾いた空気が喉を撫でていくのを感じた。
彼の緋の眼に誘われるように、ドクン、ドクンと鼓動が煩く鳴り響く。
例えるならば、それは血の歓喜だった。










見掛け倒しの男が、クラピカの一撃により地に伏した。
コウは暫しの間それを見つめる。

「試験官」

不意に、どこに向けるでもなく、少し声を大きくしてそう言った。

『何かね?』
「時間が無駄だとは思わない?私は彼らに付き合う義理はないはずだけれど」

音声のない映像を見ていても、現在の状況がよくわからない。
男をさっさと移動させないことも不思議だし、次の両者が動かないことも疑問だ。

『君はこの五問で勝敗を決めた。見届ける義務がある』
「…なら、もういいわ」

そう言って、コウは漸く壁から背中を離す。
ゆったりとした足取りで左の扉の前に立ち、ゴン、とそれを握った手の甲で叩いた。

「不正解で構わないから、こっちを開けて。それなら文句はないでしょう?」
『大人しく待っていれば、3分で辿り着ける道が開く可能性があるというのに、わざわざ困難を?』
「元々、遊びに付き合っていただけよ。こっちを開けてもらうつもりだったわ」

そう答えれば、マイク越しに沈黙が返ってくる。
コウはふぅ、と溜め息を吐き出した。

「開けてくれないなら、勝手に通るけれど…後で文句は言わないで」

そう言うと、コウは右手にオーラを集める。
彼女が何をしようとしているのかがわかったのだろう、待て、と慌てたような制止の声がかかる。

『わかった!残り二問を不正解として、そっちの扉を開ける!』

そんな声が聞こえるのと同時に、ガコン、と扉から音が聞こえ、重いそれが開かれていく。
ぱっくりと口を開くそれに、コウはモニターを振り向くこともなくそこを歩き出した。












トラップ、と言うのは道に仕掛けられたそれだけを言うのではなかったようだ。
いわゆる、障害となりうるもの全てを一まとめに「トラップ」としていたらしい。
向かってくる男を軽く一撃で昏倒させながら、コウはそんな事を考えていた。
どのくらいの時間が流れたのかは定かではないが、少なくとも30秒と平和に歩かせてもらえない。
試験官が70時間以上と説明した理由がよくわかった。
しかしながら、どの障害もコウの足を止めるほどのものではない。
彼女があの部屋を出て10時間―――その頃になると、次第にトラップの数も少なくなってきた。
感覚でしかわからないのだが、徐々に地上に近づいてきている。
恐らく…あと2~3階と言ったところだろう。
また一つ階段を見つけたコウは、そこに向かって歩く。
しかし、そこでぴたりと足を止めた。

「――――出てきなさい」

誰かが居ることはわかっている。
コウは声を鋭くしてそう言った。
元々、タワーの中はあまり明るくはない。
光の届いていない影の部分で、黒い何かが動いた。
カタカタ…と小さく音が聞こえてくる。
そこに立っていたのは、一次試験でも何度か目にした男。
顔中に針のようなものが突き刺さっていて、できるなら関わりたくはない見た目の主。
コウはその男を見て、目を細めた。
この男と関わりたくないと思うのは、見た目の嫌悪からではない。

この感覚は―――

「イルミ、ゾルディック…」

確証はない。
けれど、ゾルディックの人間は顔を骨格から変形できると聞いていた。

―――可能性はあった。

何より、自分の本能がざわめくのだ。
この男から離れろ―――と。
男がニヤリと口角を持ち上げた。

「ばれるとは思わなかったよ」

顔に似合わない声で、男がそう言った。
そして、顔の針に手をかけ、次々にそれを抜き取っていく。
ゴキ、ゴキと骨の動く嫌な音がその廊下に響きわたる。
目を逸らしたくなるようなグロテスクな変化だが、コウは動じなかった。
実力者を前にして視線を逸らすなど、馬鹿のやることだ。
やがて、数分後に男の顔のうねりが落ち着く。
そこには、コウの予想と違わぬイルミ=ゾルディックが居た。

「久しぶりだね」

その声には、感動も何もない。
淡々とした声が鼓膜を震わせる。

「君が逃げて以来だ。あの後、大変だったんだよ。君の団長のお蔭で、暫く門が使えなくなって」

恐らく、全く大変ではなかっただろう。
そんな感じの話し方に、コウは眉一つ動かさない。
彼と言う人物の危険性は、嫌というほど理解している。
同じ轍を踏んでなるものか、と隙を見せないようにしているのだ。
そんな彼女の心中が手に取るようにわかるのだろう。
イルミもまた、一歩たりとも彼女に近づいては来なかった。
微妙な距離を保ったまま、両者は視線を合わせ続けた。

08.07.08