Ice doll --- sc.046
二次試験後半の課題は「スシ」。
始め、と言うメンチの声に、受験生たちが頭を捻り出す。
色々とヒントが出されているのだろうけれど、どれも今一的を射ないものだ。
尤も、それを言ってしまえば課題にならないのだから、当然だろう。
そんな中、コウは包丁が用意されているから、と言うことで、人知れず建物を後にしていた。
少なくとも何かしら他の材料が必要となるものであることは明らかだ。
適当に森の中を歩きつつ、コウはケータイを取り出す。
「―――あ、シャル?」
電話口から慣れた彼の声が聞こえ、コウはそう告げる。
当然ながら番号が表示されていて、相手も電話の主がコウであると知っているはずだ。
『どう?頑張ってる?』
「ええ。今二次試験の途中なんだけど、余裕よ」
『そっか。良かったよ。―――で、俺に連絡してきたってことは、何か欲しい情報でもあるの?』
彼からの質問に、コウはクスリと笑う。
やはり、勘の良い彼は、自分の考えに気付いてくれたようだ。
「そうなの。二次試験の内容が料理で…」
『うわ、嫌な試験だね、それ。俺の時じゃなくてよかった。…知らない料理が課題になって困ってる?』
「そう言うこと。前半は豚の丸焼きだったから良かったんだけど」
『それなら、協力するよ。試験は原則持込自由。ケータイだって立派な道具だからね』
電話の向こうの彼の表情を想像し、コウも自然に表情を緩める。
課題は?と問いかけてくる彼に、課題を告げる。
暫く向こうで沈黙していた彼だが、やがて口を開いた。
『東の方の民族料理だね、それ。聞いたことはあるよ。確か…えっと、ちょっと待って、情報を送るから』
「切って待っていた方がいい?」
『いや、構わないよ。あ、これだ。画像を送っておくから、後でメールを確認してみなよ』
「ありがとう。助かったわ」
相変わらず、仕事が速い男だ。
感謝の意を告げる彼女に、どういたしましてと言う言葉が返ってくる。
しかし、それに続く形で「けど」と言う声が電話口から聞こえてきた。
『この民族料理、誰でも作れるものじゃないと思うよ』
「そうなの?」
『うん。試験官は何ハンター?』
「美食家よ」
『美食ハンターか…。課題としては、かなり難易度が高いんじゃないかな』
コウを落ち込ませることが目的ではない。
事実を述べてくれる彼に、彼女は歩くのをやめた。
『新鮮な魚を捌いて、山葵と一緒にシャリって言う酢でしめた飯と握る。これが握りスシ。
でも、結構修行が必要だって書いてあるし、美食ハンターを納得させるものなんて、無理だと思うよ』
割と色々なことに対し、ある程度はこなす事ができるコウ。
彼は、彼女がそう言う人間だと理解している。
それをわかった上でこう言っていると言う事は、並々ならぬ努力が必要な料理と言うことだ。
とりあえず、魚を探そう、と川の方へと歩く。
「…それなら、この試験は美味しいと言わせることが目的じゃないのかしら」
『可能性はあるね。調理具とかはどうなってる?』
「必要なものは用意されているわ。あと、白いご飯も」
『それなら、試験官のヒントから答えを導き出すまでが課題…つまり、観察力と判断力かな。
出来上がりは…うん。形さえ出来ていて、食べられれば大丈夫かもしれない』
わからないけど、と付け足しつつも、外れではないだろうと思っているようだ。
コウ自身も納得したのか、特に反対の意見を出したりはしなかった。
「とにかく…適当な魚を捕まえたし、戻って調理をしてみるわ。―――…一応」
不安げに添えられた一言は、ケータイでの会話の途中で捕まえた魚を見下ろしていた事が原因だ。
何だか妙なものが頭から生えていて、これを調理することにほんの少し躊躇いを覚えた。
自分ならば、絶対に食べたくはない。
コウの躊躇いが届いたのか、自分を呼ぶ声がケータイから聞こえてくる。
「…大丈夫。とりあえず…やれるだけやってみるわ。出来上がりは後から画像を確認してみるわ。ありがとう」
『うん。役に立てたならそれでいいよ。俺の方は結構暇だから、小まめに連絡してくれて構わないよ。それに…』
そこで、一旦シャルナークが口を噤む。
コウは首を傾げた。
誰かと会話をしているのか、話し声が聞こえる。
しかし、電話から離れているらしく、彼の声が遠い。
「シャル?」
『コウか?』
聞こえてきた声は、シャルナークのものではない。
思わず魚を手放してしまった。
しかし、持ち前の反射神経をフル稼働させ、地面に落下する寸前で受け止めることに成功する。
「…団長?」
『ああ』
「シャルと一緒に居るの?」
そう問いかけた彼女に、肯定の返事が返ってくる。
『試験は順調らしいな』
「とりあえず、目下の問題は料理だけど…それ以外は順調ね」
『料理か…。前にコピーした中に、料理人が居なかったか?』
クロロの言葉に、コウは「あ」と間の抜けた声を発する。
そう言えば、居たかもしれない。
「あぁ、でも駄目だわ。東国の民族料理なの」
『…あれは西の方の料理人だったな。美食ハンターには会っていなかったか?』
「今回の試験官が初めてね」
『………それなら、仕方ないな』
短い沈黙の間に色々と対応策を考えてくれたのだろう。
結果としてはこれといった打開策がなかったようだが。
「ありがとう。適当にやってみるわ」
『ああ。……無茶はするなよ』
最後の声は、かなり遠かった気がする。
けれど、確かにコウの耳に届いていた。
その後はシャルナークの元に返されたのか、彼の声が聞こえてくる。
『じゃあ、気をつけなよ』
「ええ。また連絡する」
プツッと通話を切る。
暫くケータイを見つめていたコウだが、思い出したように建物への道を歩き出した。
その手に、不思議な何かの生えた魚を携えたまま。
08.06.07