Ice doll   --- sc.049

だだっ広い塔の上に下ろされる。
殆ど凹凸もなく、何か物が置いてあるわけでもないただの屋上。
72時間以内に生きて下まで辿り着くことが、三次試験の内容だった。
コウはのんびりと歩きながら、ふぁ、と欠伸をする。
と、足元がガコンと音を立てた。
彼女の瞬発力を持ってすれば、落とし穴のようになっているそれを逃れることは簡単だ。
しかし、彼女は焦るわけでもなく、寧ろ自然な動作で穴へと身を滑らせた。
トン、と軽い足取りでそこへと下り立つ。

「落とし穴…か」

上を見上げれば、すでにその穴は封鎖されているのが見えた。
壁から壁までの距離が5メートルほどの小さな箱型の部屋だ。
その壁の一つに、彼女の頭から腰の高さほどのモニターが埋め込まれている。
モニターとは垂直の壁には、二つのドア。
無意識のうちに凝を使えば、ドアが強化されていることがわかった。

「ウボォー程度の力がないと無理そうね」

そう判断したコウは、無理やり、と言う選択肢を除外する。
そこで、隅につけられたそこからザザッというテレビの砂嵐のような音が聞こえた。

『受験番号45番。聞こえるかね?』
「―――ええ」
『結構。では、早速だがその道についての説明をさせてもらおう』

聞き覚えのない声だな、と思う。
特に警戒する様子もなく、コウはモニターの向かい側の壁に凭れかかった。
腕を組み、続きを待つ。

『その道は運試しの道。勝てば天国負ければ地獄。君の運を試してもらおうじゃないか』
「御託はいいから、早く説明をして」
『…。前のモニターに、このタワー内で行われている戦闘が映し出される。
君には、その戦闘の勝敗を選んでもらおう。戦闘は全部で10。全問正解で右の扉が開く』

そう言われ、コウはちらりと右の扉を見た。
一つでも不正解だったならば、開くのは左の扉だということは、想像するに容易い。

『右の扉は、3分で1階まで辿り着く。左の扉は、トラップだらけの道だ。達人でも70時間はかかるだろう』

何十階の建物だか知らないが、かなりの高さを3分。
正直、その道もかなり大変だと思うのだが…そこは、あえて追求はしない。
コウは軽く肩を竦め、監視カメラを見上げた。

「ルールはわかったから、早く始めてくれる?」
『―――…1問目だ』

ブツッという独特の音と共に、モニターにどこかの様子が映し出された。
まだ戦闘は始まっていないらしく、二人の男が向かい合っている。

「傷の男が勝つ」

迷う様子もなく、ちらりと画面を見るなりそう告げる彼女。

『根拠は?』
「根拠?そんなものが必要なの?」
『…いや、いいだろう』

誰なのかは知らないけれど、先ほどから話している男の声がやむ。
モニターの中の決着は一瞬だった。
コウにとっては普通の攻撃に見えたが、並みの実力者から見れば、一瞬だったのだ。
二人が交差し、離れた時には、片方が崩れ落ちた。
立っているのは、顔に大きな一文字の傷跡を持つ男。
コウが『傷の男』といった彼の勝利だ。

「まずは一問」

そう呟く。
この分ならば、そう難しいものでもないようだ。
モニター越しとはいえ、実力の差は見ればわかる。
もちろん、その場に立った方がよりわかりやすいだろうけれど、それでも見誤るような馬鹿はしない。
二問目、という声と共に映し出された次の戦闘に、コウは感情の見えない視線を投げた。






サングラスの女。

黒髪の青年。

…ピエロ。

赤髪の男。

途切れることなく、順番に問題を重ねていく。
どこが運試しなのだろうと思った。
これが運だというならば、自分はかなりの強運の持ち主だ。
馬鹿馬鹿しい―――コウは、冷めた目でモニターを睨む。

『残り五問は、このルートの戦闘に答えてもらおう』

モニターの中に、とある場所の光景が映し出された。
ほんの僅かにコウの表情が変わったが、監視カメラ越しに彼女を見ている試験官にはわからなかっただろう。
モニターには、背景にその場の全体図。
そして、左右に小さい枠で5人ずつの顔が映像として浮かんでいる。
見覚えのある顔ぶれに、コウは溜め息を吐き出した。
不意に、左右の顔の並びが動く。

『組み合わせが決まった。今この場で、残り五人の受験生の勝敗を選んでもらう』
「…四角鼻の男は負ける。黒髪の少年、金髪の青年、銀髪の少年は勝ち。スーツの男は…負けるわね」

順番にそう告げる。
相手にもよるだろうけれど、それぞれの実力から見れば、こんなところだろう。
フードに包まれている連中が相手だが、顔を隠せば実力がわからなくなるわけではない。
コウが唯一悩んだのは、相手の一人だけ。
念の使い手というわけではないのだが、滲み出す空気が殺人者のそれだ。
彼と…たとえば、黒髪の少年が当たったとすれば、少し面倒なことになるかもしれない。
けれど、ここまで残ってきているのだから、ただの殺人者程度にやられはしないだろうと言う判断だ。

『変更はないな?』
「ええ」

そう言うと、コウは傍観者へと成り代わる。
別に、不正解だったとしても問題はないのだ。
開くのが右の扉であろうと、左の扉であろうと、コウには関係ない。
ただ、道を進むだけのこと。









一人目の男が前へと進み出た。
相手もフードを取って前へと進む。
スキンヘッドの男は、それなりに鍛えている人間のようだ。
対するこちら側は、コウが「四角鼻の男」と形容したトンパ。
昨年度の試験にて、無謀にもルーキーだったコウに声をかけてきた愚かな男である。

「…どこかで見た顔ね」

強くない男に用はない。
記憶の片隅に追いやられているそれを引き寄せようともせず、コウは無関心にモニターを見つめた。
開始の合図と共に彼が地面に土下座をしたことすら、彼女にとってはどうでもいいことだ。
ただ、自分の予想が外れなかった―――それだけ。

08.07.07